「わるいおとなとわるい子供」




からかう素振りで身体をすり寄せることも、冗談半分でべたべたすることも、全部いつものことなので、いつものように適当なところでゾロが逃げて……、見逃してもらえると思っていた。
やってみろ、と言われたので、サンジは驚いて「えっ」と、とぼけたような声を出してしまった。
仰向けに寝そべるゾロの腹の上をまるでソファのように自分勝手に扱って、腹這いの姿勢で、鼻をつまんだり髪を引っ張ったりしている最中だった。ゾロの腹は革張りの椅子ぐらいに硬いが、あたたかくて、向かい合わせになったサンジの腹も胸も汗ばむくらいに温まっていた。
「やっちまうんだろ、油断してると」
おら、とゾロが身体を揺する。その身体の上でサンジもまるで地震のようにぐらぐらする。
冗談のつもりで、大人ぶってみたくて口にしただけの話であったのに、当の本人に復唱されてると顔からも耳からも喉からも、火を噴きそうに恥ずかしい。
できるわけがない。
だがゾロは妙に落ち着き払った顔で、サンジを見ていた。
「クラスの連中も話してるし、なんとも思ってないんだろ」
おら、とまたゾロが身体を揺すった。サンジはただぐらぐらと、ゾロの腹の上で上下に揺れるばかりだ。ゾロの胸ほどまでもない、自分の身の丈が疎ましい。やせっぽちな手足だ、ゾロの胸の上へ置くと、なんの力も無さそうだ。
サンジは起き上がって、ゾロの身体を跨いで座った。
見下ろしてもゾロは少しだけ笑っている。
ゾロは、本当に、慣れているのだ。
そう思うと耳が熱くて今にも燃えだして不思議はないくらいだった。
就職して、一人暮らしを始めたばかりのゾロの部屋はいまどき珍しい畳敷きで、西側に大きな窓がひとつだけあった。殆ど家具らしい家具もない部屋に、西日がさんさんと差し込んでいる。
カーテンを閉めて、と言い出すことも出来ずに、サンジはシャツのボタンに手を掛けた。
ゾロは完全にからかう顔でこちらを見ている。
腹を立てても良かったのだ。ゾロを詰って逃げ出しても良かった。
だがそれが出来なかったのは、ゾロが、
「たまにはいいな、ガキっていうのは、良い匂いがする」
と、サンジの首筋に、鼻先を押し付けてきたからだ。
今なら、自分のものになる。
サンジはそう考えた。
今なら、ゾロは自分のものになる。今までの、単なる遠縁の子供という態度を改めて、もしかしたらこれからは、特別な相手として自分を見てくれるようになるかも知れない。こんな、熊のようにのっそりとした、乱暴な大人の男を、自分のものだと思えるようになるかもしれないのだ。
ゾロは自分に興味を持っている。
喜びと不安が、たまらない、痺れのようにむずむずとこみあげる。
ゾロが初めての相手になるんだ。今しかない。
震える手、黙れ、と叱責して、どうにか先へ進もうと努力する。
怖い、出来ない、手伝ってといつもなら言える。だが今は、甘える言葉の全てが喉につかえて、口からは苦しむ犬のような、押し殺した呼吸だけが漏れた。
ただ服を脱ぐだけだ。
見られたことがないわけではない、大したことではない……
「へえ、まるっきりガキだな」
ゾロが急に手を伸ばして、ようやく二つだけ開けたボタンの隙間から喉と胸を撫でた。
叫びそうだったが、こらえた。顎をあげ、目を閉じてしまいそうになるのを我慢して、ゾロの顔を見た。嫌な汗がつるつると脇腹をおりていくのを感じた。
「うるせえ馬鹿ゾロ、痩せてる女が好きって言ってただろ。待ちきれねえのか、ガキに手を出すなんて、たまってるんだろ、か……、彼女いないって言ってたじゃねえか」
強がりに、ゾロは鼻を鳴らした。
「やるって言ったのはそっちだ、興味あるんだろ、ガキのくせに」
変な手つきで、ゾロはサンジの肩を撫でた。肩を撫でられただけだ、そう分かっているのに、叫びそうになる。何か得体の知れないものが身体の奥底からこみあげて、全身に力が入って身動ぎも出来ない。
ゾロのやり方は、慣れていた。こんなことをさせてくれる相手が、今までにも、いくらでもいた。そんな態度に思えた。
ゾロは易々とサンジのシャツを引っ張って、腹が見えるようにまくりあげた。真っ白で、ぺたんこの腹だ。自分でも分かっている。
「乳首たってんぞ、興奮してんのかよ」
「知らない」
「触ってやろうか」
「知らな……」
「ほら」
あたたかい手のひらが、腹から胸にかけてを撫でる。あ、と小さく声が出てしまった。その声が、まるで、なにか、いやらしい声のようで、背筋がぞっと寒くなった。
サンジを膝に乗せたまま。ゾロが急に身体を起こした。腕のなかに抱き込まれる。普段なら安心する、だが今は、奈落の底のようだ。
西日がさんさんと差し込んで、ゾロの腕にも自分の腹にも、オレンジの光を投げかけていた。
「少し触るぞ」
予告してから、ゾロは親指の腹で、小さな、柔らかい、サンジの乳首をくるくると撫でた。途端に自分でも驚くような声が出た。恥ずかしくて口を閉じようとしたが、口を閉じないほうが普通なのかも知れない。分からない。何故そうなるのか分からない、のけぞるように背が反って、逃げるようにゾロから離れてしまう。ひっきりなしに声が出る。どうなってしまったのか自分で自分が分からない。くすぐったいような感覚が一瞬だけして、そのあと、よくわからない、なにか強い、衝動のような感覚がこみあげる。
ゾロはサンジのシャツの中に顔を埋めて、少しだけそこを舐めた。
「最後まで脱げよ」
そう言って身体を離して、サンジを中途半端に解放する。逃げられないと知って、自由にするようなそぶりを見せるのだ。
嫌だとは言えず、止めたいとも思えず、ただ意地になってサンジはシャツのボタンの残りを順に外した。
本当は怖いし、止めたい。止めたらほっとするだろう、だが止めたくない。
ゾロがやめろと言ってくれたらいいのに。
ゾロはやめろとは、言ってくれない。
シャツを脱いで上半身だけ裸になって、それでもゾロがじっと黙って自分を眺めているので、サンジは絶望しながらベルトに手を掛けた。
ゾロはやめろと言ってくれない。
やめたくはないが、やめろと言ってほしい。
本当にこれで良いのか不安になってきた。おかしなことをしていないだろうか、ゾロは自分を見て、笑っているのではないだろうか。
膝立ちになって、下着を下ろそうとして、ためらっていると
「嫌ならやめていいんだぞ」
と、ゾロが言った。
サンジは首を振った。やめろと言ってほしいのに、やめるか、やめないか、選ばせる残酷さが、つくづくと、サンジの胸を痛めつけた。
潔く全部を脱ぎ、しがみつくように、ゾロに抱きついた。いつものように、腹這いになってゾロの上へ乗る。
いつもはこうすると安心して、楽しかった。
今は絶望していた。泣き出しそうだった。自分で好きなようにふるまったはずなのに、自由ではないと思った。
ゾロがゆっくりと頬に触れて、それから喉元を猫を撫でるように擽ると、またおかしな声が出た。むずむずして、たまらなかった。
「は……」
ゾロが笑った。
「ちっせえ身体」
膝をぐい、とゾロが持ち上げると、サンジの尻はいとも簡単に上へあがった。
軽く唇が触れた。本当に軽い、合わせるだけのキスだった。火傷のように唇の上へ熱が残った。
「どうした」
口を手で覆ったサンジの顔を、ゾロが覗きこむ。
「やわらけ……ゾロのくせに」
生意気な返事に、ゾロは笑って返した。笑い声が低く、振動になって腹に響いて、サンジはもう、むず痒くて、たまらなかった。ゾロの声はいつでも低く、冷たいが、優しい。
サンジを抱き起し、自分の膝の上へしっかりと座らせると、「もう少し見せてみろ」とゾロは手を伸ばした。
目を逸らして、ゾロが、自分の左右の手首を掴んで、それを胸をひらくようにゆっくり広げさせるのを、じっと、サンジは我慢した。
見られている。
さっき舐められたばかりの腹も、触られて悲鳴をあげてしまった変なところも、脚の間も。
むずむずして、まるでくしゃみの前のように、さっきからもうずっと、耐えられない。
開ききった両腕を、ゾロがぎゅっと強く握った拍子に、ああ、と溜息のような声が出た。
さっきまでのおかしな、高い声が出た時よりも、切羽詰っていると自分で分かっていた。
「自分で分かってるか、すげえ勃ってるぞ」
低い声で、ゾロが指摘する。
分かっていた。
もうずっと、耐え難いほどになっている。
唇を噛んで、膝を擦り合わせてしまいそうになるのを我慢する。さっきから、我慢してばかりだ。泣きたいが、泣くわけにいかない。
ゾロはまだ見ている。
見るのをやめてほしい。詰って、逃げ出したいのにそうできない。
急にぎゅっと抱き込まれて、ゾロの両腕がサンジの背中に回った。強く抱えこむような抱き方だった。温かくて、今度はほっとした。サンジの身体を抱き込んだまま、ゾロの手は慣れた様子でその部分を片手のなかにすっぽり収めた。あったかい、と思う間もなく、サンジは慌ててゾロの首にしがみついた。あっ、と声をあげるひまもなかったように思う。
かるく擦りあげられただけで、ぴゅっと吹き上げてしまった。
「あっ……ああ……ああ……」
ようやく喉のつかえがおりたような、溜息のような、声が出た。
ゾロの首から手が離せなかった。くすぐったくてもう触るのをやめてほしいのに、敏感になった場所を、ゾロは何度か、名残りを惜しむように撫で上げた。慌てて腰を引こうとすると「ちったあ我慢しろ」と笑っている。
さっきから、我慢ばかりしていた。
急に腹が立って、ゾロの髪を思い切り引っ張った。まるで、いつものように。
急にゾロのことを、いつものゾロのように思った。しがみついて、今なら泣いてもいいかと思った。
歯を食いしばって、毒が抜けたようになったゾロに必死に抱きついた。
安心した、いつものゾロだ、だが、いつものようではいけない。
今日はもう、いつものようではいけない。
もう一度、自分の望むことをするために、自分を押し殺して我慢して、サンジはゾロの耳へ唇をつけた。
「やめないで」
明日また、今よりさらに年上になってしまうゾロを、サンジは少しでも引き止めたかった。
たったそれだけのために、ゾロの頬に、それから肩に、額を摺り寄せた。
「つづきして」



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20151110