目を閉じて





ゾロは動物みたいなところがある。
鷹の目との戦いのすぐあとナミさんの故郷での戦いがあって、あいつはボロボロに怪我をした。なのにろくすっぽ治療もしたがらず、医者を手こずらせたらしい。
寝てればなおる。
もう傷なんてふさがってる。
このくらいじゃ死にゃしねえよ。
乱暴なことばっかり言うが、要するに医者嫌いって奴だったんだなってチョッパーが来たあと分かった。チョッパーにも最初は見せたがらなかったが、アラバスタを出るころには自分から怪我でもすると見せに行くようになった。仲間として信頼するようになったんだろう。虫歯もちゃんと見せてた。あれは笑ったな、あいつでも虫歯になるんだよ、正確には虫歯じゃなくて歯が少し欠けただけみたいだったけど、あいつの歯、超合金で出来てそうじゃねえか、人間だったんだなって驚いたよ。
まあ、ゾロだけじゃねえよ、ルフィだって動物みたいだし、ウソップは珍獣みたいだし、チョッパーは動物だし、おれはあいつらの世話をよく見てやってこの船の文化水準の向上に随分貢献したと思う。
船内の文化水準向上のためにおれがしたことのうちの一つが、散髪だ。
放っておくと野郎どもはとんでもねえくらい身なりに構わないからな、とくにルフィとゾロが酷いからな、おれは航海が穏やかで比較的時間のとれる隙を見つけては、甲板で、床屋を開いた。髪は専門外だからたいして上手くはねえけどさ、やらないよりはマシって程度には切ってやれるし。
おれだけじゃねえよ、ウソップの奴も手先が器用だから、ウソップにも声をかけて、おれか、ウソップか、どっちかその時々で暇な方が散髪係をやることになっていた。まあ、髪がのびたのびないは個人の感じ方の差もあるし、その時々で各々用事があったりもするので、
「床屋やるぞー」
と声をかけて、「頼む」と集まって来たメンツだけを対象に、メリー号の青空床屋(サニー号にうつってからはサニー号の青空床屋だ)は開催されていた。客の人数も少ないから、まあ、ウソップがやるぞって言った時はおれがお世話になって、おれがやるぞって言いだした時は、ウソップがやってくる感じだったけどな。ルフィは殆ど毎回切られに来てたな。結構好きなんだよな、あいつ、髪切られるの。じっとしてねえからたまに長さがそろわなかったりしたけど、気にもしてねえし。チョッパーも意味もなく刈られに来てたな。ちょっと毛あしを短めにすると、涼しいんだって言ってた。全身毛がはえてるから、結構大変だったよ、あいつが客の時は。ナミさんはどこかしら大きな島についたときに美容院に行ってらっしゃったが、たまに「もう限界!切って!」とおれに頼みに来ることもあった。ナミさんの大事な大事なお美しい髪に触れる光栄に浴せておれは世界一幸せな美容師だった。コックだけど。
ロビンちゃんが、初めて青空床屋にやって来て、私の髪も切ってくれる、と言いだした時は、おれとウソップの両方が手をあげて、どちらの美容師にお任せ下さるか、彼女の手を引っ張って尋ねたよ。笑ってたよ、ロビンちゃんは。
「髪を切らせるって、結構緊張するのよね、自分で切ることも多かったわ」
「へえ、ロビンちゃんは器用だもんねえ」
おれが言うと、そうよ、だってたくさん手があるもの、と可憐に首を傾げてた。
「他人に頭の後ろで刃物を持たれるなんて、怖いわ」
そんなことを言う彼女は、髪を切られながら、目を瞑っていた。心地よさそうに。
お姫様の髪を、おれとウソップは二人がかりで、丁寧に、大事に切らせて頂いたよ。
ありがとう、と言われた。
フランキーが仲間になって、フランキーの髪もおれが切ったけど、あいつの髪、よくわかんねえんだけど。分け目がどこにあるかも分からないし、つむじがどれかもわからないし、あの髪型の意味もわかんねえし、とにかくわけわかんねえんだけど。
ブルックは、切る必要がなかった。私、毛根、死んでるんです、と言っていた。



二年たって、サニー号にみんな戻って、どたばたしてたけど最近はたまに落ち付いて航海出来る日もあるようになった。まあうちの航海士は世界一だからな、新世界でこんなにのんびりやってる船は滅多にないんだろうけど。
晴れてて、心地よかったのでおれは本当に久しぶりで、甲板に椅子を出して、
「髪切ってやるぞ」
と野郎どもに声をかけた。
最初にルフィ、次にチョッパーが切りに来た。ウソップは面倒くさかったみたいで、また今度でいい、と断ってきた。チョッパーのあとで、ゾロが来た。
「少しのびた、切ってくれ」
どっさりと椅子に座る。偉そうな奴だよ、こういうとこ、最初に会った頃からちっとも変わらない。
あいよ、と適当に返事してケープを着せる。てるてる坊主みてえだ。
はさみを構えて、ちょきちょきやった。短い、少しだけくせがあってやけにかたい、緑の髪がぱさぱさ落ちる。ちょっと乾燥してるな、潮風にいっつもさらされてるからな、おれの髪もこんなもんだろう、風がふくと散って、甲板の板目の上へ落ちる。
「おい、顔にかかる」
ゾロが生意気にも文句を言う。
「うるせえよ、我慢しろ、わがまま剣豪め」
おれが言うと、おい、相変わらずだな、やたら顔にかかるんだよ、ちったあ工夫しろよアホコックが、と文句を言ってから、ぺっ、ぺっ、と口にはいった毛をはきだそうとしてる。うけたな、アホみたいな面してんだもん。
船は左右に傾ぎながら、ゆったりと動いていた。足の下で、ぎっ、ぎっ、と軋んでいる。鳥が鳴いて頭の上で旋回する、もう陸地が近いのかも知れない。
最初の頃からゾロはちっとも変わらない。
チョッパー以外の医者は信じないし、動物みたいに警戒心が強い。
そして、おれに、首のうしろではさみを使わせる。
一番最初に床屋やるぞって言った時から、ゾロは当たり前みたいに、おれに切らせたよ。いけすかない、信頼出来ない、意見が合わないって、いっつも言ってたくせにおれの床屋のほうにいつも来てた。
「おまえ、最初からおれのこと好きだったんだろ」
おれが言ったら、顔にかかった髪を払いながら、聞こえなかったみたいで「なんだ」と訊き返して来た。二度も言うような話じゃねえから、おれは適当にごまかした。
相変わらずへたくそだ、とゾロはまた文句を言った。
「髪が飛び散って、顔にかかるんだよ、アホ」
風向きとか、計算できねえのかよ、と顔をしかめている。
「そうかな」
おれはゾロの頭を掴んだ。すげえよ、頭蓋骨まで頑丈そうだ。そのまま適当に指先だけで好き勝手に緑の髪をわしゃわしゃやった。ゾロは迷惑そうにしている。でも目を閉じている。少し首を逸らして、顔を上にあげる。おれに覗きこまれていることは知っているだろうに、目を閉じている。髪が入るからだよな、分かってるよ、でも、目を開けないんだ。
「最初から、好きだったのかも、おまえのこと」
額や頬にはりついた髪を適当に払ってやって、仕上げにもう少しだけ、長さを整える。左右のバランスを見て、また少しはさみを入れる。
うまく出来ないな、おまえのときだけ、ちょっとうまくいかないんだ。
最初の時から、手が震えて。





船で散髪ってどうするのかなー、やっぱサンジかウソップかどっちかが床屋さんになるんだよねって考えたらすごく萌えたので、はとさんにサンジの床屋さんをおねだりしてみたら、か…かかか、描いてくださったよ!
僭越ながらSSをくっつけさせて頂きました。「床屋さん」という言い方のほうがしっくりくるので、この表現にさせて頂きました。    まない