citrus days



タイミングが悪い、ということは人生にはしばしば起こりうるものだ。
その日サンジはゾロの住むアパートの部屋でまったりしていた。
こたつに潜り込み、テレビを見てどうでも良いようなことにつっこみを入れたり一人でアハハと笑ってたりする。いつものことだ。
一人暮らしが長いと、何となくテレビにむかって話しかけてしまうようになる。
ゾロは別にテレビに話しかけたりはしないが、生きてる人間がその場にいたところで用事がないと話しかけないタイプなので、サンジに比べて理性が発達しているからテレビと会話しないとか別にそういうわけではない。
もう深夜に近い時刻だった。サンジは今日も泊まっていくのだろうか、とゾロはこのくらいの時間帯になると、なんとなく期待し始める。
この頃サンジはゾロの部屋に入り浸りである。
泊まっていくことも増えた。
目下二人は交際中であるので、泊まっていくとなると、あれやこれや、おいしい出来事があるのでゾロの方でもやぶさかでない。
出会ってからこうなるまでは長かったが、一度こうなってしまうと、ちょっとやそっとじゃ別れないだろうという気持ちがする。一生このままかも知れない。
近頃のサンジのゾロの部屋への連泊ぶりについて、サンジはあれこれ理由を説明してきたが、どうやら結局のところ「ゾロといちゃいちゃする時間をたくさんとりたい」ということらしかった。少なくともゾロはそのように了解している。

すっかり寒くなった。
このくらいの時期になるとゾロの部屋にはみかん箱が登場する。実家から山ほどみかんが送られてくるのだ。
それをサンジは毎日のようにここに来て食べるので、手が黄色くなりそうだとよく言っている。
みかんは黄色くて丸くて、サンジの頭によく似ている。
こたつに入って、黄色い、丸いみかんをむいて、ゾロにあーんと食べさせながら、サンジが
「このままここに住みてえなあ」
と言い出した。
「いつまでもあの独身寮に住んでるわけにもいかねえし、引っ越したい」
ゾロは寝そべったままで口に放り投げられたみかんをぱくりと食べて、ごろごろ天井を見たりテレビを見たり、サンジの腰のあたりをじろじろ見たりして秋の夜長を楽しむ。
「おらてめえ、皮くらい片付けろよだらしねえ」
自分がむいてゾロに食べさせたみかんの皮を、サンジはひらひらさせてゾロに押し付けようとする。
だらしないとは何事だ、それはてめえがむいたみかんだろうが、とゾロは思っているが、サンジの主張はゾロが食べたみかんの皮なのだからゾロが片付けるべきである、ということらしい。
そこで軽い言い争いになり、ゾロは思わず
「うるっせえ野郎だな、文句あんなら出てけよ」
と言ってしまった。
「なんだ、てめえはすぐそうやって人の話を聞こうともしねえ、もうほんとに帰っちまうからな」
サンジも憤慨し、上着を着込むと本当に帰ってしまった。
どちらにせよ、もう夜も遅く本来帰宅するべき時刻ではあった。
それでもふと気になった。
ケンカする直前、あいつは何て言っていただろうか。
あの独身寮にいつまでも住んでるわけにはいかない、ここに住みたい、そう言ってたじゃないか。
タイミングが悪い。
ここに住みたい、そう言った彼に向かって、出て行けと言ってしまうとは。
サンジは案外まじめな男である。
そろそろ真剣に、彼とのことを考えてやらなければいけなかったのに。



近頃サンジは所属がまた図書館になった。以前にも図書館に勤めていたので二回目だ。
役所の受付も嫌いではないが、図書館の方がなんとなくのびのび出来る。
ところが、図書館はサンジの住まう独身者用アパートからはわりと遠い。役所は歩いて五分とかからないのに、図書館となると自転車で二十分以上かかるのだ。
寒い日が続くこの頃なので、それが億劫で、ついついゾロの家に入り浸ってしまう。
ゾロの住むアパートは図書館から近いのだ。
それが目当てであって決して毎日あの緑頭に会いたいからではない。
あの部屋にはみかんもあるし、こたつもある。図書館からも歩いて三分。
非常に快適である。
そんなわけなので、悪いと思いつつもついつい自宅へ戻らずゾロの部屋に連泊してしまうのであった。



その日はまた特別に寒かった。
やべえなー、昨日も一昨日も泊まっちゃったのに今日も泊まるなんて図々しいだろうか、とさすがに思いつつもサンジの足はゾロの部屋へ向かった。
今朝は今年最初のみぞれまで降った。
とてもじゃないが自転車をこいで自宅まで戻れるような気分じゃない。とにかく寒い。
何だかもうゾロのアパートに住んでしまいたいくらいだ。せめて冬の間だけでも是非。
さすがに連泊はどうかと自分でも思うのだが、仕事が忙しいからとか、ゾロが部屋を散らかしてて片付けるのに時間がかかってなかなか自宅に戻る時間もとれないとか、ゾロが料理もしないからなかなか自宅に戻る時間がとれないとか、ゾロが風呂に入らないから目が離せなくて自宅に帰れないとか、ゾロがごみの日を守らないから心配で今日も帰れないとか、色々言ったら納得したのか、ゾロも神妙な顔で「そうか」と頷いていた。
完全に、まんざらでもないんだろう。ゾロはサンジの恋人なので、サンジを好きなはずなのだ。
(まあそうだよな、つきあってるんだもんな、悪いわけねえだろ)
そう思いなおしつつ、ゾロの部屋の鍵をあける。合鍵である。もう完全にアレなくらい、二人は仲良しなのである。
(そうだ、悪いわけがねえ、オレが顔だしゃ、あいつだって嬉しいはずだ。間違いねえな)
元気良くドアをあけると、ゾロは既に帰宅しており、テレビの前でごろごろしていた。いつも通りの光景だった。
前日の残り物と冷蔵庫にはいっていた食材で適当に夕食を作ってやる。ゾロはちょっと目を離すとコンビニ弁当ばかり食べる。台所にある調味料の類だって、サンジが全部そろえてやったようなものだ。
野菜を炒めていると、テレビの音だけ聞こえてきた。
11月11日、今日はくつしたの日だって知ってましたか。
ニュースキャスターが楽しそうにコメントしている。
11月11日……
サンジは心のなかで復唱する。
随分ゴロの良い日だ。
なんとなく、何かがひっかかる。
「あっ」
思わず、菜箸を取り落としそうになった。
11月11日。
ゾロの誕生日だ。
まずい、何も準備していない。料理は普段通りだし(でもゾロの好物の野菜炒めだ)、プレゼントも準備していない。
どうしよう、ていうか、あいつもあいつだ、どうして何も言わないんだ、先に言えよそういう大事な日は、自ら主張しろよ、うっかり忘れちまうじゃねえかだって今日完全な平日だぜ、今日が何日かも忘れそうなくらい平日だぜ。
サンジはうろたえながらも手際よく料理する。
手際良く料理しながらもうろたえる。
どうやってこの急場をしのいだら良いものか。
毎日のように連泊しているくせに、誕生日を忘れる。
ひどい。
なんていうか、恋人だから連泊という言い訳部分の説得力が消えてしまって、完全に職場から近いから入り浸り、の状況が際立ってしまっている。
ゾロはへそを曲げるかも知れない。
それはよくない。
この居心地良い、職場から近い部屋と、暖かいみかんと、こたつ。
あいつは何でも提供してくれてるのに、オレはなんて冷たいんだ。
だが、二人が恋人同士である以上、こういう時の最善のごまかしかたがあった。
サンジはすぐにそれに思い当たった。
食事が済み、念入りに風呂に入ったあと、こたつで寝そべる男をつま先でつついてから、隣に移動し、その肩に顔を摺り寄せて、言ってやった。
「おい、オレをプレゼントしてやる」
完全に上から目線の物言いだった。
ゾロは驚いた顔をしていた。
「がんばってやるからさ、して欲しいことあったら言えよ」
やっぱフェラとか変な体位とかそういうのかなあ、あんま好きじゃねえんだよなあ、と思いながらもここまで来たら引き下がれない、というか他に何もプレゼントなどの準備がないのだ。受け取ってもらえないと困る。
だがどうもゾロの反応が悪い。
ここは恋人なら嬉しそうにしなきゃいけないところだろう。それが難しい顔をして眉間にシワをよせている。なんだ。やっぱばれたか、完全に誕生日忘れてたの。それですねてるのかなあ、こいつ結構気難しいとこあるんだよなあ、とサンジは首を傾げる。
もう一押しが必要かも知れない。
そう思って付け加えた。
「おい、てめえがオレの主人だ。何でも言えって」
ちょっとしたプレイのつもりだった。誕生日だからサービスするという意向をウィットをきかせて伝えてみたつもりだった。
だがゾロは、むむむと唸ってからこう答えた。
「仕方ねえ、てめえの方からそこまで言うなら、貰ってやるしかねえな」
「おお?……おお、そうだな、もらっとけ」
「だが別に、てめえの方から何でもしてもらうつもりはねえ、オレが主人というつもりもねえ。これまで通りでいい」
何だか分からないが、今日のゾロは非常に男らしかった。
「そうと決まったら、次の日曜にでも引越して来い。幸い、二部屋あるからてめえの荷物くらい置けるだろ。もっと広いほうがいいなら他の部屋を探してもいいが」
「……へ?ここでいいぜ?てかいいの?荷物持って来ちゃって」
「当然だ」
ゾロはいたって真面目な顔をしている。
何だかよく分からないが、そうか、このアパートに荷物持って来てもいいのか。
じゃあ、寒いし、冬の間だけでも住み込んじゃおうかな。
サンジの心は簡単に動いた。
ここにはこたつもあるし、みかんもあるし、ゾロもいる。
全く持ってやぶさかでない。
じゃあまあ近々、天気が良くてあったかい日にでも荷物持ってくるな、と言ったら、ゾロは大真面目に「おお」と頷いた。
それから何となく二人はこたつのなかでもそもそし、ゾロはサンジの黄色い丸い頭をもそもそ撫でて堪能し、そのうちこたつが揺れるほど激しくアレなことになった。
テレビのボリュームをあげて物音をごまかしつつ、サンジは何となく幸せな気持ちになった。
そうか、もう帰らないでここに毎日いていいのか。
そう思うと、ゾロがかわいく思えてきた。
掃除も洗濯も料理もしないしゴミの日も覚えない駄目な男だが、かわいいもんである。
オレが帰っちまうと、いちゃいちゃする時間がとれないもんだから、嫌なんだろう。
サンジはそう了解した。
タイミングが悪かったのだ。
タイミングが悪かったということにサンジが気付くのは、春になって「じゃあそろそろ自宅に戻ろうかな」と言い出してゾロが「え?」という顔をするその時まで、つまりまだ何ヶ月も後のことである。






やっつけ仕事ですがひとまず!!!ゾロを祝いたいです。
071123