愛しきメッセンジャー cover 八十様


「それよりてめえ、あいつと知り合いか」
ゾロは慎重に尋ねた。素生も知らないコックだ。鷹の目と関係があるとなれば、信用出来ない人物なのかも知れない。
ところがサンジはあっさりと頷いた。
「あいつって、鷹の目のおっさんのことかよ?知り合いだけど」
なんでもないことのような口ぶりだった。
「家が近所だから」
「…………」
家が近所だから。
あまりに普通の知り合い方をしているので、ちょっと鼻白んでなんとも言いようがなかった。
「あのな、てめえは知らねえだろうがあいつは、ろくでもねえ。あんまつきあうな」
自分でも理由は分からないが、余計なひと言が口をついて出てきた。そんな話をして、どうするつもりなのか。だが、サンジは取り合わなかった。
「ジジイもそう言うなァ、あいつは変人だから近寄るなって」
煙草、それ、その棚の上の一番右端のやつ、二つちょうだい、とサンジは言った。ゾロが商品を適当に投げ出して渡すと、ぞんざいな態度も気に掛けず親しげに話しかけてくる。
「なあ、ちゃんとメシ食ってんの、おまえ」
じっと顔色を覗き込まれる。灰色のような青のような不思議な目の色だった。睫毛の生え際を何故か観察するように見てしまう。睫毛は黄色くない。目の奥を見ることも、目をそらすことも、どちらも癪で、睫毛なんか見てしまうのかも知れない。目が合っているようで合っていない変な見つめあい方をしてしまった。
先にそらしたのはサンジの方だ。単に興味が移ったのだ。肩にかけた鞄のなかをごそごそやりだした。
「そうだ、これ、ジジイんとこに持ってくつもりだったんだけど、やるよ」
鞄からは布でくるまれたプラスチック容器がいくつか出てきた。
「これはスキール、あんまおまえは見たことねえだろ、チーズの仲間だよ、こっちは普通に野菜の酢漬け」
ひとつひとつ、ゾロに見せながら説明する。どうやら全て彼の手作りらしい。ゾロにしてみればチーズやソーセージなどは工場で作って店で売っているもの、という意識しかこれまでなかったので、個人が手作り出来るなんて驚きだった。
「これが羊のソーセージ。パンにはさんで食べると美味いよ」
おまえは主婦か、と言いたくなるほどまめまめしい。
ゾロはろくに頷きもせず、惣菜の説明に夢中になっているサンジの頭のてっぺんを見ていた。生え際まで見事に黄色い髪だった。染めてるわけではないだろうから、当たり前のことだが。
「……なんだよ」
視線を感じたのかサンジが顔を上げた。
「まだ疑ってるのかよ、おれが毒でも入れると思ってんのか、こないだのあれだって美味かっただろ」
それが不機嫌な時の癖なのか、唇を尖らせて目を眇めている。ふっとゾロは笑った。これは我慢出来ない。
「アヒルみてえな顔」
横を向いて、ひっ、ひっ、と笑う。サンジは悔しいのか瞬時に顔を真っ赤にした。何か言い返してやろうと煩いその口が動く前に、生ッ白い手首を掴んだ。
「なんだよっ」
振り払おうともがくが離さない。空いた片方の手でサンジが手にしたままのプラスチック容器から、スライスされて行儀よくおさまっているハムかソーセージか、ゾロにはよく分からない燻製を摘まんだ。痣が出来そうなほど手首を掴む力を強くして、サンジの顔を覗き込む。
「こうしてると、嘘つくと分かる」
「い……痛っ」
離せよ、と騒ぐサンジをじっと睨んだまま、ゾロはゆっくりとソーセージを口に入れた。咀嚼する間も目を離さなかった。
こめかみが動き、真面目な顔をしてゾロがソーセージを噛んで、飲み込むまでを、サンジも目をそらせないまま、見ていた。やがて喉仏が動いて、口を開くと舌と綺麗に並んだ歯が覗いた。全部食ってやったぞ、ということをわざわざ見せつけるように大口を開けている。
「うめえな」
ゾロはにっかりと笑った。途端に耳が痛むほど熱くなった。目を開けていられない、耳が痛くて。



sample  20101028up