スター






サンジとゾロは付き合っている。
サンジ本人が何度もしつこく主張するので、ウソップはそれを知っている。
サンジとゾロはこないだキスしたらしい。
そのことも本人から聞いた。
毎朝自転車に二人乗りして登下校していることも、雨の日は二人で歩いて来ることも、ゾロの弁当はサンジの手作りなんだということも、全部サンジからしつこく聞かされた。
ウソップ当人にしてみれば、あまり興味のわかない話題である。
興味がわかない、というよりは、聞きたくない。
中学のころからの腐れ縁で、彼にとって二人は大親友と言える相手なのだが、二人にとってお互いは親友ではなくて実は恋人同士になってしまってました、なんていうのは、本当に考えたくもない微妙な結末だ。
今日は昼過ぎから突然酷い雨が降り出した。
教室の窓ガラスは白くけぶり、外側の水滴はいくつもいくつも流れてゆくのに、白くけぶるのは内側であるらしく、ガラスの外側だけで水滴がいくつもいくつも流れて内側の白い靄には筋ひとつ残さず、それを不思議なことのように眺めながら、ウソップはルフィが来るのを待っていた。ルフィとは放課後一緒に買い物に行く約束をした。
なかなか来ないルフィのせいで、教室には今やサンジとゾロとウソップの3人しかいない。
サンジとゾロとウソップは大親友だが、サンジとゾロはトモダチではないので、この空間は少々微妙だとウソップは思った。
サンジはゾロの机に腰掛けて、ゾロが今日中に提出しなくてはならないプリントに書き込みをするのを邪魔していた。心底楽しそうに笑っている。
ウソップは白くけぶる窓ガラスに記号化された傘の姿を指で描き、その下へ
ゾロ
サンジ
と並べて書いた。
相合傘だ。
「へ、そんなんじゃ騒がねーよ、ばーか」
サンジが顔をあげ、憎たらしい口調で言う。
「オレとゾロは本当につきあってんだし!」
何故か胸を張って言う。
アホ、とゾロがサンジを小突く。サンジはそれでもようやくゾロがプリントから目を離したので嬉しそうだ。
ウソップは呆れた。なんというバカップルぶりだろう。こうとなれば口をはさむほうが馬鹿なのだ。
湿気で滑りやすくなった廊下の上を駆けてくる足音が響いた。
いつしか時も、と教室の戸が勢い良く開く。
犬や猫やサルのように身軽な、ルフィだ。
「おい、ルフィ、傘貸せよ」
サンジがルフィを見るなり無茶を言った。
外はどしゃぶりの雨なのだ。
ルフィだって傘が必要に決まっている。
だが
「いいぞ」
と黒髪の少年は答えた。
「おい、オマエはどうすんだよ」
ウソップは忠言した。
「だってオレはウソップと一緒に帰るんだろ?」
当たり前のことを聞くなよ、という顔でルフィが言う。
「あ、なるほどね」
ウソップは廊下に並ぶ傘立ての中の自分の傘を見遣った。
青い傘。
あれでルフィと自分が帰れば良い。
サンジもゾロも傘を持って来ていない。
ルフィの持っている骨の折れかかったビニール傘。
これであの二人が帰るわけか。
どうせあいつらの帰る先は一緒なのだ。
両親共働きのおかげで遅い時間帯まで二人きりになれる、ゾロの家に、仲良く帰るんだ。
窓の外は白くけぶる。
窓ガラスの内側の細かな蒸気のため、窓の外の風景の全ては白くけぶる。
ルフィが肩からぶらさげたカバンには絵の具が入っていた。今日彼のクラスでは美術の授業があった。ウソップはそれを知っていた。
ルフィのカバンから取り出したアクリル絵の具で、ウソップはビニール傘に落書きをする。
ゾロ
サンジ
と並べた名前の中央に、ご丁寧にハートを書いた。
これをさして帰ればいいさ。
ルフィが馬鹿みたいに笑った。ウソップもおかしくてたまらなくなった。
なに笑ってんだ、と不審がって近付いてきた二人へ、ルフィがひらいた傘を見せた。
ぐあ、なんだこりゃあ、とゾロが顔を顰めた。
アクリル絵の具は洗っても落ちない。もう手遅れだ。
サンジはひとごとのように腹を抱えて笑った。
「こりゃいいな、傑作じゃねえの、いいな、これ、この傘の記念に今日セックスしようぜ、ゾロ」
「……ハァ?」
「いいじゃん、今日、絶対しような」
教室の空気は一息に微妙になって、ウソップは何とも言えぬ目で二人を眺めた。
ルフィは爆笑していた。
そうかと思うと真顔でやさしくするんだぞ、とゾロに釘をさしていた。
二人は傘をさして帰った。
けぶるように、傘の上で雨粒は跳ね返った。
二人の名前の書かれた上を、幾筋も雨は流れた。



ゾロの家は一戸建てだ。
門扉から玄関の引き戸までの距離が限りなくゼロに近いので、門の錠を解くついでに門扉の上から手を差し入れて玄関のカギまで開けてしまう。
雨の中、サンジはやけにはしゃいで色んな話をした。
ゾロの部屋へ着くなり鞄を投げ出し、風呂を借りた。
そして風呂から出てきた。
制服の下にきているシャツと、下着だけだった。
偉そうな顔で
「てめえも、風呂、はいってこい」
と、やけに滑舌良く命令する。
ゾロは肩を竦めた。
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
ゾロの風呂は早い。
あっという間に身体を洗って居間へ戻るとサンジは勝手にテレビゲームをしていた。
ゲーム画面の中でマリオが跳ねると、何故かサンジも一緒にジャンプする。敵をかわすときには一緒に身体を捻じ曲げる。アホか。そんなことしても意味ねえよ、と思ったが口には出さない。
画面の中に星が出る。
無敵になるアイテムだ。
「クソ、負けるか、無敵だ、無敵、無敵」
ムキになったように、サンジはスターを追いかけるが、スターは飛び跳ねてなかなか取れない。ピコ、ピコ、ピコ、と音がする。ゾロはサンジのすぐ隣りへ腰掛けた。
「負けねえぞ」
サンジははっきりした声で言った。
ピコ、ピコ、ピコ、と音がして、チャラリラリラリリと音がして、画面が明滅する。
ゾロはまた喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
サンジは「ちょっと待ってろ」と言った。
「あと少しでこれ終わるから」
「ああ……」
ゾロはサンジの横顔を見た。
滑らかに盛り上がる頬の肉を舐めまわしたいと思った。
舐めて、吸い付きたいと思った。
サンジのシャツの背中を鷲掴みにして、鼻先だけを横顔へ寄せてみた。
「あと、少し」
引き絞るような、微かな声を出して、サンジは必死にゲームのコントローラーを握っていた。
「ムリだろ」
言うまいと思っていた言葉が出た。
「今日は、しねえ」
「嫌だ」
瞑りそうなほど目を細め、テレビ画面を見つめたまま、サンジは「今日する」と言い張る。
「しねえよ」
「する。しろよ」
「しねえ。したくねえ」
「しろッつってんだろ」
ゾロは苛立って、舌打ちした。
「ヤることばっかかよ、テメエ」
間近にある、ほんの少し寄せれば唇の触れそうなサンジの横顔が、さっと青ざめた。
震えるほど握り締められたコントローラーを見て、あ、怒鳴られるかもな、あ、殴り合いになるかもな、とゾロは思った。
窓の外はもう暗くなりかけていたが、雨の音は相変わらず続いていた。



翌朝はうんざりするほど晴れていた。
いつも同じ時刻に迎えにくるサンジが今朝は来なかったので、ゾロは学校に遅刻した。
授業の途中で堂々と扉を開いて教室に入ったが、そこにサンジは居なかった。
まんなかの列の一番前。
先生のツバとかとんでくる特等席がサンジの席だ。
ついてねえ、といつも言っていた。
大体サンジは背丈ばかりひょろ長いから、一番前に座るときには背をかがめないと後ろの奴から苦情がくるのだ。
晴天。
窓の外は晴天だ。
ドカリとゾロは窓際の席について鞄を投げ出した。教師が睨んでいるが、だからといって今更時間を遡って遅刻が取り消せるわけでもないし堂々としている他はない。



ゾロはサンジが毎朝迎えに来ることも、弁当を作ってくれることも、セックスしようと言ってきたことも、気に食わないと思っていた。
そんなことはどうでもいいことなのだ。
不機嫌なゾロをウソップが微妙な視線でちらちら見ていることにも気付いている。昨日の顛末が知りたいんだろうが、生憎だ。ゾロはそんなことをウソップと言えども他人に話したいとは思わない。
ゾロはサンジが必死に
「オレとゾロは付き合っている」
と周囲に宣伝することを嫌っていた。
そうやって、ムリをするサンジを見るのは、嫌なのだ。
サンジは辛いと思っているのではないだろうか。
男と付き合うこともそうだし、実家のレストランの手伝いもしてるくせに朝早く起きること、ゾロの分の弁当を作ること、回り道をして帰ること、震えていたくせにセックスしようと言い張ること。
ゾロはサンジにムリをさせたくなかった。
ムリなことは長くは続かないからだ。
それをあいつは分かってねえ、とゾロは思った。
全然分かってねえ。
無敵、無敵と言いながらサンジはゲーム機を操った。
震える声で、しよう、と誘った。
昨日は酷い雨だった。
今日は晴れている。
いつもなら晴れの日は自転車に二人乗りして学校に来る。
ゾロは窓の下の自転車置き場を眺めた。三階の窓からは小さく俯瞰して自転車置き場や生徒玄関が見える。
ぼろっちいブロック塀と背の高い楠。楠の陰にはたくさんの自転車が止めてある。自転車置き場より楠の下のほうが少しだけ生徒玄関に近いから、不精な奴はそこにとめる。ゾロも普段そこに自転車をとめる。
ブロック塀にはサンジが座っていた。
サンジは黄色い頭をしている。
つるっと丸い、健気な頭の形をしている。
ゾロはサンジの顎の下に少しだけ生えたヒゲも、青い眼も、渦巻いたマユゲも、全部気に入っている。ずっと付き合いたいと思っていたし、本当はセックスもしたい。
ゾロに気付いたサンジは、この距離ではよく分からないが、多分平気な顔をして、ゾロを見返してきた。そして傘を開いた。骨の折れかけたビニールの傘だ。明るい色の絵の具で

ゾロ
サンジ
と並べて書いてある。
そこへ更にサンジの下手くそな筆跡で
「無敵」
と書き足してあった。
ゾロは視力が良いのできちんとそれを確認することが出来た。


下校のチャイムが鳴るのが待ち遠しかった。






おわり

05/10/02発行のコピー本より。
下の画像にあるビニール傘をたきさんと二人で作成しまして、「よーし、相合傘のゾロサン書こうぜー」とかいう感じのノリでなんだか本まで出来てしまう結末に。
楽しかった。たきさんありがとう〜!快く素材を作ってくれたくうこさんにも本当にありがとう!!
 真名井

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