calpis soda
カルピス ソーダ





あいつと最初に出会った時のことは、物心つく前だったから覚えてねえ。
オレはガキのころのこととか、あんま覚えてねえほうだから、物心ついた後だったとしても覚えてなかっただろう。
オレんちとアイツんちは隣同士だった。
と言っても、正確には、公園を間に挟んだ隣り同士なので、両家の境は接していない。非常に仲の良かった両家は、二軒の間に子供たちのための勉強部屋を建て……というような漫画っぽい展開は別に無く、まあ、お互いの家の間にあった公園で、昔はよく遊んだ。
ブランコとすべり台と砂場と鉄棒しかない、いたってシンプルな公園だったが、そこで一日中でも遊んでられたんだから、ガキのころっていうのは、今になって思うと理解不能だ。
あいつはまん丸な頭のかたちしてて、目は青くて、髪は金髪で、いっつも隣り近所のおばさんたちからサンジ君、サンジ君て可愛がられてた。

サンジは、ませたガキだった。
近所の女見かけては、綺麗だとか可愛いとか言って、つきあいたいと主張していた。
小学校の高学年になるころには、エロい雑誌とか買ってきて、よくオレに見せてくれた。はっきり言ってオレのエロ知識の基礎部分は、あいつの持ち込んだエロ雑誌で固められてる。

小学校の終わりだったのか、もう中学あがってたのか覚えてないが、ある晩、サンジと二人してブランコこいでる夢を見た。
夢の中でオレ達は、ガキだったからガキらしく、どっちが高くこげるかで競った。
ブランコは横に二つ並んでたから、隣りでこいでるサンジのことなんか、前を向いてるオレに見えるわけもないんだが、そこは夢なので、あいつが得意げにきりきり眉吊り上げてんのとか、大口開けてるそのクチのなかの歯並びがやけに綺麗なのとかが見えた。
もっと高く、はやく、高く、高く。
ブランコの鎖が軋んでガリガリ言うのがやけにリアルだった。
真正面が青空になって、もう駄目だ、これ以上こいだら危ないんじゃねえの、と思ったところで、ふいに身体は全力で投げ出された。フワフワして、あの瞬間は、寒気がするほど気持ち良かった。
目が覚めたら、パンツの中が濡れてた。
やべえ、なんだこりゃ、これが精液ってやつなのか、と思って慌ててパンツ脱いで、脱いだパンツでごしごし股を拭いたら、それはそれでまた気持ち良くなってきて、そのままもう一度射精した。なんかもう手もパンツも精液でベタベタになったが、すげえな、って思った。何故かオレはサンジのこと思い出して、あいつもこんなことしたことあるんだろうかって思った。
その頃サンジは毎朝オレを誘ってから学校へ通ってた。
ほっとくとてめえは昼になっても学校に来ねえ!としょっちゅう小言を言われたが、それでもサンジが起こしに来てくれるから、それほど酷いことにはならなかった。
学校へ向かう道すがら、
「おい、てめえ、射精したことあっか」
とサンジに聞いた。
「なっんだそりゃ!」
サンジは飛び退かんばかりに大声をはりあげて、顔を耳まで赤くしていた。
「あるのかよ、ないのかよ」
「あ、アホかてめえは!ガキだな!」
バシン、とカバンで殴られた。
「そんな話、大したことねえよ、大したことねえよ」
そう言いながら、サンジは走り出す。
何となく負けたくなくて、オレも全力で走って、競争みたいに学校を目指した。
そんなわけで、オレとあいつと、どっちが先に精液出るようになったのか、未だに分かんねえ。少なくとも毛が生えたのはオレのほうが先だった。

これは年齢に間違いが無い。
中学3年の冬だ。
その時もブランコの夢をみて、どんどん高くこいで、ああもう投げ出される、そう思ったところで目が覚めた。
ズボンの中に手ェ突っ込んで確かめてみたが、まだ出てなかった。すげえ勃ってた。
窓の外からブランコこぐ音が聞こえてきた。
こんな夜中に誰だよ、と窓をあけて確かめると、そこにサンジがいた。
外の冷えた空気が気持ち良かった。
鉄棒の脇にいっこ街灯があるだけの園地は、ブランコのあたりが暗がりになっていたが、それでも長年のつきあいで、それがサンジであることが分かった。あいつなら、どんなに遠くても、なんとなく分かる。
公園挟んだ向かい側にあるサンジの家は、静まり返っていた。
公園も静かだった。
サンジがブランコをこぐ音だけが規則的に響いていた。
高く、はやく、高く、高く、もっと。
それを見ながらオレは勃起した股間をゆっくり擦った。
手のひらに射精して、参ったな、ティッシュどこだよ、と思ったりしてる間も、サンジはずっとブランコをこいでた。

翌日、サンジが迎えに来なかったから、オレは学校に遅刻した。
登校してから、クラスメイトに、夕べサンジの母親が亡くなったと聞かされた。
何日かしてまた学校に来たあいつは普通の顔してたけど、それからしばらくの間、オレは家の前の、あの公園を見るのがイヤだった。あいつの顔見るのも、イヤだった。
それからも相変わらずあいつは毎朝迎えに来てくれたが、顔見るのがイヤで、話すのがイヤで、段々に一緒に登校する習慣はなくなっていった。
あいつには元々父親は居なかったから、どうやって生活してたのか分からねえが、苦労してるふうでもなかったから、保険金とか遺産とかあったのかも知れない。家は持ち家みたいだった。オレはあいつの家のこととか聞くのは好きじゃなかった。

高校へあがっても、サンジとの縁は切れなかった。
同じ学校へ進学した。
二人とも、あんま勉強は出来なかった。
入学したてのある日、学校帰りに
「今日うち来ねえ?」
と誘われた。
「おー」
部活も休みの日だったので、すぐに応じたら、サンジが意味ありげにニヤリとした。あいつんち着いてすぐ理由は分かった。あいつは先輩にエロいビデオ借りたそうで、嬉しそうに見せてくれた。無修正のやつだった。女のあんなとこ、母親以外じゃ、あの頃はまだ見たことなかった。
「すげー……」
耳まで赤くして画面を見ながらサンジがしみじみと言う。
その言い回しが、なんか本当に「しみじみ」というふうだったので可笑しかった。
始めは胡座かいてたあいつが、途中で体育座りになったから、笑った。
「勃ったのかよ」
「あー……」
サンジはもぞもぞと膝を擦りあわせた。
それ見てるとこっちまで変に興奮してきた。
ビデオの女があんあん言ってるの聞きながら、二人でキスした。
「やべーな」
サンジはぼんやりしていた。
オレもやべえなと思った。
他人のクチの中ってのは、思ったよりつるっとしてて、悪くなかった。
キスしながらあいつの股に触ってみたら、固くなって突っ張ってた。
あいつはずっと黙ってた。
オレはあいつがイくまで、そこを弄った。
暫くして、ふいに、手のひらに熱いものがかかった。
「ふ……んう」
堪えるような声を出して背中をそらした動作で、イッたのか、と思い、オレはサンジのズボンを脱がせた。一緒に下着も下げた。
あの光景はちょっと忘れられそうもない。
オレが手でうけたから、服なんかはそんなに汚れてなかったが、はっきりと吹き上げた形に、腹の上が精液で濡れていた。
「おい、汚れんぞ、足抜け」
「…………」
サンジはもたもたと片足をあげて、オレがズボンを脱がせやすいようにした。
オレが脱がせんのかよ、とも思ったが、あいつもあいつで「変だな」というような顔をしていたが、それでもああいう場面ではオレが脱がせないのも変なような気がして、変だ変だと思いながら、オレがあいつの服を脱がせた。下だけだったが。
そんでオレも、あいつの腹とかの汚れたとこティッシュで拭いてやりながら、あいつの身体とか触りながら、自分で抜いた。テレビ画面からは相変わらず女があんあん言ってる声が聞こえてて、たまんなかった。
帰り際、玄関まで送りに出てきたあいつが
「疲れるなァ」
と言ったのがまた、しみじみ、って感じに聞こえて可笑しかった。
けど、サンジに見送りに出て来られるのは、あんま好きじゃねえ。
ああいう時のあいつは、イヤな顔してやがる。

高校を卒業して、オレはとりあえずバイトとかしながら暮らすことにした。しょっちゅう遅刻するから時々クビになるが、他にいくらでも仕事はあるし、別に困ったりしない。
サンジはレストランで見習みたいなことを始めた。
そして、オレが二十歳になる年の秋に、一人暮らしをすることにしたと言いだした。
今までだって一人で暮らしてたじゃねえか、と思ったが、あいつに言わせりゃ、これまでは両親の残した家で暮らしていたわけだから、そんなの自立じゃねえ、という主張だった。
あいつは、馬鹿なんじゃねえの、細けェことに拘って、せっかくある家、無駄にするなんて。
家を出たから自立ってことはねえだろ。
一人で住むにはだだっ広いあの家を、ちゃんと守ることだって、充分自立だと思う。
ガキくさいにも程がある。

一度こうと決めたら行動の早いあいつは、次の週には新居を決めて、その日からちょっとずつ家のなかの家具を持ち出し始めた。
新しく借りたアパートは、今まで住んでた家から歩いて10分くらいのところにある。
今度の家のほうが、今までより駅から遠い。
あと、えらい狭くて、殆ど物が入らない。
冷蔵庫も、洗濯機も、今度の部屋の広さに合わせて、買いなおすのだそうだ。
その他、持って行けないものは、捨ててしまうと言っていた。
もうあの家の中身は空っぽになってしまうのか。

バイトが休みのある日、サンジの部屋に明かりがついてるのが見えたから、引越しの手伝いでもしてやろうかと、オレは家を出た。
雨が降ってる日で、朝なのにすげえ暗かった。
玄関まで近づくと、中からエレクトーンの音がした。
そういえば、あいつんちにはエレクトーンがあった。ガキのころ親に言われてちょこっとだけ習って、すぐ飽きて、それ以来誰も触ってないので、最早フタを閉めたまま、物を置くための台みたいになっていた。
何の曲だか分からなかったが、下手くそでどうせ曲になんかなってなかった。
一人でいじけてエレクトーンいじってんじゃねえかと思ったら、あいつのツラ見んのがイヤんなった。
オレは自宅へ引き返した。
全然あいつに会いたくなかった。

10月の最後の日、後始末の掃除を手伝うために、オレはサンジに呼び出された。
空っぽになってしまうと、思ってたよりも広い家だった。
玄関のこげ茶のタタキ。
あがってすぐ右にある居間。
家建てるとき気張って対面式にしたらしい、居間の奥のキッチン。
冷蔵庫のあった場所の壁はそこだけが新品みたいに色が違っている。
2階へあがる階段にはたくさん傷がある。昔からついてた傷もあるし、今回の引越しでサンジがベットを持ち出そうとして新しく付けたものもある。
二人で手分けして、2時間ほどで掃除は終わった。
近々この家は人手に渡るそうだ。
まァ、別にオレの家じゃねえ。サンジが決めたことだ。それなのにやけに大人しく黙々と働くあいつ見てたら無性に腹が立って、あいつの顔を見るのがほんとにムカついた。
何も無くなったサンジの部屋の床に座って、コンビニで買ったおにぎりを食った。
窓の外には公園と、オレの部屋の窓が見える。
見慣れた公園だが、オレの部屋から見るのと左右逆なので、割と印象が違う。サンジの部屋からのこの眺めも、オレにとって見慣れた光景だった。
せっかく掃除したんだから、海苔とかこぼすな、とサンジが言う。うるせえヤロウだ。
食い終わってから、サンジは板張りの床の上に寝そべった。
カーテンの無くなった窓から、昼間の陽が差し込んでいた。
オレはサンジにキスした。
やけにエロい気分になった。
普通にクチくっつけんじゃねえ、エロい感じのキスしたら、段々あいつもノッてきてんのがわかった。
「なあ、記念に」
サンジが言った。
「記念に、ヤらねえ?この部屋で」
「…………」
何の記念だよ、とも思ったが、オレも結構ノッて、あいつの服をどんどん脱がせた。
何もねえ部屋で、素っ裸にして、初めてあいつを抱いた。
乳首もヘソもナニも、全部舐めた。
あいつがイきそう、と言い出すころには、オレだってイきそうになっていた。慌てて挿入しようとしたのに、ほぐしても、舐めても入らねえ。無理に押し込もうとすると、痛ェよ、ってあいつがヤな顔する。何か油みたいなもんが必要だろうとすぐ気付いたが、どうにもならなかった。部屋のなかにはゴミ袋とホウキと雑巾しかないのだ。あとガラスマイペット。マイペットはさすがにやべえ。
「ちょっと待ってろ」
オレはサンジに覆い被さって、ぎゅっと身体押し付けると、先っぽだけあいつの穴にあてがって、自分で扱いた。
「おい……」
ってあいつは弱ったような声出したが、まあどうでもいい。
結構すぐにオレはイッた。
そして、てめえで出した精液で、あいつの穴を濡らした。
今度は入った。
「てめえだけ、先イッてんじゃねえよ」
って言われたが、どうせまたすぐに勃つって思ったから、抜いただけだ。
どうにか後ろで感じさせてやろうとオレが頑張ってる最中に、サンジは何でか間抜けなツラしてクチぱくぱくさせながら、
「なあ、これって、オレら、ひとつになってんの?」
って言った。
何だそりゃ。
どうしても、どうしても、オレにはあいつが面白くて堪んねえ。

「昔っから、おまえがハタチになる前に絶対引っ越すって決めてたんだよ」
二人並んで床の上に寝っ転がってると、素っ裸のまんまで、サンジが言った。
なんでオレが基準なんだよって思ったが、こいつらしいとも思った。
オレに負けたくねえんだろ。
「おまえはオトナになったら、ぜったい一人暮らしとか始めちゃうんだろって、思ってたもんなー」
そう言って、サンジはぐいっと両足を持ち上げて、バタ足みたいにばたばたさせる。
「ゾロ、家、出ねえの?」
「あ?理由ねえし」
「なあ、家」
「あ?」
「いっしょ、住まねえ?」
すぐ隣りにあるサンジの頭はまん丸で、目は青くて、髪は金髪だった。
「アホか……」
オレは呟いた。
今度のこいつんちは、狭いし、駅から遠い。
「なあ、ゾロ」
それなのにこいつはねだるのだ。
「いっしょ、住もう」
サンジの唇が震えていた。
サンジが何かを言いかける気配を察知して、オレは慌てて口を開いた。急がねえと出遅れる。
「好きだ」
サンジがぽかんとしてた。
もうあいつの口は「す」まで言いかけた形になってた。オレが先に言ったから、何も言えずに、口だけ開いてる。
思えばこれまでの人生にもそれなりに緊張する場面というのはあったが。
例えば部活の試合の時も、予防注射の時も、受験の時も、こんなに覚悟が出来ないってことは無かった。でももう後戻り出来ねえ。案外あっさりとこの瞬間が来てしまったものだ。長い準備期間があったにも関わらず、取り返しがつかないくらい、予定外だった。
「……なんだよ」
消えそうな声で、サンジが呟く。
ぎゅっと、瞑りそうなほどに、目を細める。
ヤなツラだ。
見たくないツラだ。
オレはそっぽを向いて無視を決め込む。もう、こいつが何言ったって、振り向きたくないし、返事もしたくない。今のこいつを見たくない。

悲しいのか、嬉しいのか知らないが、どんな時だってオレはサンジの泣き顔なんか少しも見たくない。



end
04/11/11