サンジのバックアップデータの件については、オレ様が説明せねばなるまい。
あれはその、まだそれほど昔でもない、ほんの一ヶ月ちょっと前の出来事だ。
オレ様はサンジに頼まれてあいつの身体機能の一部をパワーアップさせてやった。まあ要するに、あのラブパソコンの尻に性的な機能のある穴をつけてやったわけなんだが。
いや、オレだってケツ穴は性的な場所じゃないと思うぜ、それは本当、誓ってそういう趣味は無い。けど、消化器官もないあいつにとってケツ穴なんて、それ目的以外になんもねえだろ。つうか、最初っから、それ目的で作られてるパーツなんだよ、アレは。
だから今のオレの発言はそんなにおかしくない。そこは軽く流してくれ。頼むから。
そのケツ穴取り付け作業の時の話だが、用心深いオレは、念のためサンジのバックアップデータを取っておいた。万が一何かあったときにもサンジを元の状態に戻せるようにだ。
誰だって、パソコンに大幅なカスタマイズをほどこす前には、そうするものだろう?
量販店で買ってもそれなりの値段がするような大容量メモリに、サンジの記憶は全て入った。プログラムも何もかも、全てのデータがそこに保存された。
いわば、もう一人のサンジと言っても差し支えないのかも知れない。
無事にソレの取り付けも終わり、その新しいソレ系機能が無事に使用できることが証明され、不本意ながらも証明された現場に行き合わせてしまったり、そのせいでバックアップデータをサンジに返すのを忘れたり、色々あって、ずっとオレの手元にサンジの記憶を封じたメモリは取ってあった。
良くも悪くも、魔法使いか何かになったみたいな気分だ。
ひとつの人格を、手元に閉じ込めて置いておけるだなんて。



全く状況についていけてないゾロと、それからサンジに、オレは事情を説明した。
サンジの記憶は、一ヶ月以上前までしかないわけだから、今のゾロの様子には驚いただろう。
だがオレの話を聞いて、危ないところだったというのは良く分かったようで、
「そっか……、ありがとな、ウソップ」
と、消え入るような小声で呟いて、それからやっぱり、不思議そうに首を捻っていた。
ゾロが、相槌ひとつ打たないからだ。
押し黙って、じっとしている。
呆けている、とも言えるかも知れない。
おまえの記憶がとんでる一ヶ月ちょっと分の間にも、おまえとゾロは色々あったんだよ、多分。……オレには知るよしもないが。断じて、知っていたりはしないが。
ちょっとくらいゾロが戸惑ってたって、しょうがねえだろ、とフォローしてやりたいが今はそういうタイミングじゃない。
「なんだよ」
サンジは眩しそうに目を眇めてゾロを見た。
「なあ……、データがあって良かったよな」
ウソップのおかげだな、とサンジは言うが、それでもゾロは返事しない。黙ったままだ。
複雑そうなその顔は、喜んでるだけじゃねえってのは、オレ様にはよく分かる。
サンジは一人だけだって、言ってたもんな、おまえ。
複製の身体と、複製のデータ。
喜んでいいのか、悩んでいるんだろう。
サンジに対して、どう向き合えば誠実であるのか、馬鹿なりに考えているんだろう。
けど、サンジはサンジなんだ。
「ゾロ」
オレがゾロの腕を軽く叩くと、ゾロは軽く深呼吸する。
「……てめえは、これでいいのか」
やけに深刻そうな口調だ。
「何が?」
サンジはきょとんとしている。
「てめえの命をオレらは複製したようなもんだ」
「命って言われても……」
ゾロがあまりに真面目すぎるので、サンジは困った顔をした。
「オレ、別に、パソコンだし」
「…………」
弱ったな、とオレは思った。ああゾロ、そんな真剣な顔すんなよ、サンジには分からないんだ、そういう、感情の襞みたいな柔らかいものは。
「なんだよ」
サンジは唇を尖らす。
ボロアパートの窓の外の、真昼の空がやけに青い。雲は高いところまで届いている。
狭い部屋には、サンジと知り合って仲間になったオレら全員が顔をそろえて突っ立っている。
卓袱台の前に立ち尽くしたままの二人を取り囲んで。

「データなんだから、複製できて当たり前だろ、……そのおかげでまた会えた」

そう言って拗ねたようにゾロを見上げる、ガラス球の目。なんて生き生きした、拗ね顔だよ。ほんのりと溜め息にさえ熱を感じる。
こういう気持ちには、嘘とか本当とか、そういう考え方はおかしいだろうと思う。
「オレがもし人間だったら、もう会えなかった」
傷一つないサンジの身体が、光ってるみたいにオレには見え出す。
「オレはおまえにまた会えて良かったって思ってるけど、おまえはオレが人間だったほうが、そのことより良いって言うのか」

痛い、と小さな悲鳴があがった。
チョッパーの声だ。ナミが強く抱きしめたせいらしい。ああ見えて、案外女っぽいところあるよな、と感心する。ナミは守銭奴だけど優しいのだ。

ゾロは言葉が出てこないようだった。
そんなに口達者な奴でもないし、馬鹿だし、どうせ考えがまだまとまんねえんだろ。
サンジはパソコンだ。
ゾロがどう思おうと、それがサンジなのだ。
この先、こいつらに何が起ころうと、事実は変わらない。それこそ魔法使いでも現れない限り。
眩しそうな顔のままゾロを見ているサンジと、ますます馬鹿っぽく、いよいよ人相の悪い顔で黙りこくっているゾロを見てると、オレ様としても、何とも言えない。
この状況に、意見するのは難しいよ。
それでも、あのゾロが、オレらがいるのにうっかりサンジの手を握ったままでいる。
そのことだけで良かったと、オレには思えた。






そういうわけで、オレ達全員は見詰め合う二人を部屋に残したまま、そうっと退散してきたわけなのだった。
「何であんたまで来るのよ、あんたの部屋は同じあのアパートでしょ」
「あんな至近距離に居られるか!オレはな、近所だってせいで、何度も現場に」
「現場?」
「……何でもねえよ!」
「カヤさんは連れてこなくて良かったんでしょうかねえ」
「電源から落としてきたよ!こんな危険な日にカヤを連れて歩けるもんか!カヤが可愛そうだ」
オレがそう言うと、ははは、まあまあ、とエースが調子よく宥めてくる。
クソ、ほんと、冗談じゃねえぞ。
アパートの外へ出ると、眩しいくらいの天気だった。
ルフィがシャンクスと連れ立って駆け出す。
「飛び出すなよー」と、エースが二人に向かって声を掛ける。
「あ、そうだウソップ、工場から受け取った領収書、あとでちゃんと私に頂戴よ、あいつに請求してやるんだから」
ナミが手を出して見せる。
「マジかよ、鬼だなおまえ」
「鬼で結構よ、あんなノロけ見せつけられて、お金までとられちゃたまんないわ」
やけにさばさばした、明るい表情だ。
ゾロには気の毒だが矢張りナミはこうでないと。
「そういや、あのサンジは、バックアップとる前のサンジに全部戻ってんだろ」
「あー……そもそも、データ乗っけてるボディも、まるっきり新品だしなー」
「じゃ、アレは、無いわけか」
「ああ……アレは……そりゃそうだ」
「当たり前でしょ、なんであたしらがそんなとこまであいつらの面倒見なくちゃなんないのよ」
ナミの横顔がやけに厳しい。
いや、ナミも一応女だから、恥ずかしいせいなのかも知れない。そういう男の事情的な部分の話は……
話すつもりはなかったのだが、エースの追及が厳しすぎて、オレは今日ゾロの部屋へ向かう前に、とうとう白状してしまったのだ。
サンジのバックアップデータがオレの手元にあった理由について。
「今度こそ、自分でバイトして買えばいいんだわ、サンジ君のおしりの穴!」
「ぶはッ!」
あまりにストレートな発言に、オレの目玉のほうが飛び出そうだ。
エースがカラカラ笑い出す。
「あいつら、今頃焦ってるぜ」
「無いものね!穴!」
「おいてめえら、他人のそういう話題で楽しむなよ」
「何よ、ウソップ、あんただってちょっと面白いって思ってるでしょ」
「おいおい、オレは別に……、面白くてたまらないよ!」
くわ、と大袈裟な顔で言ってやると、ナミは高い声で笑う。
ルフィが立ち止まってこっちを見てる。駄目だ駄目だ、これは大人の話題だから、あいつにはまだ早い。
アパートの真下の道路を、あちらこちらに出来た水溜りをよけながら歩く。
おんぼろアパートだが、道路との境目には大きな躑躅が植わっている。緑色の葉は埃っぽく煤けてはいるけれど、これもすっかり夏の佇まいだ。
サンジがここへ来てからまだそんなに長い時間は経っていないが、色んな出来事があったなあ、としみじみしていると、真上の窓が開いた。
二階の窓だ。
ゾロの部屋だ。
窓枠の木が一部折れているので一目で分かる。
なんかあったのか、と思いながら見上げると、すぐにそこからサンジが顔を出した。
「あ、居た!おいウソップ!」
サンジが大きな声でオレを呼ぶ。
何だよ、まさか顔を出すとは思わなかった。昼間からこういう話題ばっかりでなんだが、つまりその、オレ達はすっかりあの二人は二人きりで閉じこもりたい状態なのではないかと予想していたのに、いきなりの登場だったから予想外で驚いた。
続いてゾロの姿も見えたので、オレは一瞬手でも振ってやろうかと思ったのだが、ゾロの方はそんな余裕のある様子ではなかった。必死の形相でどうにかサンジの口を塞いで、部屋のなかに引き摺り戻そうとしている。だがパソコンのパワーはいくらゾロといえど、一筋縄で思い通りにすることは出来ない。
ゾロの手を振りほどき、サンジがオレに向かって怒鳴った。
体重を掛けられた窓枠が、再びバキッと折れる。
「ウソップてめえ、どこにやったんだよ、オレの……」
そこまでだった。
バランスを崩して窓から落っこちかけたサンジをゾロが物凄い力で引っ張り、暫くもめあってから二人は部屋のなかへもつれるように姿を消した。
折れた窓の桟だけ、こっちに落っこちてくる。
まだ部屋のなかからは、何かもめてるみたいな物音がどたばた聞こえて来る。
なんだよあいつら、早速喧嘩かよ、うるせえなあ。
オレらは全員笑った。
ルフィが不思議そうに二人が消えた部屋の窓を見上げた。

「ゾロー、てめえなんで、パンツはいてねえんだ」



……予想通り過ぎる状態だった。














個人的な余談だが、その日カヤから久し振りに手紙が届いた。
夏休みには会いに行きます、と書いてあった。普段はオレのほうから会いに行っていたので、少しだけ驚いた。カヤも少しずつ変わってるんだ。最近ますます、その、綺麗になったわけで、大人っぽくもなった。
カヤには当然カヤ二号のことは話してあるが、直接会わせるのは初めてで、ちょっとだけ決まりが悪い。
だが胸を張って言おうと思う。
カヤはカヤ、カヤ二号はカヤ二号。
そしてオレはどちらのことも、とても愛しているということを。
あ、勿論、恋人として好きなのはカヤのほうだけだ。そのへんははっきりさせておかなければなるまい。オレとしては。









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長い間お付き合い頂き、有難うございました。
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