「いろおとこ」




ゾロは不思議と女性にもてる。
無愛想だし、身なりに清潔感の欠片もないし、いいところなんか何にもないと思うのに、不思議なことにもてる。
ゾロのそういうところをサンジは大変苦々しく、腹立たしいと思っている。そこで今日はほんのちょっとした仕返しのつもりでゾロの頭に花輪を載せ、首からは「本日の主役!」と書かれた襷を掛けさせ、とんでもない、とんちきな恰好で酒場に連れてきたのだった。



この土地に来る途中サニー号が故障し急遽修理をすることになった。
更に諸事情あってルフィとロビンが島の領主に呼ばれ、一方でナミは風邪をひいてダウンしてしまった。
そんなこんなで本当なら今日がゾロの誕生日にあたるのだが、みんな、パーティーどころではなくなってしまった。長い航海をしていると、たまにはこんなこともある。
後日、サニーが万全の状態になってから全員揃って宴をしよう、と約束して、今日のところは全員自由行動、適当に宿屋をとって、それぞれが思い思いに島での時間を過ごすことになった。
サンジは当然、ナミの看病をしようと思っていた。
ところが荷物を片づけ、フランキーとウソップに差し入れを作ってから個室をとったナミの部屋の覗いてみると、そこには既にチョッパーとブルックがいた。
かいがいしい、二人の様子を見ているうちに、なんとなく、遠慮するかという気分になった。
部屋はさして広くない。
ナミは重病ではない。静かに寝かせてやればなおるのだ。サンジにだって常識はある。
そこで大人しく男連中でとった大部屋に戻ると、サンジは早速もてあましてしまった暇な時間を、ゾロをからかって潰すことにした。
かわいそうでちゅねゾロくん、せっかくの誕生日なのに、と、ひとしきり絡んで、それからゾロの頭に花輪を載せ、百ベリーショップで購入した、「本日の主役!」と書かれたびらびらで安っぽい金縁のたすきを引っかけ、無理やり腕をひっぱって、酒場まで連れ出すことにした。
どうせ飲みには来るつもりだったが、いつも二人で酒場に来ると、ゾロばかり綺麗なおねえさんに声をかけられていてずっとムカついていたのだ。恥をかかせてやる、という意気込みだった。
ところがである。
酒場のおねえさんたちは、とんちきなゾロの恰好を見て
「かわいい」
とはしゃぎだした。
お兄さんどこから来たの、えーっ、海賊なの、うそばっかり、でもちょっとワイルド、お花が似合ってる、などと口ぐちに褒めそやし、ちやほやして、ゾロの周囲に集まって来た。その有様、まるで木にむらがるカブトムシのごとしであった。それがまた可愛くて綺麗なカブトムシちゃんたちであることが、悔しくてたまらない。
どうしてこうなるんだ。
サンジは不機嫌に一人、カウンター席で酒を飲むことにした。
どうしてこうなるんだ。ひとしきりゾロをからかって馬鹿にしてから、今日は二人だけで飲もうと思ってたのに、ゾロはおねえさんたちと楽しい酒を飲んでいて、自分は一人でカウンター席だ。
一体なんなんだよ、とふてくされ、頬杖をついて眺めていると、そのうち酒がまわってきたせいか、おねえさんたちは順繰りに、ゾロのマリモ頭に、ちゅっ、とキスを贈り始めた。
おめでとう、おたんじょうびおめでとう、おめでとう、高い可愛らしい声で、女性達はゾロを祝福している。
その役割は、自分のものだったんじゃないのか、と、サンジは思った。
サンジはゾロが嫌いだ。憎たらしいことばかり言うし、清潔感のかけらもないし、無愛想だし、最悪だ。
最悪だし、それに、こんな夜に恋人をほったらかして女の子ちゃんたちにちやほやされているだなんて、本当にけしからん男である。
氷が早く解けるように、ぐるぐるまわしていたグラスをがつん、とテーブルにぶつけてから、ひといきにサンジは酒をあおった。くらくらするくらい、強い酒だ。
人の気も知らず、のんきにもてていた男が、こちらに向かって歩いて来る。酒がまわってほてる顔を、サンジはゾロの方へ向けた。
甘い、花のような香りがした。
化粧と、香水の香りだ。女の子ちゃんたちがゾロにつけたのだ。ゾロの頬にも、肩口にも、たくさんの、赤い、口紅のあとがくっついていた。
花みたいだ、とサンジは思った。
たくさん、お花みたいだ。
立ちあがり、勝手にカウンターに入り込んだ。バーテンが驚いた顔をしているが知るものか。氷を入れるアイスペールに水を汲んで、思い切り、頭からゾロに浴びせてやった。
十一月十一日生まれのゾロ目の男だから、十一杯かけてやりたかったが足元がふらついて、三杯目あたりでやる気がなくなった。
頭のてっぺんから足の先まで、ゾロはびしょぬれになった。
髪はぺったりと貼りつき、花冠はひしゃげて、いつも着ているずるずるの緑の上着は脱げかけて、はりついて、しっかりと太い腿や、厚みのある胸のラインがくっきりと分かる。ほんの少しも可愛くない。
ゾロはこういう時、顔をぬぐいもしない。
憮然としてサンジを見ている。
なんなんだてめえは、と呟くが、逃げも隠れもしない。
カウンター越しに、サンジはゾロの胸倉を掴んだ。隣で店員がおろおろしているが、知ったことではない。
ぐっしょりと濡れて重たい上着を掴んで、引っ張り寄せた。
足元まで水浸しだし、サンジに掴まれて身を乗り出したカウンターテーブルの上へも、ぽたぽたと、滴が落ちて、水玉模様を作り出している。
濡れたままのゾロの唇に、サンジはキスした。
女の子ちゃんたちがこっちを見て、変な声を一斉に出した。悲鳴のような、叫びのような、どちらであっても、もう知るものか。
「なんだ」
胸倉を掴まれたまま、嫌がりもしないでゾロはサンジの顔を見る。
唇を尖らせて、サンジはゾロを睨んだ。
「のど、乾いてたから」
答えてから、唇、頬、それから肩口に唇を寄せて、水を飲む素振りをした。
ゾロの皮膚の上は、案外ひんやりしていて、心地良い。
「色男もかたなしだ」
黙って突っ立ったままのゾロをサンジは突き飛ばし、「あとでな」とあしらった。もう少しだけ、飲みなおしたい気分だった。
女の子ちゃんたちの席へとゾロは戻って行ったが、それがサンジにとっては少し愉快で面白かった。
ホモ扱いされて悪い意味でキャーキャー言われちまえ。
ところが女の子ちゃんたちは、物凄い食いつきで、ゾロを今まで以上にちやほやし始めた。あきらかに、今まで以上に、もてている。
どういうことなんだ。
エサにむらがる鯉のごとしだ。それがまた華やかで愛嬌たっぷりの錦鯉ちゃんたちばかりなのが妬ましい。
ハラハラしすぎて気になってゾロから目が離せなくなったサンジのところにまで、女の子ちゃんたちとゾロとの会話が聞こえてきた。
なんて言われてたの、と女の子ちゃんはゾロに訊ねた。
ゾロは珍しく上機嫌の表情だった。あんな顔して、とサンジは心の底から歯噛みした。悔しい、女の子ちゃんに、あいつばかりがもてている、あんなに楽しそうにしている。
ゾロは腕組みすると、胸を張って答えた。
「あいつは、おれのことを色男って言ったんだ」
ばかねーっ、恋は盲目ねーっ、と女の子ちゃんたちがはやしたてた。
「はやく宿に帰りてえ」とゾロは頷いた。



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20151110