スパイシーモイスチャーミルク






その部屋はがらんとして何も無く、バスタブだけが置いてあった。
バスタブは空っぽだ。空っぽのバスタブに、金髪の男が膝を抱えてぽつねんと座り込んでいる。サンジだ。あんなふうな、うなだれたうなじの、付け根のあたりは見るからにサンジだ。
だが何かがおかしい。
何か、と言うより全体的におかしい。何故こんなところに居るのか。そもそもここはどこなのか。
ゾロは後ろからそっとサンジに近付いた。どうやら、彼は服を着ていなかった。背中の、骨のラインがまるまって、うなだれるうなじに続いていた。
「おい」
ゾロがサンジを呼ぶ時は、大抵「おい」か「コック」だ。
「なんだ」
サンジは振り向いて、ぎろりとこちらを睨んだ。
「おい、おまえ、なんでこんなとこに居んだ」
「石鹸だからだ」
「あ?」
「石鹸だから、風呂場に居るんだ」
「アホか」
サンジの行動も言っていることも、果てしなくおかしかったが、ゾロはあまり気にしなかった。ぐいっと自分のものよりかはいくらか細い腕を掴んでバスタブから立たせようとした。さっきから、股間がむずむずして仕方がない。ここ暫く色々あって、随分長いことご無沙汰だった。すぐにでもサンジをどこかへ引っ張り込んで、あれこれしてやりたい。何しろ、何でか知らないが、サンジはおあつらえ向きに、全裸だ。
「あっ」
腕を掴まれたサンジは、慌てたように手を引っ込めた。ゾロは力を込めて、逃がさじと手首を握った……はずだった。
するりとサンジの手首はゾロの手のひらから抜けた。
とらえどころのない、つるつるした手ごたえだった。
どういうことだ、とゾロは自分の手を見る。
サンジは困ったようにゾロを見上げている。
「……ゾロ……ずっと言えなかったけど、オレ、本当は石鹸なんだ」
サンジがまた変なことを言う。
アホか、と一喝しようと思ったが、確かに彼の今の手触りは、風呂場に転がっている、あのつるりぬるりとした、白いかたまりそのものだった。
恐る恐る、手のひらの匂いを嗅いでみる。
「…………」
非常にフローラルな香りがした。人間の肌ではありえない。
じゃ、こいつが言ってることは本当で、こいつは本当は石鹸だったのか。
ゾロは人相は悪いが心根は素直だったので、とりあえず信じた。
石鹸なら引っ張っても滑るばかりで仕方がないので、サンジを風呂場から連れ出すことは諦め、バスタブの上にかがんでキスだけした。深く唇を合わせて、くちゅくちゅと舌を出し入れする。ちょっと唇を吸うように力を入れながらこうすると、サンジはすぐにぼんやりする。そして甘えてしなだれかかってくる。そんな反応をされるととても気分が良い。
「ん……ん、ふ」
思ったとおり、バスタブの中のサンジの身体からは力が抜けて、ずるずるとバスタブの船底に、背筋が滑り下りてゆく。ふちに手をかけて、ゾロは唇だけでサンジを追った。飲みきれない唾液が口の端からこぼれる。まるで、唇から溶けていくようだ。
ふと気付いて、ゾロは動きを止めた。
実際に、サンジは溶けているのではないか。
だって彼は石鹸じゃないか。
「てめえは……平気なのか」
思わず、そう言わずにはいられなかった。
「平気、だ」
サンジは息も絶え絶えに答えた。
「オレは、真実の愛を見つけたら、人間になれるんだ」
「あ?」
「きのう、石鹸の国の神様が来て、そう言った」
やけに自信満々な言い方だった。
「ああ?」
「だから、抱いて、ゾロ」
つるつるとらえどころのない腕が、ゾロの首にまきついた。

バスタブの中は狭い。
ゾロはその狭い船の中でサンジを腰の上に乗せ、その肌に夢中で吸い付いていた。サンジの肌は化学的な味がする。身体に悪そうだ。いつもあんな旨いモン出すあいつの身体が、こんなに微妙な味わいだったなんて、今まで気付かなかった。そう思うと、堪らない。
背筋を指先で辿り、尻の狭間に滑り込ませる。襞の上を指で押すと、疼くのか、サンジが眉を寄せる。指の腹だけを少し含ませ、腹から胸にかけて舌で刺激すると、鼻から抜けるような甘い声をあげ始めた。
胸の突起を口の中でくすぐる。
「い……っ」
サンジの腰が浮く。
溶け出すように、ゾロの唇から、泡がこぼれる。
(やべえ)
乳首を吸いながら、ゾロは真剣に悩んだ。
(あんまり舐めると、こいつの乳首、溶けて無くなっちまうんじゃねえか)
だが、サンジはそんなゾロの心配など知らぬように、もっと、と催促する仕草で背を反らす。
(そっと舐めたら大丈夫か?)
サンジの乳首が無くなったりしないように、ゾロは慎重に肌の表面だけを舐めるようにした。抱き上げた腰のあたりも、ぬるぬると溶けてきたような気がする。大丈夫なのか、いつもとどこか変わったところはないか、つまり、溶けて磨り減ってしまった部分はないか。
手のひらで撫でながら背中や肩、首筋を確認する。
今のところ、おかしな部分はない。
だが、やたらぬるつく。
「ん…んあ……」
サンジが身を捩る。溶けちまう、溶けちまう、と何度も言った。
「何っ」
それは大変だ、コックが溶けて、なくなってしまう。
「おい、どうすりゃ、溶けねえんだ」
慌てて尋ねると、サンジは必死な様子で、もっと、と言った。
「もっと……ちゃんとしてくれ……、熱ィ、よ」
氷ではあるまいし、石鹸も熱さで溶けたりしただろうか。分からなかったが言われるままに、ちゃんと触ってやる。前の部分に。そして、後ろに含ませた指をより深く突き入れて、内部を掻き回しだす。
「あ、あ、あ」
サンジはのけぞる。
その身体を慌てて抱く。つるつるしている。頬を胸に押し付けると、重なった肌の隙間からあぶくが出た。
石鹸だ。
こいつは石鹸だ。
無意識に、ゾロの腿の上で腰を揺らめかせるサンジの肌は柔らかくて、力を入れると、崩れてしまいそうに思えた。
あまり焦らさないように、すっかり固くなった部分を手のなかに掴んで擦っていると、どんどんと濡れた手ごたえに変わり、滑りが良くなる。石鹸水なのかも知れない。怖くて確認する気になれない。このままちんちんが無くなっちまったら困るんじゃねえかこいつ。いいのか、こんなこと続けてて。
「あ……っ」
ぎゅっとしがみ付かれた。
ゾロ、と耳もとで囁かれた。サンジの足の間にあたっているゾロの持ち物も、随分がっちりその気になってしまっている。入れてやろうか、と思いかけた矢先、じわっと手の中で、熱く、何かが溶け出し、迸った。
「……ッ」
身悶えるように、サンジが天井を仰ぐ。溶け出すその部分を、ゾロは慌てて両手でふさぐ。指の間からもこぼれてくる。溶けて、流れてしまったらどうしよう。
「あ……とけ……とけちまう」
力の抜けた体は芯が無くなったように、くたりとゾロの胸に凭れる。
暫くそうやって、サンジは肩で息をしていた。
ゾロの腹にも、手のひらにも、ぬめった感触があった。
ゆっくり、その手を離し、確認した。わりと勇気が必要だったが、ゾロは大剣豪になるほどの男なので度胸は人一倍ある。
良かった。一応、サンジの大事なアレはまだご健在だった。溶けて無くなってしまったかと心配した。
「おい」
もうおまえ、やめとけ、ゾロはそう言おうと思っていた。
ところがサンジはゾロの顔に何度も唇をひっつけて、はやく入れろ、と偉そうに言う。
「てめえの愛を捕まえてやる」
泡立つ彼の肌からは、フローラルな香り。
こんだけ堂々と言うからには、抱いたらほんとに人間になるのかも知れない。
こんな石鹸の身体では航海もし辛いだろう。
ゾロにしたって、抱きたいか抱きたくないかと言ったら、抱きたいに決まっていた。

前からこんなふうだっただろうか、と疑問に思うほど、サンジのナカは滑らかで、柔らかかった。奥までするするとゾロを受け入れ、サンジはとろけそうな顔をしている。
バスタブは狭いので、サンジを膝の上に抱え上げた体勢で挿入し、腰を支え、お互い協力しあって快感を得る。
サンジが激しく腰を使うのが、心配だ。
サンジの胴を掴んだゾロの手は、泡のなかに沈んでいきそうだ。怖くて力を入れられない。サンジの身体は泡立ち、とらえどころ無く、ゾロの腕のなかでつるつる滑る。
(なんかこう……穴んナカとか……とんでもねえことになってんじゃねえか)
相変わらず磨り減らないように、そっと乳首を舐めながら、ゾロはそっとサンジの顔を見る。目を閉じている。何を考えているんだろう。
(おかしくねえか)
こんなことをしていて、本当に人間になれるんだろうか。
サンジの身体はどんどん泡立って、全ての突起が、擦れて消えてしまうんじゃないかと思えた。
「……んっ、あ、あ」
「く」
泡が、ぶくぶくと、結び合わさったその部分からも溢れてくる。
今にもイきそうだと思った。というか、もうイってしまってるんじゃないかと思うほど、あぶくがたっていた。
熱い。
「おい」
興奮しきった声で、ゾロはサンジを呼んだ。こんなときでも、サンジを呼ぶには「おい」か「コック」かどちらかだ。
今にもイきそうになってたのはサンジも同じはずだったのに、妙に冷静にサンジがゾロの背中を撫でた。
「オレは恋の狩人だ」
両腕のなかに、あぶくが溢れる。
ぎゅっと力を入れたらぶくぶく泡立って、崩れてしまいそうだ。
「思い知れ」
「おい、これで本当に人間になれんのか」
ゾロは焦った。
何かがこみあげて、はじけて、どっと溶けてしまうようだった。
「……おい」
痺れるような快感に思考を奪われる。
泡。
泡、泡、泡。
あぶくが、ぶくぶく湧いてきて、ぎゅっと抱くと、腕のなかから溢れるくらいだった。
キスをしようと、あぶくの中に顔を埋めた。



「……という夢を見たのよー」
「まあ、いけない夢ね、航海士さんたら」
うふふ、とロビンが上品な笑みを浮かべる。
「サンジ君たら、石鹸の妖精だったとはね」
からからとナミは笑う。甲板に置かれたテーブルには冷えた紅茶。サンジが先刻置いていったものだ。
今日はとても天気が良い。涼しい風が吹いている。
その頃、サンジは風呂場に居た。
しつこい剣士に、アワアワの実の石鹸が身体のナカに残っていないかチェックされまくっているところだった。



おわり
printed、2006/06/18 up、2006/12 manai

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