■ 番外編・GIN ■





「ちょっと、すいません!」
 大学の入口で、眼の下に派手な隈を作った男に呼び止められた。
「あの、ロロノア・ゾロさんですよね?」
「‥‥‥あんたは?」
「ああ、すいません。別に怪しいモンじゃないんです。おれはギンと言います」
 自分から怪しくないと言うヤツは信用ならねェ。
 喧嘩を売るつもりでギンとか言う睡眠不足男を睨み付けた。
「いや、参ったな」
 おれに睨まれたら普通のヤツなら脱兎で逃げ出すのに、目の前の男はボリボリと頭を掻いただけだった。
 かなり腕っぷしに自信がある男らしい。
 ますますあやしい。
「…実は、パソコンの事で、ちょっとお願いがあるんです」
「パソコン?」
「はい。…今日は一緒じゃないんですね。Ee1-90000シリーズ、お持ちですよね?」
「…何だそりゃ?」
「パソコンの型番です。確か、初期ネームは『サンジ』だったと思うんですけど…」
「あー…それがどうかしたのか?」
 突然、睡眠不足男が地面に這いつくばった。
 這いつくばったというか、いわゆる土下座だ。
「お願いです!おれにそのパソコン、譲って下さい!!」
「…はぁ?」
「ずっと前にショーウィンドウで見て、一目惚れして!」
「…あいつ野郎型だぞ?」
「すぐ買いたかったんですけど、交通事故にあって…。ずっと入院してたんです!」
「……」
 野郎型だってのはどうでもいいらしかった。
 …変態だな。
「退院して店に行ったら、もうサンジさんいなくて」
「メーカーに注文すりゃいいだろ?」
「ダメなんです。サンジさんを作ってたメーカーが、パソコン事業から撤退しちゃってて、メンテナンス以外はもうやってないんです」
「在庫とかねーのかよ?」
「Ee1-90000シリーズとしては少しあるんですけど、サンジさんはいないんです。元々あのシリーズはフェイスが同じタイプがないのがウリで…。あの、お金なら払います!…入院中の保険料が入ったから、あんたが買った時の倍額払っても良い!」
 倍…ってことは64万ベリーか。
「なんなら変わりのパソコンも付けます!」
「変わりのパソコン?」
「ああ」
 男はコクコク頷いて、大学の門の脇に付けた車にオレを案内した。
 車の中にはかなり巨乳なメイド服を着たパソコンが2台乗っていた。目があうとニコリと微笑んだ。
「あんた、パソコンは野郎型が好きなのか?今、ここにあるのは女型しかないんだが。家に行けば、野郎型もある。この前出たばかりの最新型BK−No.0もある。倍額プラス、おれの持っている好きなパソコン1台付ける!…どうだい、悪い話じゃないだろ?」
 確かに悪い話ではない。
 最新型パソコンが手に入って、さらに単車が買える。
「家は、ここから車で20分くらいのところにあるんだ。他のパソコンも見て決めてくれ。な?」
 半ば強引に助手席に座らされ、睡眠不足男に誘拐された。
 まあ、今日はバイトも急ぎの課題もないからいいんだがな。
 それにしてもなんなんだ、この男は。
 マニアか?パソコン収集家か?なんで睡眠不足なんだ?
 セールで埃被ってた金髪にそんな価値があるとは到底思えないが…。


 ほどなくして、鉄筋コンクリート打放しの1戸建ての家に到着した。
 メイドパソコンが玄関ドアを開け、軽くおじぎをして男を迎える。
「おかえりなさいませ」
「さあ、上がってくれ」
 玄関にはさらにもう2台、メイドパソコンがお辞儀して待っていた。
 睡眠不足男が何やら合図をすると、メイドパソコンに囲まれた。
「な…?」
「いらっしゃいませ」
 ニコリと笑い、おれの持っていたバックを勝手に持って行く。それを呼び止めようとしていると足下で他のパソコンがスリッパを履かせようとすし、さらにもう一台が上着を脱がせにかかってくる。
 うっとうしい事このうえない。しかし乱暴にして壊したら大変なので、おとなしくされるがままにしていた。
「野郎型はこっちの部屋にあるんだ」
「いや、別に野郎型が好きな訳じゃ…」
 人の話をちっとも聞かない睡眠不足男を追い、部屋に入って絶句した。
 なんだ、このマッチョなパソコン達は…。
 しかも全員オールバック。仰々しくマントみたいな衣装を着ていて、葉巻きまで銜えてるヤツがいる。
 どんな趣味なんだよ…。背中がジワリと汗をかいた。

「どうだ?凄いだろう。パソコンだけでチームを組ませて対戦させるんだ。一種のサバイバルゲームみたいなもんなんだが…。見てくれ、優勝トロフィーだ!」
 そう言って、なんだか誇らしげにトロフィーの棚を見せる。
 ますます訳がわからん。
 睡眠不足の隈なんじゃなくて、ヤク中の隈なんじゃねーのか?と、内心ゾロは思った。 
 部屋に入ってからずっと、マッチョなパソコンがおれの行動を監視している。
 正直、イイ気分ではない。
「一応、みんな隠し武器をしこんである。ボディーガード機能としてはこれ以上のパソコンはないと思うぜ」
 睡眠不足男が何やら合図を送ると、マッチョの肩からランチャーが飛び出した。
 …おいおい、今の平和な時代、護衛にランチャーが必要な奴なんているのかよ?
「どうだ?車ぐらいなら、これ一発で吹っ飛ばせるぞ!」
「…いや、ボディガードは必要ねーんだ」
「そうか、そうだな。あんた腕っぷしには自信がありそうだ」
 睡眠不足男は少し残念そうに言った。
「失礼します」
 ノックの後、メイドパソコンがコーヒーを持って入ってきた。
「まあ、飲んでくれ」
「お砂糖は入れますか?」
 ニコニコとメイドパソコンが笑う。
「いや、ブラックでいい」
「どうぞ、熱いので気を付けて下さいね」
 差し出されたカップを黙って受け取った。
「…じゃあ、セックス機能が優秀なのがいいのかい?」
 睡眠不足男のセリフに思わずコーヒーを零しそうになった。
「な、なに?」
「あーでも、こいつらそっちの機能は付いてねーからなぁ。いや、まてよ?確かパーツがあったな。うん、確かそうだ。スモーカー用のが…」
ブツブツ言いながら、机の引き出しを開けてガサゴソやってる。
「おい、そんな機能いらねーぞ」
「え?」
 びっくりして睡眠不足男が目を見開いた。
「ボディーガードもセックス機能もいらないって…。なんでサンジさんを買ったんですか?」
 ―――安かったからだ。
「家事機能だったら、こいつらにも付いてますよ」
 男がマッチョ軍団を指差す。
「……」
 思わず瞼が落ちた。
 こんなマッチョ野郎に飯なんか作ってもらいたくねぇ。
 何より、玄関で出迎えられて、風呂にする?飯にする?なんて絶対聞かれたくねぇ。部屋で、おれの帰りを待っていると想像するのも嫌だ。
「気に入ったのいませんか?」
「…あんた、あいつが手に入ったらどうすんだ?マッチョ軍団に入れて、バトルやらせんのか?」
「まさか!そんな事には使いません。傷が付きます!サンジさんはここに飾るんです!」
 そう言って、男が指差した壁に大形のガラスケースが置かれていた。
 ライトも仕込まれていて、ショーケースのようになっている。
「…ちゃんと窒素充填して、人工皮膚が痛まないように永久保存するんです!!」
「それじゃ、人形と変わらねーじゃねぇか」
「サンジさんは観賞するために存在するんです。あんな綺麗なパソコンを使うなんてとんでもない!」
 うっとりと男は天井を仰いだ。


 ***


「おかえり。遅かったな、今日はバイトない日だろ?」
 玄関を開けると、金髪が奥から顔を出した。
「まーな。ちょっと用があったんだ」
「ふーん、飯は?」
「食べる」
 流しで手を軽く洗って、いつもの場所に座った。
「今日はダイコンが安かったんだぜ〜」
 金髪はやけに上機嫌で配膳をしながら、いつものように今日あった事を報告をする。
「…お前さ…」
「ん?」
 御盆に載せた料理を持って金髪が目の前に座った。
「おれが何?」
「…楽しそうだな」
 そう言うと、金髪が少し驚いたように目を丸くした。

 おれの決断は間違ってなかったようだ。
 何十年も綺麗なままでケースに閉じ込められているより、たとえ汚れても動いてる方がこいつは幸せだろう。
 睡眠不足男は酷くガッカリして、帰り際にも、気が変わったらいつでも言ってくれと名刺を押し付けてきた。もっとも、その名刺は帰り道で捨ててしまったが…。

 ふいにテーブルの向いで金髪がニコリと笑った。
「なんだ?」
「そう言うお前も、楽しそうだぜ?」



<おしまい>