スーパースピン





知り合いのツテで春から高校で講師をやることになった。科目は体育だ。
他に出来ることもねェし、ちょうどブラブラしてたので引き受けた。
ガキは煩せえからなるべく相手にしたくないが、仕事なのでそうも言っていられない。
休み時間の気が狂ったような喧騒の中、廊下を歩く。なんで体育の教員室がこんなに体育館から遠いんだ。おかげでちょっと道に迷ってきた。
とりあえず現在地を量ろうと窓から体育館の屋根を探していたところ、すげェ衝撃とともに視界いっぱいに金髪の頭が映った。
そして次の瞬間、金髪は床に投げ出された。
ゴツン、と鈍い音がした。勢いオレも後ずさって廊下の防火扉に激突する。
金髪から生えた体は制服を着ていた。
生徒か。
「いってー」
白い手が、金髪の頭を擦る。
「目ェまわるー」
「……おい、大丈夫か」
ようやくオレは正気にかえって金髪に声をかけた。
「お、そうだ、サンジ、大丈夫か」
すぐ隣からぬっと鼻の長いガキが顔を出した。いつからそこに居たのか。この金髪のダチか。
「大丈夫じゃねェよ、てめ、おぼえてろウソップ!」
わめきながら金髪は起き上がる。
そして振り返ってこっちを向いた。
「くそー、マジで目ェまわる!」
何度か乱暴に頭を振る。
青い目をしていた。
目がまわってるらしいが、髪もぼさぼさに乱れているが、何故か眉毛までまわっていた。どういうこった。頭打つと眉毛まで回るなんて聞いたことがねェ。
「てめえもボサっとしてんじゃねェ!…って、教師か!」
「アア?」
いきなり投げられた暴言に眉をあげると、金髪は何がおかしいのかガハガハ笑った。
「すみません、センセー、廊下はもう走りません」
こちらへ向けられた顔も、金髪に伸ばされた指の細い手の甲と同様に白かった。
眉毛は相変わらずグルグルしていた。
心配になったので一応保健室に行って見てもらえと注意しておいた。
あんなに眉毛がグルグルになるなんて、よっぽど打ち所が悪かったに違いない。
ふと、あの金髪の頭を触ってやりたかったと思った。怪我してねえか、確かめたかった。



午後の授業はかったるい。
この高校では午前3時間午後2時間の一日5時間制だが、そのかわりに1コマが65分もある。長過ぎる。50分授業なら準備運動を20分もやらせたらあとは30分しか残ってないので楽勝だが、65分じゃ準備運動のあと45分も残ってんじゃねえか。この差は意外と大きい。
仕方ないので、こっちの手間を減らすために、準備運動のあとグラウンド3周を加えてみた。これでちったァ時間がかせげるだろ。ほっときゃ生徒なんかチンタラ走って無駄に時間使ってくれるもんだし。
とか考えてたら凄い勢いで走ってるヤロウが一人いた。
なんだありゃ。
準備運動で本気走りか。アホか。
しかも走りながらテニスコートの女生徒に向かって手ェ振ってやがる。
金色の頭。
遠くて顔は見えないが、なんとなく分かった。
あいつだ、昼休みの、あの、グルグルの奴。
女生徒が手を振り返している。
調子にのったのか、グルグルが何やら叫びながらオーバーリアクションで飛び跳ねている。そして次の瞬間転んだ。大丈夫かアイツ。一日にあんな連続してすっころんで、さっきどっか悪いとこ打ってふらついてるんじゃねえのか。考えてみればあのハイテンションもおかしいような気がする。やべェ。さっきのはあいつからぶつかってきたんであって、オレのせいではないとは思うが、やっぱ責任問題とかになるんじゃねえのか。
あとで無理やりにでも保健室に引っ張ってくか。
そんで保健室のおばちゃんにでも預ければとりあえずの責任は果たしたと言えるだろう。
そんなことを考えながらピョコピョコ跳ねる金髪を眺めた。
だが、その時間中、金髪の奴はふらつくどころか活躍しまくり、クラスで誰より早く100メートルを走りきった。どうなってんだ、どこも悪くねえのか、それとも本当は具合悪いのに隠してんのか。
やたら気になって金髪のことばっかり見てたら、どうやらこいつもクラスメイトだったらしい鼻の長い奴に怯えたような目で見られた。
鼻が金髪のとこ言ってなにやらヒソヒソ話しこんでる。
金髪がこっち見てる。
多分、「目ェつけられた」みたいなことを鼻は言っている。なんとなく分かる。
金髪はこっちに向かってメンチきると、中指をたててみせた。
アホか。
教師に目ェつけかえしてどうする。どんな解決法だ。



授業が終わって体育科教員室で(この高校は教科ごとに職員室が分かれている)着替えているとドヤドヤとにぎやかになって、先ほどの授業の生徒がストップウォッチを返しに来た。
一応更衣室風になっているロッカールームとデスクのある部屋は隣接していて、間仕切りなどは無い。実際は無いわけではないが、常時開放されていて、無いも同然なのだ。どうせ男しかいない。
オレはシャツを脱ぎながら、当番の生徒に声をかけた。
「そっちじゃねえ、右側の棚に入れろ、そう、網棚みてえになってるほうの」
「おー、そっちか」
のんきそうに返事しながら、ひょっこりと黄色い頭が覗いた。
(げっ)
わけも無くオレは動揺した。
今日の当番は金髪だったのか。
しかも金髪と一緒にこちらを覗き込んだ生徒は鼻。今日の当番は金髪と鼻の二人組みだったのか。もしくは鼻は単に付き添いか。仲良いなあいつら。
動きを止めたオレを金髪はジロジロ睨んだ。睨んだというより、観察するような目付きだ。
そしておもむろに
「負けねえ!」
とか言って自らの体育着をまくりあげた。白い腹が見える。
「よっ、サンジさん、凄い腹筋!」
鼻が金髪の腹をばしばし叩いて笑い転げる。
何だ、こいつら、人の身体見て勝手にネタにして楽しみやがって。
「はっ、細ェ身体しやがって」
馬鹿にした顔をわざとつくって、見せ付けるように二人の方を向いてやると、
「きゃっ、センセーにやらしい目でみられちゃった」
金髪が変なシナをつくって、それからまたゲラゲラ二人して笑う。本当に煩ェな。
「センセー、細い腰が好きぃ?」
金髪は笑いながら、ストップウォッチを棚に返して出て行った。
うるせェなあ、男子は、と同僚の教師があきれたように言った。



それ以来、たまに廊下で出くわしたりすると、金髪が「センセー、細い腰が好きなんだろ」と言って絡んでくるようになった。
たまに強引に自分のウエストに触らせたりしてくる。そしてまた、何がおかしいのかゲラゲラ笑う。全く理解出来ない論理構造と行動パターンである。
ただ分かるのは、多分、なつかれたらしい、ということである。
そして相変わらず金髪の眉毛は巻いたままだ。どこまでもグルグルしている。金髪の行動も未だにどうかしている。ちっとも治らない。
気にはなるが、保健室に行け、とか医者に見てもらえ、と言うと金髪は笑って逃げ回り
「保健室でいたずらされる」
「お医者さんごっこをされる」
と人聞きの悪いことを叫んで廊下を走る。
廊下を走ったら危ないと思うのだが、追いかけるとますます走るので放置する他ない。
こんなに心配してやってんのに、と思うと、まずその「心配している」という事実そのものが不本意だ。
ガキの考えることは分からない。
出来れば関わりたくないが、仕事なのでそうも言えない。
ところでもうすぐ性教育の授業がある。
あいつ、どう見ても童貞だし、どんな顔しやがるだろ、と思うと、ちっとだけ胸がすく。
そのくらいが、オトナのささやかな仕返しである。



06/03/51(エッ?)


サンジとぶつかってグルグルの眉毛を心配するゾロ、というリクでした。この高校教師ゾロはオトナの都合により校医になったり美術講師になったりして私たちを楽しませてくれるはずです。んね、○○さん!