オータムピンク(後編)



海沿いの道から一旦山合いの道へ戻る。ここからだと最寄の駅まで三十分くらいらしい。ゾロから聞き出した駅名は行きがけに降りた駅のひとつ先で、無人駅だしバスも来ない。まあ、車で送って貰えるなら差し支えない。
また行きがけみたいに延々何時間もかけて帰ることになったら大変だと思っていたので、ゾロの申し出はオレにとって非常に有り難いものであるはずだった。
だけど。
(まさかこんなに気まずいムードに支配されてしまうとは)
二人きりの車内は右も左も前も後ろも沈黙沈黙沈黙に満たされまくってる。
なんか喋れよ、とオレはゾロの横顔を盗み見ながら思った。
さっきのアレはなんだったんだ。
道路はところどころで大きくカーブし、殆ど民家もない。そうかと思うと突然ラブホの看板が現れたりする。ラブホってのは本当、なんでこんな辺鄙な場所にあるんだろうな。
沈黙に耐えかねたので、なあラブホってどうしてこんな辺鄙なところに、と話題をふってみようかと思ったが、やめた。
本能で、多分、今はその手の質問をしてはいけない場面だとわかっていたんだと思う。
しばらく行くと駅が見えてきた。
線路の横にホームと駅舎だけがある。他には何も無い。駅前だってのに店の一軒すら無い。駅舎はプレハブに毛のはえたような簡素な造りで、引き戸がついている。
そのすぐ前に寄せてゾロがブレーキを踏む。ゆっくり窓の外の景色が減速する。完全に車が止まっても、二人とも動かず、座ったまま黙りこくっていた。
どうしてだろう。立ち上がる気になれない。疲れてんのかオレは。
「・・・・・・電車、何時だろ」
独り言みたいに呟いたら、ゾロが身じろぎする気配を感じた。
「おい」
相変わらずつっけんどんな言い方だった。
「あ?」
「こっち向け」
急に変な要求をされた。とっとと降りろ、と言われるんだろうと本当は思ってた。それなのに、こっちを向けと呼ばれるとは。
「何でだよ」
「いいから向け」
「・・・・・・何なんだよ」
「あんな」
「おう」
なんだなんだ。こいつからこんな積極的に会話をふってくるなんて、出会いから何時間かもうわかんねえけど、初のことだ。
「あんな、てめえ、すげえかわいいな」
ぶっきらぼうな、全く飾り気のない物言いだった。
あんまりストレートな言葉だったのでオレはうっかり、ありがとう、と言いかけたくらいだった。
いや待て。
待て待て。
「帰したくねえ」
おいおいおいおいおいおい、待て待て待て。
いつの間にかゾロの両手はしっかりとオレの肩を掴んでいた。
「キスさせろ」
「だーっ!!!待て!待てよ待て!ここはホモの村だったのか!?オレはホモの村に迷い込んじまってたってわけか!?」
「んだよ、それ」
「だってそうだろ!?オレの第一印象はカッコイイであるべきであってカワイイとかましてや男からキスを強請られるとかそんな評価は断固おことわり以外のなにものでもない!」
がっちり両手だけはオレの肩をホールドしたまま、ゾロは黙って聞いていた。
「それがてめえにとってナチュラルな世界ならオレは口出ししねえが!けど、オレを引き止めることはできねェぜ!都会で素敵なレディ達がオレの帰りを待って」
「待ってる奴がいんのか」
「特定の誰かがいるわけではない」
「じゃあ問題ねえじゃねえか」
「あ、ほんとだ。・・・・・・いやあるだろ!?」
「・・・・・・」
じいっと、いつでも不機嫌そうにみえた双眸に、見据えられている。
不思議な色してる。今はじめて、こんなによくこいつの顔を見た。
精悍で、負けん気の強そうな面立ちだ。まだ若い。けど、深みのある目をしてる。虹彩のはいるあたりに、薄茶のにじむような輪がある。白目の部分に青い影がある。吸い込まれちまう。
「今このままてめえを帰らせたら」
年下のくせに、ゾロの声はオレより低い。そのことにもたった今気付いた。
「てめえ、気まずくなって二度とオレと連絡とらねえだろ」
「・・・・・・もともと、てめえ個人と連絡をとる予定も手段も持ってねえが」
ああ、いつの間にか、随分とゾロの顔が近い。
「じゃあ今すぐ携帯の番号教えろ」
「駄目だそんなん」
「番号教えねえんなら、キスさせろ」
「もっと駄目だろ」
「どっちかだ。ずりィぞ」
ずるいのは、どっちだ。そう言ってやりたかったが、なんとなく、まあいいかな、という気分になりはじめてた。
「クソ・・・・・・じゃあ、しろよ」
「・・・・・・」
「キスしろ」
溜め息のような呼吸が、頬に触れた。
なんだ、ずっと黙りこんでたけど、オレのこと警戒してたってわけでもなくて、照れてただけなんだな。
辿り着いた考えが、意外に嬉しかったので。
久しぶりのキスは至極心地よいものだった。



・・・・・・という良い話になるはずだったが、ゾロのキスは心地よいどころでは済まなかった。
「・・・・・・ふぁ」
熱っぽい唇が離れた途端に、情け無い声がもれる。
それを塞ぐようにまた深く口付けられる。舌で口蓋を擽られ、そうかと思うと下唇だけ吸われたり、上唇だけ吸われたり、顎のあたりまでよだれが出ちまったのをまた吸われたり、とにかく頭の芯がぼんやり翳むようなすごいキスだった。
(こいつ、絶対童貞じゃない)
オレは確信した。
(いや、だからなんだよ)
直後に自分でつっこみをいれた。
しかしあれだ。こいつが童貞じゃないとすると、焦点はそれが単に「童貞じゃない」のか「ホモとして童貞じゃない」のか、その違いだ。
仮に「ホモとして童貞じゃない」の場合だと、オレはそろそろ逃げないと無事では済まない。
・・・・・・と、思うのに。
まるで無愛想な本人と裏腹にキスしてくる口は饒舌で、痺れきった身体はシートに沈み込んでいくばかりだった。何も、一言も気のきいたことを言えなくなったのは、今やオレのほうだった。甘えるみたいに、変に鼻を鳴らしてしまう。
「おい、てめえ」
ぐったりしたオレを抱き寄せたゾロはやたら険しいツラしてた。
(はは、こえーよおまえ)
声もなく、ふんにゃりとオレは笑った。
ぐぐぐ、とゾロは夕べからかわれたときみたいに、眉間の皴をうんと深くした。眉なんかぎりぎり上がっちまって、本当怖い。
「てめえ、こんな・・・・・・」
「・・・・・・ッ」
身を乗り出したゾロにぎゅっと股間を撫でられ、オレは驚いてビクリとした。
「な、なにしやが・・・・・・っ」
最後まで抗議しきることも出来ず、あ、あ、あ、とオレは背を反らせた。
ぐりぐりゾロの手がそこを刺激しだしたからだ。
いや、分かってた。
ゾロが触る前から、そこは膨らんでしまっていた。
もう駄目だ。下着の中とかぬるぬるしてきた。
「ゾロ・・・・・・っ」
太い首にしがみ付くと、秋ももう深いのに、汗でしっとり濡れていた。
「てめえ、エロいってゆってんだろうがっ」
「エロくていい、エロくていいから、なんとかしろよてめえのせいだ」
もう泣きそうだった。
どうせここまで来たら我慢なんか出来ない。オレもゾロもだ。
ゾロはオレの背中を抱いたまま片手でキーをまわしエンジンをとめ、邪魔なギアを倒した。
そして上体だけ乗り出して覆いかぶさってくると、ベルトを探り、腿のあたりまで脱がされた。
心臓が耳にあるんじゃないかってくらい、鼓動が騒がしい。
薄目をあけて、周囲を見渡す。誰も居ない。対向車もないし電車も来てない。それだけが救いだった。
すっかり露わになってしまったソコを、ゾロの手が擦りだした。
おずおずと根元のほうを持った手が、すすす、と擦り上げられて、敏感なあたりを辿ってゆく。くびれてるとこに親指が到達したときには、ちょっとビクッとなってしまった。
肩に伏せられたゾロの息が荒い。
苦しい思いさせてんのかと思って、片手を伸ばし、奴のそこにも触ってみた。
「すげーな」
ぐう、とゾロは獣みたいに喉の奥でうなった。
遠くて、片手じゃうまく脱がせられない。
だけどゾロの背中にまわした方の手を、そこから離す気にはなれなかった。
なんか、可愛かった。
ゾロのことが可愛かった。
(やべえ・・・・・・村に太古から伝わるホモの呪いにかかったかも知れねえ)
ぼんやりそんなことを考えながら、ファスナーだけ下ろして、指を忍び込ませた。熱い湿り気を指先に感じた。



「・・・・・・っ」
「んん・・・・・・っ」
ビクビクビクッと腰んとこが痙攣して、お互いの手のなかに勢い良く吐き出した。びゅ、と手のひらに噴出す手ごたえがあった。その感触に凄くドキドキした。
詰めていた息を、大きく吐く。
ぎゅーっとペニスを扱かれて、最後までしぼりとられる。そしてゾロの手は離れていった。途端にひんやりした空気を感じてちょっと寂しい。
ゾロは慎重にダッシュボードをあけ、そこからポケットティッシュを取り出すと両手を拭った。それから自分のシャツの腹のあたりを拭う。しまった、オレのほうは片手で受けたから、殆ど外に飛んじまった。ゾロは屈んでたから、丁度腹に全部かかってしまったようだ。ズボンの腿も濡らしてる。失敗したなァ。
全速で走ったあとみたいに、なかなか呼吸がおさまらない。
暑い。
座席の背もたれに寄りかかりながら、窓を開けた。
煙草が吸いたい。こいつ車内の喫煙とか気にするほうかな、一応許可とったほうがいいか。でも既にヤニどころじゃなく、とんでもなく精液くせェぞこの空間・・・・・・。
時間にしたら、そんなに長くはなかったんだろうが、それにしても一台たりとも対向車が通りがからなかったのは奇跡なのかこの辺りでは日常なのか、ちょっと判断がつかない。
見通しの良い景色の果てに、小さく、列車がこちらへ向かって来てるのが見えた。
急げば乗れるだろう。何しろ目の前が駅なんだから。
オレのほうは幸い精液もとんでねえことだし、さあ!
さあ、今すぐカバンを掴むんだ。
そう思ったが、手も足も、立ち上がるためには動かなかった。
首だけでゾロの方を見る。
ゾロはゾロで運転席の背もたれに寄りかかり、瞼を閉じていた。
まだ股間のチャックは開いたままで、ようやっと落ち着いたばっかりの息子がぐったり項垂れていた。
「てめえ、物騒なもん仕舞いやがれ」
オレはご丁寧に奴の持ち物をパンツのなかに仕舞ってやろうとした。
「やめろ、エロいことすんな」
ゾロが慌てて身を引く。弾みで肘がクラクションにあたり、パッ、パッ、と軽く二度鳴った。
「てめえこそ、いつまでもケツ出してんな」
ゾロがオレのパンツを引き上げようとする。冗談じゃない。
「やめろ、触んなホモー」
「うっせえ」
「おまわりさん、ホモにイタズラされたー」
「ホモじゃねえ!てか警察いねえよこのへん」
「なんて治安が悪いんだーひどい場所だー」
「悪くねえ、ひどくねえ」
ははっ、とゾロが笑った。
くしゃっと顔をゆがめ、眉間に皴は寄ったままで、大きな口をあけて笑う。
こんなふうに笑うんだったのか。
見たことがなかった。
列車は駅につき、一人の乗降もなく、また静かに走り出した。遠ざかってゆく。
オレたちは黙ったまま、それを見送った。
そして唇を重ねた。
「まあ、いいんじゃねえか、たまにはこんなアバンチュールも」
「アバンチュールの意味分かってねえだろ記者のくせに」
「記者じゃねえ、カメラマンだ」
「そうかよ」
「そうだ」
オレはもうゾロに許可をとるのを省略して、煙草に火をつけようと胸ポケットを探った。
「携帯電話の番号を教えたら」
「あ?」
「てめえ、電話でちゃんとしゃべんの?」
それは意外性があるなあ、と思いながら、オレは取材のメモをとってた手帳の最後のページを切り取った。



06/11/20




終わった・・・・っ!
秋祭りを取材しにきたカメラマンサンジと獅子舞とかお囃子をしているゾロ、というリクでした。
快くエロにすることを許可頂きましてありがとうございます(笑)
まさかこんなに長くなるとは・・・。むかーし観光ガイドで見かけた獅子踊りを参考にしました。大部分は捏造ですが現実にあるお祭りや地域を参考にしています。
追記:「獅子舞の風呂敷」と呼んでいる面の下の布の部分、実は「油単(ゆたん)」と言います。用語の説明文を入れると読みづらくなりそうだったので、風呂敷と言っています。いいの、どうせサンジは知らないんですそうなんです。