ハニービーム



今朝から何度目か、もう数えるのも不可能なくらいサンジはそわそわと落ち着きなくカレンダーを眺めた。
11月11日。
ついでに携帯電話をひらいて日付を確認した。
11月11日。
天気予報を見ていても日付が気になる。今日は11月11日。間違いない。
さして広くもないワンルームマンションの室内いっぱいにこれでもかというくらいに料理の匂いが漂っている。
この部屋にはオーブンがないので、ケーキは自分のアパートで焼いてきた。甘いものが嫌いな彼を意識して、洋酒のしみたバウンドケーキにした。本当はクリームでデコレーションした凄いやつを作りたかったので多少無念ではある。だが、主役の好みを最優先させなくては。
食事だって普段家庭では食べないようなものを出してやりたかったが、そこをぐっとこらえる。
あいつは箸で食えるもんのほうが喜ぶ。
にんにくの芽の入ってるエビチリ、筑前煮、グルクンのまるごとフライ、大根の葉の味噌汁、えーとまだあいつ帰ってこねえから豚肉も煮とこうかな。サラダはどうしよう。食うかね。あれば食うだろうけど。
11月とはいえ、亜熱帯に分類されるこのあたりの地域はまだ半袖でしのげるくらいの気候だ。これだけ大量の料理を作れば蒸し暑い。
だが普段から昼間は調理師学校に通い、夜はレストランでバイトするサンジにとっては、慣れたものだった。
肘で軽く汗を拭う。
鍋がぐつぐついう音が心地よい。
サンジとゾロはこの春に出会ったばかりだった。おつきあいを始めたのも、それからすぐのこと。
(電撃入籍だ)
入籍している事実はないが、感覚としてはそんな感じだった。
(運命の恋だった)
初めてゾロに出会ったときの胸の高鳴りをサンジは今でも覚えている。



サンジとゾロはある日突然に出会い、そのまま唐突に交際をスタートさせた。だがその滑り出しは順風満帆とは言いがたいものだった。
何しろ、お互いの気持ちを確かめ合った途端にゾロが遠くの大学へ進学。転居してしまった。
取り残されたサンジは一人寂しく空閨を託ってゾロを待ち暮らす・・・・・・ようなタイプではなかった。
自分もとっとと荷物をまとめて、ゾロの新居のすぐ近くに引っ越してきた。おまけに自転車通学可能圏内に調理師学校まで見つけ、秋期で入学した。レストランでのバイトも始めた。物凄い行動力だった。
それからもまあ色んな出来事があったのだが、それは端折るとして、今日のこの日を前々からサンジは大変楽しみにしていた。
今日は、二人が交際を始めて最初の、ゾロの誕生日である。
サンジ自身の誕生日は運命の出会いの直前に既に終了していたので、一年待たなくてはならない。
春から今日のこのめでたい日までは、これといって恋人同士で過ごすべき甘い年中行事も無く。イベント大好きでサービス精神も旺盛なサンジとしては内心物足りない部分も感じていたのであった。
しかし今日こそ。
今日こそ、思う存分、二人で過ごす特別な一日を迎えることが出来るわけで。
サンジの血圧は朝から上昇しっぱなし、部屋の温度も調理の火力で上がりっぱなしというわけであった。
(さすがにあっちぃな、クーラーでもいれっか。いやでもアイツ意外と古風だから自然風のほうがいいかも)
からからと窓を開ける。
比較的海が近いので、心地よい風が吹き込んでくる。
豚の煮たのが出来上がった。
とろっとしてる。ちょっと味見して、満足し、ゾロが帰ったらまた温め直せるように蓋をする。
(もうこれ以上作っても食いきれねえだろうし・・・・・・)
サンジはごっちゃりとご馳走の並んだちゃぶ台を眺める。
冬はコタツ、夏はちゃぶ台になる便利な机だ。まあこの地方は大抵暑いので、割と年中ちゃぶ台のままだ。
(することねえな)
サンジはうろうろと部屋のなかを歩き回った。
冷蔵庫を開ける。
ワインとミルミルが冷えている。
冷蔵庫を閉める。
ベットの上に座る。煙草に火を点ける。なんだか落ち着かない。
カレンダーを眺める。11月11日。間違いない。
ちなみにカレンダーの今日の日付のところには、赤い丸が付けてある。丸を付けたすぐ脇には「あの日」と赤いマジックで覚え書きまでしてある。
「ゾロの誕生日」と書くべきところだが、それじゃあまりにもあからさますぎてつまらないと思い、ちょっと伏せた感じにしてみたのだが、それを見たゾロは凄く嫌そうな顔をした。遊び心の分からない男である。
テレビをつけてみた。
ニュースをやってるチャンネルを探す。
「11月11日、午後8時のニュースです」
とキャスターが言う。満足する。それにしてもゾロは遅い。料理が冷めてしまう。
暇なのでティッシュで花を作ることにした。
少しずつずらしながら10枚くらいティッシュをかさね、後ろのところを輪ゴムで留める。花びらのようにティッシュを開いていけば完成だ。子供のころは何かあるたびに作ったものだが、さすがに久しぶりだった。
思いのほか上手く出来たのでテレビのまわりに貼り付けてみた。借家なので、壁に何かを張り付けると敷金が戻らなくなると言ってゾロが怒る。案外細かい男だ。
なかなかゾロが帰ってこない。
暇なのでもっとたくさんティッシュの花を作ろうかと思ったが、箱の底を覗き、ティッシュが残り僅かなことに気付いたので終了した。いやいやこれは今夜の分、と思ったりしながらサンジはなんとなく頬を赤らめてみた。
もうすることが何も無い。
先に風呂でも入っておくか、と思ったのだが、もしかしたらゾロが一緒に入ろうとか言うかも知れないと思いついたので止めた。
自分の服装をチェックする。
半袖シャツ、普段着にしてるジーンズ、パンダ柄のエプロン、靴下。以上。とてもシンプルだ。
パンツはドラえもんの柄だ。ゾロはおよそ他人の下着に注意を払うようなタイプではないが、ドラえもんのパンツはツボにはまったみたいで、こないだちょっとだけ笑ってたので、その笑い顔がとても可愛いとサンジは思ったのだ。
しかしあれだ。
これじゃいつもと変わらない格好だ。
折角なので「いつもと違う」という印象を与え、驚かせてやりたい。
だからといって今からスーツ等を自宅まで取りに戻ってたら、その間にゾロが帰宅してしまうかも知れない。そもそもスーツくらいじゃあの男は驚かないというか、仕事帰りかな?と思われるくらいが関の山だ。
もっとインパクトが欲しい。しかも、色っぽい展開が欲しい。恋人同士になって初めてのビックイベントなのだから。
(よし)
サンジの脳の回線に電気が流れた。
(裸エプロンにしよう)
悪い電気だった。
いそいそと着ているものをすっかり脱ぎ、全裸になると、再びエプロンだけを装着する。
帰宅してきてこの様子を見たらゾロはさぞかし驚くだろう。
そう思うとワクワクしてきた。
だが、それでもまだゾロは戻ってこない。
おかしい。今日が誕生日であってるよな。
カレンダーを見る。11月11日。あの日、と書いてある。
スケジュール帳をカバンから引っ張り出して来て開くと、矢張り今日の日付の場所に「ゾロの誕生日」と記されている。つきあい始めの頃、ゾロから聞き出してすぐさまメモしたのだ。間違ってるはずがない。
携帯電話を開く。画面には11月11日8時37分と表示が出ている。
どうしたんだろう。こんなに待ってるのに。不安になってきた。
何かあったんだろうか。
(けど、夕べだって普通にヤッたし・・・・・・)
昨晩のことを回想し、サンジはまた頬を赤くした。
(そん時、明日は早く帰れるよなって確認した)



暗闇の中、声を殺すようにして抱かれた。
アパートなので、隣に物音が響かないかいつでも心配がある。
思い切り強く腰を押し付けられ、胸につきそうなくらい膝を上げさせられた。あ、ゾロがイく気だ、と思いサンジは目を細めた。
不思議と、自分がイく瞬間以上に、ゾロが中で射精するときに深い満足を覚える。
腹の奥で、びくびくゾロのモノが跳ねている。それが分かるようになったのは、随分慣れてからのことだった。始めのうちは、ゾロがイッた瞬間を感じる余裕なんて無かった。
きちんとゴムをつけてくれてるので、苦しいことは少ない。
だが、夕べは何となくそれを物足りないと思った。もっと深く抱き合いたい。
明日は特別な日だし、もっと色んなすげえことしちゃおうか。
そんなことを考えながら、ハァハァ荒い呼吸をしてるゾロに、確認した。
「なあ、明日ははやく帰れるよな」
当然その意味はゾロにも伝わっていると思ってた。
「ああ」
すぐに返事があった。だからサンジは満足して眠った。



(でも待てよ)
そう言えば、ゾロの返事は上の空ではなかっただろうか。
聞いてるような聞いてないような、曖昧な返事だったような気もする。
もしかしたらあれは生返事で、聞いてなかったのかも知れない。普段そういうことはないのだが、セックスの後はさすがに気が緩んでいる可能性だってある。
今日が誕生日だって忘れてしまっているのかも知れない。
サンジはそわそわしだした。
そうだ、ゾロは今日が誕生日だって忘れてしまっているのかも知れないし、もしかしたら、誕生日であることは覚えていても、自分が来るとは思っていないのかも知れない。
普段は我が物顔でゾロのアパートに居座ったり甘えたりえっちなことをしろと迫ったりするサンジではあるが、一方で、いつも、影のように離れない不安があった。
ゾロは、男の自分とつきあうことを、どう思っているのだろう。
ちゃんと恋人同士だと思ってくれてるのだろうか。
そのへんが、良く分からない。
もともと女性相手の経験しかないようだし、ホモなんて冗談じゃないと思っているのかも。
(オレは・・・・・・ゾロじゃなかったら、男なんて、絶対イヤだな)
我が身に照らして、そんなことを考えた。
(じゃあゾロは?ちょっとは男でも好きだって思うほうだろうか)
そのほうがいいな、とサンジは思った。
いっそゾロがホモだったらいいのに。それなら自分を恋人に選ぶことに抵抗がないだろう。
(ゾロが完璧ホモだったら・・・・・・)
ちょっと想像してみた。
(例えばオレが、ゾロ好きだ、と言う。するとあいつは「そうか、じゃあ同じ趣味だな」と答える。すんなりおつきあいすることになる。ゾロはホモなので何の疑問も抱かないし、そもそも男のオレが好きだ)
こりゃいいな、と何度か頷いた。
それにしてもゾロは遅い。
もしかしたら、誕生日に男の恋人が待ってるなんて、イヤになったのかも知れない。
じっとしてられない気分になってきたので、サンジは立ち上がり、ゾロを探しに行くことにした。
ドアを開け、外に出る一歩手前で、そういえば裸エプロンだったと思い出した。このまま出歩いたら銃刀法違反だ。いやなんか違う。なんだっけ。わいせつ物陳列罪だっけ。それもなんか違ったな。
ドラえもんのパンツをはき、ズボンをはき、半袖シャツをかぶったあたりでようやく「こうぜんわいせつ」という単語を思い出した。
それからゾロのことを「けっこんさぎ」と思った。
入籍の事実はないが、サンジ個人の心情としては近いものがある。



夜中の国道をてくてく歩き、取り合えず一番最初に思いついたゾロのバイト先のホームセンターを訪ねてみた。
すると、居た。
屋外に出たままのカートを回収し、ガラガラ引き摺ってるところに出くわした。
「ゾロ!!」
サンジは思わず叫んだ。あんなに心配したのに当のゾロがあまりにも暢気な様子だったのでムカついた。
「てめえ、おせーよ」
「あ?どうしたんだ、てめえ」
ゾロはサンジがいきなり現れたので心底驚いていた。
サンジはフェンスによじ登る。そしてそこから大声で叫ぶ。
「誕生日!てめえ、今日誕生日だろ!!」
「あー、ああ、そうか、そうだった」
ガラガラとカートを押しながらゾロがひとまずサンジのいる方へだだっ広い駐車場を移動してくる。
屋外売り場の同僚が、おい、どうしたロロノアー、と呼んでいる。ともだちかー、と言ってる。
「おー」
取り合えずゾロがそっちへ返事した。
「てめえ・・・・・・!おせーよ、オレと仕事とどっちが大切なんだ馬鹿馬鹿!!」
フェンスをガンガン蹴飛ばしてサンジが叫ぶ。
「つきあって最初の誕生日だろ!?」
「アホ・・・・・・ッ!!」
サンジの大声に、慌ててゾロが背後を振りむく。みんな、こっちを見てる。
「アホじゃねえだろー!てめえがアホだろー!」
「騒ぐな!忘れてただけだ!!!」
「なんで忘れんだアホ」
「仕方ねえだろ、うっかりしてた」
「ひでえ!オレはケーキ焼いて待ってたのに!つきあって最初だったのに!」
・・・それともやっぱり、男となんかつきあった覚えはないって言う気だろうか。
許せない。
「悪かった、とにかく落ち着け、すぐ帰っから!!」
店はまだ営業中だったが、既にひと気は随分はけて、静かだったのが災いした。
カートをガラガラ引き摺って持ち場に戻ったときにはもう、言い訳する必要もないくらい同情的な空気がその場に満ち、ゾロは閉店まであとわずかというところで早退を勧められた。
「大事な日だったんだろ」
と優しく肩を叩かれて。



ゾロはサンジより2メートルくらい先を歩いてる。
後ろを振り向きもしない。
怒らせた。
ゾロの誕生日は当然二人で祝うものだとサンジは思っていたが、ゾロはそこまでは思っていなかったのかも知れない。
ゾロにとって自分はなんなんだろう。どう思ってるんだろう。
とぼとぼ歩いていたら、くそっ、とゾロが舌打ちした。
「なんだよ!」
サンジが逆ギレ気味に怒鳴った。
「くそ、バイト先の奴らに、ばれただろうが」
「嫌なのかよ」
「当たり前だろ!ホモホモ言われたんだぞ、あいつらこれから絶対ずっとひとのことおちょくるに決まってる、すげえうるせえんだいっつも。とくにウソップってやつが!」
「てめえ、ホモって言われたのか」
普段とどこか違う、子供のような、不思議そうな声でサンジが言った。
立ち止まり、ゾロの背中をじっと見ている。
「あー、言われた。まあ仕方ねえ、ばれちまったもんは」
「ばれたのか」
「そうだ、男とつきあってるって、ばれた」
「そっか、つきあってるってばれたのか」
へへ、と笑う声がして、いつの間にかサンジはゾロのすぐ隣に来ていた。
「てめえ、ホモなんだな」
おかしそうにサンジが言うと、ゾロはうんと嫌そうに顔をしかめた。
「仕方ねえな、てめえとつきあってるんだからな」
「そっか」
サンジはゾロの手を握った。
「仕方ねえなー、ゾロには男の恋人がいるんだもんなー」
「なんっでてめえが楽しそうなんだよ!」
「ははは」
ぎゅっと握り締める手のひらは、強く互いを繋いだ。
あれだオマエ、アパート帰ったら裸でメシつくってやるからな、と嫌な笑顔で言いながらサンジがスキップしだしたので、ゾロはますます顔をしかめた。
夜中の国道を時折自動車のライトが照らして通り過ぎて行った。
ゾロにはどうして突然サンジの機嫌が上向いたのか分からない。
それでもまあ楽しそうで何より、と思った。

それが二人の最初の11月11日。



06/11/21




ヤクルトサンジでゾロの誕生日、というリクでした。
随分久しぶりで、もしかしたらどっか矛盾がありそうです・・・。