ゾロは変わった人間だ。はじめてサンジが人間の姿になって見せた時でも驚かなかったし、驚かないどころかほんの子供の姿に化けたサンジへ向かって
「へえ、化けてもガキか」
と、鼻先で笑って見せたのだ。
ガキか、と言われたことがサンジには悔しくてたまらなかったが、だからと言って、そう簡単に大人の姿にはなれない。サンジはまだ、ほんの生まれたばかりの、化け狐の世界では子供のような存在に過ぎないのだ。子供が大人になるためには、それなりの時間が必要だ。
ゾロに、「ガキ」と言われたことには、仕方がない部分があるのだ。

ガキじゃねえぞ、と腹を立てながらも、サンジはずっと、機会をうかがっていた。ゾロをぎゃふんと言わせてやる機会を。


ある日、ゾロが外から帰ると家の窓にあかりがともっていた。半分、森に浸食されたようなボロボロの、空家みたいな家屋だ。ろくに鍵かかかりもしない窓から、きっと今日もあのガキが勝手にあがりこんだのだろう、と思っていた。
ところが玄関からあがってすぐの居間には、見慣れない男が立っていた。
白いシャツに黒いズボンのシンプル過ぎるくらいシンプルな服装をして、髪は黄金色、肌は透き通るように白かった。俯いていた顔を上げると、物憂げな、まるで何か言いたいような重たい瞼の奥の目が、ゾロを捉えた。動物じみた、青い目をしていた。
「おまえ……」
何者だ、と口を開くより前に、すがりつくように首に両手をまわされた。
不思議と警戒する気持ちにはならなかった。摺り寄せるように頬が顎から耳のあたりに押し付けられて、一度離れ、次に唇が重ねられた。柔らかかった。吸い付くようにぴったり合わせてから、また引いて、今度は軽く触れ、むずがゆい、くすぐったいような感覚にゾロが首を振りそうになったところでまた追いかけて吸ってくる。唇の上を、なまぬるい舌が撫でた。慌てて、おい、と言おうとした口へ、まるで押し売りのように舌がもぐりこんできた。無遠慮なわりに、たどたどしい、物慣れない仕草で舌はしばらくゾロの舌の口のなかを迷うように舐めていた。ゾロが応えないでいると、深い溜息とともに、離れた。それでもまたもう一度だけ、念のためのように、軽いキスを寄越される。ちゅっ、と小鳥の囀りに似た音が鳴った。
「てめえ」
ゾロはまた何か問おうとした。質問よりはやく「ゾロ」と名前を呼ばれた。深い溜息そのままの、震え声だった。
「ゾロ……」
濡れた唇や、あかい目許から目が離せない。
首へ回された両腕は、たまらない、手におえないものを抱え込んだ時のように強張っていた。
「てめえ、あのガキか」
ようやく尋ねると、金毛の男は頷いた。
「そう、おれ、大人になったんだ、それで大人の姿にも化けられるようになった」
「大人になった?」
ゾロは驚いて、男の姿をまじまじと眺めた。薄い身体だ。だが本当に、大人のようだった。ゾロと変わらないぐらいの年頃に見える。
「好いた相手と、口づけをしたんだ、ゆうべ。もう子供じゃねえよ」
サンジは答えた。
「そうか」
ゾロは低い声で返事した。
「子供じゃなくなって、大人の姿になれるようになったから、おれにも見せに来たのか」
ゾロの言葉に、サンジは嬉しそうに頷いた。
ゾロは何故か、面白くなかった。ガキだ、ガキだと思っていたものが、いつの間に外でそんなことをしてくるようになったのか、知らない間に。
「そうだ、見せに来た」
サンジはとにかく、嬉しさ満面の様子だった。子供から、大人になったことが嬉しいのだ、無邪気なものだ。無邪気で、アホであることが、なぜか今夜はゾロにとって気に食わなかった。
突き放すようにサンジを押し退け、部屋の奥へと鞄を投げに行くゾロの背中を、サンジはなんのためらいもなく両手を伸ばして、いつもやるように、子供のような仕草でぎゅっと掴んだ。
「てめえを出しぬいてやろうってずっと思ってたんだ、驚いたか。惚れたって感じがどんなか、なかなか分からなくて時間がかかっちまった、かわいこちゃんはたくさんいたけど、心が決まらなくて、でも絶対はやく大人の姿になってやるって思ってたんだ、ずっとだ、それでやっと夕べ」
「ああ……」
驚いたな、と言おうとして、言いそびれた。
動物のような、得意げな首の傾げ方をして、サンジはゾロの唇を指で撫でた。
「してやった、おまえが寝たあとに」




2015年、キスの日に書きました。
子ぎつねがいいなって言われて、「子ぎつねかわいいな」って思ったので子ぎつねで…。