告白ゲーム
ゾロとサンジが夜中まで起きていたのにはやましい理由があった。
実は二人は先日できちゃったばかりの恋人同士である。
これまでレディ相手しか考えてこなかったサンジと、武骨を絵に描いたような剣豪では障害もすれ違いも数多あり、艱難辛苦に耐えてようやくこのほどお互いの気持ちを確かめることが出来た。
そんなわけで今が一番楽しい時期。
おまけに二人ともまだ若い。
少しでも隙があれば抱き合っていたいと思うのは当然の流れだった。だから他のクルーが寝静まるまで、ゾロは酒を飲むふりをしてラウンジに居座り、サンジは明日の仕込みが終わらないふりをしてキッチンに残り、見張りの目を盗むようにして二人きりになれるような場所、多くの場合は格納庫に、しけこんで朝方までいちゃいちゃすることを数日おきの楽しみにしていた。
それがその晩は突然の珍客のために、そうもいかない状況になってしまった。
「おおい、何か見えたぞー」
深夜。そろそろ誰も起きてこないだろうと踏んで、二人がラウンジでまず前哨戦のディープキスを楽しんでるときに、突然見張り当番のチョッパーが叫んだ。
「どうした」
慌ててキスを中断し、サンジがデッキに飛び出る。放り出されたゾロは不機嫌にその後を追う。のっそり歩くさまは、野生の熊に似ている。
見張り台から双眼鏡を持ったチョッパーがこちらを見下ろしている。
「何かがこっちに来る」
「何かってなんだ」
「なんか・・・・・・小さな船みたいな」
「近いのか?」
「それがすげー速くて、こっちに向かって・・・・・・あっ、あれ、ルフィの兄ちゃんじゃねえか!?」
「マジか!?」
サンジが走ってチョッパーの指し示す方角を乗り出すように覗く。
「ほんとだ、ありゃあうちのゴム船長の兄貴だな」
アホだなあいつー、この大海原で普通に訪ねてくるんだもんなー、と船べりから海を眺め、サンジがしみじみ言った。
その顔を横から見ていたゾロは、ついさっきまでキスしていましたよと言わんばかりに艶めいたサンジの唇や上気した頬を見て、落ち着かない気分だった。
もうエースなんてどうでもいいので、このアヒルを格納庫あたりに引っ張り込んで好き勝手にしてやりたい。
だがサンジは同意見ではないようだ。
エースに向かって機嫌よく手を振ると、どうした、何か用事か、と親しげに話しかけている。
「今うちの船長起こしてくるよ」
「ああ、いや、いい」
メリー号のすぐ横に板切れみたいに頼りない不思議な船を寄せると、エースはひらりとこちらに乗り移ってきた。
「夜中だし、皆を起こしたら悪いって。また明日の朝になってから改めて挨拶するから、今晩はここに置いてくんねえかな」
「そりゃ構わねェぜ。でも本当にいいのか」
「いい、いい、あいつ起こすとなると大変だろ」
「まァそうかもな」
「迷惑かけてすまねえな」
「いいって」
相変わらず社交に長けた兄貴は、サンジの好感を得ることに成功しているようだった。
ゾロは少し不愉快だった。
だが船長の兄貴を粗末にするわけにもいかない。
今あったかいもんでもいれるから、とキッチンへ向かうサンジに続いてすごすごとテーブルにつく。もう少しであのスーツをひんむいてあんあん鳴かせてやれたのに。全くうまくない展開だ。
ほどなくして、ウイスキーと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを手渡された。
サンジがチョッパーにも同じものを差し入れして戻ってくると、特に話すこともなく男三人が顔をつきあわせている奇妙な空間になった。コーヒーの芳醇な香りだけが、静まりかえるむさくるしさの増量した船室に広がっている。
エースは朝まで起きて待っているつもりのようで、客人ひとりほったらかして寝るわけにもいかずサンジがつきあっている。そのサンジをエースと二人きりにするのが癪に障るのでゾロも起きている。その三すくみが微妙な緊張感を作りだしている。
(何で誰も話さねえんだ)
そう思ったが、そういえばこの取り合わせだと話題があまり無い。こういう時こそ必要なウソップが就寝中なのが痛かった。
沈黙に一番最初に耐えられなくなったのはサンジだった。
もともと客商売をしていたので周囲に気を遣うところがある。
「よし、トランプだ」
「ああ?」
「トランプしようぜ」
この場の雰囲気に耐えかね、妙に凄んでいる。
なんでオレらが仲良くトランプなんだよ、ここは暇つぶしの社交クラブかなんかか。
ゾロはまるで不服だが、サンジがやけにてきぱきとウソップの荷物置き場からトランプを見つけ出してシャキシャキきりはじめたので、諦め顔でそのままそこに座っていた。
ゾロはあまりトランプのルールを知らない。
従って行われるゲームはやむをえず協議の余地すらなくババ抜きに決定していた。
「ただババ抜きやったってつまんねえな」
エースが抜け目なくコーヒーの味を褒めた後、言い出した。
サンジは機嫌よく、ならどうするよ、と問い返す。
「何か賭けねえ?」
「お、いいねえ」
「金やモノ賭けんのもなんだし・・・・・・一番負けた奴は何か秘密をばらすってのはどうだ」
「秘密?」
「どんな」
「例えばそうだなー、男三人だしな。おい」
エースがにやにや二人の顔を交互に見る。
「アレの初体験の話をするってのはどうだよ。丁度ガキどももいねえし」
「えっ」
動揺したのはサンジであった。
何しろ目の前には恋人のゾロ。
過去のセックスの話など持ち出すのは気が咎める。そりゃお互い良い大人ではあるし、歳のわりに年期のいった船乗りでもあるし、それなりの過去があるだろうことぐらい予想していて当然のことだ。そもそもゾロはそんなことを気にするような男でもない。
……と思う。
それでもサンジ自身が気になるし、知られたくない。
だがここで、そんなの嫌だと言い出したらどうなるだろう。
童貞、のレッテルを貼られかねない。
ガキどももいねえし、と前置きしたエースの言葉には、ここにいる全員そのくらいの経験はあるだろう、という含みがある。
意外と坊ちゃん育ちで、周囲の大人にからかわれることが多かったサンジには、そんな屈辱は我慢ならなかった。
ここで何でもない涼しい顔して「ああいいぜ」と男らしく言っちゃえる自分でありたかった。
(クソ)
意を決し、だがゾロはどんなつもりだろうと気になり、口をひらくタイミングが遅れた。その隙に、
「いいぜ」
実にあっさりとゾロの方が同意してしまったのであった。
(なんだそりゃ)
サンジは面白くない。オレの前ではじめてのレディの話でもはじめるつもりか。オレがどんな気持ちになるか、こいつは考えないってのか。
カードを配りながらゾロの表情を読もうとするが、普段の仏頂面で変わりないように見える。
同じ数字のカードをぱらぱら捨てていく。
サンジが一番に引くことになった。
エースの手札から一枚引く。
2。
手元に「2」は無い。そのままためる。
エースがゾロのカードを引く。ぱらりと1組捨てられる。
ゾロがサンジのカードを引く。サンジがエースのカードを引く。エースがゾロのカードを引く。誰がババを持っているんだろう。少なくともサンジは持っていなかった。ぱらぱらとカードは机の上へ捨てられていき、手持ちのカードが少なくなってきた。
どうしよう。
もし自分が負けたら、ゾロの前で過去の恋人の話をすることになる。嫌だ。
だからといって、ゾロの過去の話も聞きたくない。
サンジはエースの顔をじっと見た。ババを持っているのだろうか。完璧なポーカーフェイスで読めない。ババ抜きしてるのにポーカーフェイスだ。
ゾロのほうは真剣だ。
あと2枚しかカードがない。エースは1枚だけだ。
もしもゾロが、目の前で平気な顔で過去の女性との経験を話し、いい女だった、とでも言ったら、自分は平静でいられるだろうか。エースの目の前で、顔色を変えてしまわないだろうか。それ以上に、何か傷つくような要素をその思い出話のなかに見つけてしまったら、今後のオレらはどうなんだ。
様々な良くない考えが過ぎり、サンジは身動き出来なくなった。
ただまっすぐにゾロの手元を見詰めた。
ゾロだって、そうだ。オレの過去の話を聞いて、全く気にならないとでも言うんだろうか。それは信頼なのか、それとも、もしかしたらオレのことなんかどうでもいいのか。
エースが2枚のうちの片方に手をかけると、ゾロは
「むっ」
と顔を顰めた。
ランプがじじじと音をたてる。どうやら蛾でも飛び込んだらしい。
エースはおや、と笑って、反対側のカードに手をかけなおした。
今度はゾロがほっと息をゆるめる。
(ひっかけか?あいつにしちゃ、おどけたことしやがる)
表情の逆で、「むっ」とした方がババで、「ほっ」としたカードが良いカードか。それとも裏をかいて本当に「むっ」とした方が良いカードなのか。
どっちだ。
じりじりと慎重にゾロの表情をはかりながら、エースはカードをひく。ゾロが「むっ」とした方のカードを選ぶ。裏をかいてる、と見たのか。
息を飲むような緊張が過ぎったのは、サンジも同じだった。
今すぐお祈りしまくりたい気分だった。どんな神にでも。
エースが指先をひらめかせ、そのカードを見る。
「あっ」
「あがりだー!やりィ、一番のり」
ゾロが立ち上がった。
「くそッ!」
普通に悔しそうだった。
「素の顔かよ!!!」
サンジとエースからつっこみが飛ぶ。
「よし、じゃあオレが引く番だ」
ゾロがサンジのカードに手をのばす。
「あ」
ここ一番というところで、サンジが間抜けな声を出した。
「ごめん、オレ、もう数字そろってた」
サンジの手元に残された2枚だけのカードは、両方ともに「10」だった。あがってるのに気付いていなかったのだった。
ぱらりと2枚が捨てられて、ゲームオーバー。
あっさりとゾロの最下位が決まってしまった。
サンジはぎゅっとシャツの裾を握って覚悟を決めた。
何があっても冷静でいなくてはならない。妙に敏いエースに気取られるかも知れないし、それに、オレはゾロを信じよう。
(あー、でも耳塞ぎてェ)
辛くて辛くてたまらないサンジに気付きもしないで、エースは楽しそうにしている。それも当然のことだ。エースは何も知らないだけなのだ。
「オレがはじめてヤッたのは」
生真面目なゾロは約束をきちんと守った。
潔くサンジの方へ向き直り、
「こないだてめえとヤッたあれが最初だ」
マジかああああああああああああああああああああああああああああっ
色んな意味での衝撃が、残る二人の口から叫びとなって夜のしじまを引き裂き放題の顛末であった。
06/11/15
サンジとゾロとエースで夜に賭けトランプ、というリクでした。まさかこんなオチとは・・・。