オータムピンク(中編)



座布団を敷き詰める謎の儀式っぽい作業が終わると、ゾロはこたつに入って酒の残りを飲み始めた。
相変わらず、無表情だ。
オレも向かいに座ってやけになってみかんをむき、次々くちに放り込む。退屈だ。正直、たいくつだ。今すぐ寝てやろうか。そうだ、寝ちまおう。
残りのみかんを一口で始末すると、オレはごろりと横になった。肩までこたつにもぐったが、それでも少し寒い。
「そのまま寝ると風邪ひくぞ」
ぼそっと何の気なく投げかけられた言葉がオレ宛てだと気付くのに多少の時間を要した。
「お・・・・・・おお」
ひとまず身体を起こして話の続きを待ったが、またゾロはダンマリだ。
なんなんだいったい。
そのまま寝ると風邪ひくから、それで、一体なんなんだ。なんか解決法でも伝授してくれるつもりだったんじゃねえのかこいつは。何のために声かけたんだ目的を教えてくれ。あれか。単に事実関係の確認か。
馬鹿みてえに起き上がっちまった自分があまりにかわいそうだ。
そのままオレもむっつり黙ってこたつに座っていたら、ようやく本日初めてゾロのほうから視線を合わせてきた。
「てめえ、いくつだ」
今更そんな質問かよ。おせえ。最初出会ったあたりでするべき会話だ。
「あ?・・・・・・25」
「うそだろ?!」
驚いた、という顔で迎えられる。あれ、何だ、んなでけえ声出したり、びっくりしたツラも出来んのかよ、こいつ。永久にノーリアクションで返されるかと思ってた。しかも出会いから8時間以上たって、最初に貰ったリアクションが「25」「うそだろ」か。
「・・・・・・てっきり、同い年くらいかと」
「てめえはいくつだよ」
「19」
「うそだろ?!」
今度はオレが驚く番だった。こっちも向こうを同い年くらいと思っていたのだが、そうか、6つも年下だったのか。
そう思った途端に、オレのほうには余裕が出来た。
へえ、19か。
オレはにやにやする。
「じゃあまだ学生?」
「いや、去年高校出て・・・・・・今は家の手伝いしてる」
「家って、寺のか」
「ああ」
「へえ」
ゾロは俯いて、またさっきまでの無表情を続けようとしている。
「・・・・・・んだよ」
ぐう、と眉を寄せて睨まれる。
「いや、ガキのくせに家業の手伝いなんて、立派じゃねえか」
「急にガキ扱いすんな」
「あ、てめえ、未成年のくせに飲酒しやがって」
「だからガキじゃねえっつってんだろ」
「ガキだ、ガキ」
先刻までの仕返しがようやく出来そうで、オレは愉快だった。
「へえ、19か、へえ」
「へえへえ煩せえ」
仏頂面だが、からかわれると黙っていられずいちいち反応を返してしまうあたり、年相応だ。なんだ、損した。最初からこうやってこっちから話しかければ可愛いもんじゃねえか。
「なあ、彼女いんの?」
若者に対する、お定まりの質問をしてやる。
19歳だもんな。
あんな険しいツラがまえしちゃいるが、こんな風光明媚など田舎で、幼馴染の少女とかにのどかでピュアな恋してたりするに違いねえ。やっべ、童貞だったら何て言ってからかおう。
ぐぐう、とゾロの眉間の皴はより一層深くなった。
「いねえ」
「へえ」
俯いて、すごく機嫌の悪そうな顔をしている。
からかい過ぎは良くねえな、とちょっと思った。
「まあ・・・・・・あれだ、でも、てめえカッコイイよ。さっきの獅子舞とか、凄かった。あれどうやんの、やっぱ誰かに習うのか」
「舞方は年長の奴らとか・・・・・・あと、笛とか太鼓は自分でも練習する」
「笛?」
「これ・・・・・・」
ゾロは手を伸ばして、座布団の山の向こうへ放り出していた笛の袋を手繰り寄せる。
「あ、この笛、さっき吹いてたな」
くるくる紐を解いて、中から細い横笛を取り出す。そういや、ガキのころお囃子で見かける笛もこういう形をしていた。
見よう見まねで、オレはその笛をゾロの手から受け取り、唇にあててみた。
だがどうにも音が出ない。
さっきこいつが吹いてたときには、ひい、ひい、と寂しげな、けれど鋭い音を響かせていたのに。
「ちげえよ、貸してみろ・・・・・・穴んとこに吹き込むんじゃなくて、こう・・・・・・まっすぐに吹くんだ、口は引き結んで・・・・・・」
ひい、とまた笛は鳴り、静まり返った室内に響いた。
「すげえな」
「やってみろ」
また笛を渡された。オレは同じようにまた笛を口にあてる。だがやっぱり音が出ない。
難しいな、と言いながら何度かチャレンジしていたら、ゾロがこっちをじっと見てるのに気付いた。間近すぎて、息遣いまで届きそうな距離で。
「・・・・・・なんだよ」
「ははっ」
へったくそ、と言ってゾロは笑った。その笑い方は、なんだかアレだった。
すごく、こう、素直だった。
「こうだ、こう・・・・・・」
ゾロはまた唇をまっすぐに結んで見せてくれた。
オレもそれを真似する。
片方の手をオレの持った笛にかけて、ゾロが角度を調整する。あったかい手をしてる。オレは凍えそうで手足も冷え切ってるってのに、やっぱ地元の奴は強ェ。
「ここだけで・・・・・・」
す、と温かいと思っていたその指先が唇の中央に触れた。
かさついた、固い皮膚だった。
「んッ」
ぴり、と走ったむずがゆさにオレは思わず身を引いた。
「おい」
「あ、いや」
ごしごしと思わず口を手で擦ってしまった。まだ感触が残っている。
「くすぐったくて」
照れくさかったので笑って誤魔化そうとしたが、ゾロはふいに目を逸らし、それからまた無表情に戻ってしまった。
こちらに背を向けられる。
「まあ、別に覚える必要ねえだろ。夜中笛吹いたらほんとはいけねえんだ」
ぼそっと言って笛を袋に仕舞い込んでいる。
どうしたんだ。
何が気に食わなかったんだろうか。
ほんと分かねえ、こいつ。気分屋さんにも限度あるだろ。



気がついたら朝だった。
やべ、いつの間に寝てたんだ、と慌てて起きあがる。こたつ布団にもぐってはいたが、肩のあたりはこたつの外だった。こたつの外だったが、でも冷えてはいなかった。座布団が2枚と、コートとマフラーが掛けられていた。あらかじめ敷き詰められてた座布団のおかげで、床の冷たさも感じない。コートはオレのもんじゃねえ。だってオレは厚手のジャケット一枚だけだったし、それは着たまんまで寝ていた。あー、きっと皴になるな。
時計を確認し、まだ7時前だったので安心した。ゾロはもう居なかった。とっくに目を覚ましたのか。
コートからは他人の匂いがした。あったかくて、嫌じゃない匂いだ。
オレはそれがゾロのもんだと、気付いていた。
程なくしてどやどやとまた人が集まり始めた。
離れになっている台所からゾロが湯気のたつ鍋を持ってきた。これから全員で朝食をとり、つづいて上の神社の前で獅子舞がある、と夕べ鞨鼓を打ってたおっさんに教えられた。
へんな、竹を折っただけみたいな箸を手渡された。祭りの朝はこれで食事をとるのが慣わしなんだそうだ。
ゾロはこっちを見もしなかった。



夕べとは場所を移し、寺より少し山の上にある神社の境内でまたあの舞が行われた。
夕べよりは少し長く、二度ずつ同じ動作を繰り返していた。
シャッターを切る。
屋内よりはずっと派手に動けるからか、生き生きと獅子が躍動する。
朝日をあびて、目があけてられないほどまぶしかった。慎重に光線をはかりながら、影が入らないように撮影する。この音や衝動は、写真では写らないだろうなあ、と残念に思ったくらいだった。
夕べと同じく、獅子の頭だけを外して近付いてきたゾロと、オレは目を合わせられなかった。
別人のような気がしたのだ。
他の獅子舞の仲間の連中や、炊き出しに集まった主婦達と気安く話す彼と、自分との間にある距離のことを考えた。
オレだって教われば笛くらい吹けるのに、と何故か悔しく思った。意味不明だ。別に笛なんか吹きたいと思ったこともない。
「おい」
ぶっきらぼうにゾロがオレの肩を叩いた。
「トラック乗れ。浜辺の町の神社行って、もう一回やんだ」
「あ?」
「親父はそっちに先にまわってる。それとももう撮影はいいのか?」
「・・・・・・行く」
手早く荷物をまとめ、トラックの助手的に飛び乗った。
運転席にはあいつが乗るのかと思ったら、普通に見知らぬオッサンが乗ってきた。あいつはあいつで別の車に乗るらしい。
すっかり拍子抜けしながら、山道を下り、海に近い隣町へ向かった。



昼過ぎ頃、ようやく全員が撤収の準備を始めた。
さすがにくたびれて、オレはぼんやり鳥居の下に座り煙草を吸っていた。
ふと手元に影が落ちた。
見上げるとゾロが立っていた。
「もう片付けて帰る。てめえは?」
「いやオレはもうこれで仕事済んだし、戻ろうかな」
「送ってく・・・・・・」
「え」
「送ってく、支度して待ってろ」
素っ気無い物言いからは、感情が窺い知れない。
オレは慌てて住職やら地元の方々に御礼を言いに走った。そうだ、住職が多分、オレを駅まで送ってけってこいつに言ってくれたんだ。



駐車場へ行くと、ゾロがあれこれ荷物をトランクに詰め込んでいた。トランクだけじゃ足らず、後部座席にも乗せる。
「そういや」
大きな茶箱を開け、中にはいってる布きれをひっぱり出しながらゾロが振り向いた。
「こういうのもあるぜ、多分、てめえが思ってる獅子舞って、こういうのだろ」
「あ、これ、そうそうこういうのだよ」
「こっちは正月に使うから、ここの神社から借りてきた」
「借りもんなのかよ」
「あー、うちの村じゃ持ってねえからな。わりと高ぇんだ」
おら、と無造作に獅子頭を渡された。しっかりと頭から唐草模様の風呂敷みたいな布がのびている。
面白半分に、オレは獅子頭に手を入れてみた。口は動くようになっている。
赤い顔、金色の歯。
オレが小さい頃からイメージしてる、「普通」の獅子頭だった。
「そっちに頭入れてみろよ」
ゾロはちょっとだけ楽しそうにしていた。その雰囲気を壊したくなかったので、オレはことさら嬉しそうに「いいのか」と答えた。
風呂敷みたいな布に頭をつっこむと、妙にカビくさかったが、頭のほうからちらっと外が見える。わりと面白い。
「そこ、そっちの下あごは手で押さえて・・・・・・ちょっと屈めよ」
「こう?」
「そしたら後ろからこうやって手をかけるから」
「ひゃっ」
ゾロの手がいきなり腰にまわったのでオレは驚いて跳ねた。
「わ、てめ」
風呂敷の真っ暗闇のなか、ゾロの方を振り向こうとして頭を落としそうになった。咄嗟に内側から手で掴む。無理な体勢になったオレをゾロが支えようとする。周りがまるで見えない。足が何か小さな段差にあたった。転びそうになる。
背中にどん、と、多分自動車のドアのところがぶつかって、ようやく安定した。
はあ、はあ、と暫く二人で暗闇のなか息を整える。
手探りで、ゾロがオレの背に手をまわしてきた。そして、器用に獅子頭の重たい部分を受け取って、するすると風呂敷の暗闇から抜け出した。
オレは下手に動いてまた何かあるといけないので、じっとしていた。
ぎゅ、と布の上から肩を押さえられたのを感じた。
「てめえは」
ゾロが呻いた。
「いちいちエロい反応しすぎなんだよ」
「は?」
ぎゅう、と苦しいくらい強い力で抱きしめられて、おまけに目の前は風呂敷かぶせられたままで何も見えなくて、オレは面食らった。
「もう、乗れ」
「あ?」
「乗れよ、助手席。駅まで送ってくって言っただろ」
すごく不機嫌そうな声だ。
引き剥がすように風呂敷が取り除かれ、見事に髪がぐしゃぐしゃになった。



06/11/19 続く。




すみませ・・・・・・つぎこそ・・・・・・。