アヒルと豆の木 sample FeCa up090309




サンジが豆を埋めた翌朝、窓の外がやけに暗いなと思って外に出てみると、豆は見事な木になっていた。豆なのに、木。それも大木と表現するに相応しいような、そんな太く立派な蔓が伸び、天まで続いていた。
「てめえ、チビナス、なに得体の知れねえもんウチの庭先で育てやがった!」
ジジイが慌てて飛び起きて来たが、サンジは正直、ジジイどころではなかった。
「本当に魔法の豆だった!」
これは凄い。
彼女の言ったことは本当だったのだ。あの美人は、魔法使いか何かに違いない。美人の上に魔法まで使えるなんて凄いなァ、とサンジは感動した。
そして豆の木を登り出した。
とても大きな豆の木で、頂上は雲の上にある。胸がいっぱいになるほどワクワクした。こんな気持ちは久し振りだった。あと、ジジイがかんかんに怒っているのが、ちょっとだけ煩わしかった。そんな冒険心と、ほんのちょっぴりの現実逃避で豆をよじのぼり、よじのぼり、よじのぼり、地上はやがて見えないほどになり、雲の上へ顔が出て、ようやく豆の天辺が見えた。
豆は、雲で出来た、広い、島のような場所の只中までその蔓の先端を伸ばしていた。なんという蔓の長さだろう、そしてなんという高さだ。
雲で出来た白い大地にはところどころに花が咲いていた。木も茂っていた。全ては霞のなかのように茫洋とした淡い色合いのものばかりで、掴めば消えてしまいそうに果敢なかった。だが、島の中央部の小高くなった辺りに一軒だけ建てられた家屋は、見るからに丈夫そうな造りをしていた。木肌も整えない黒木のままの木材で乱暴に建てられ、戸には武骨な鉄の取っ手がぶら下がっている。
あんな家が建っているからには、多分この雲の上は歩けるのではないかな、という気がしたのでサンジはそろそろと足を雲の上へ下ろしてみた。
思いのほか、普通に歩けた。
さくさくと砂を踏むような感触があり、地上に居るときより身が軽く感じられるほどだった。
島の中央まで歩くと、そこに建てられた家屋が異様に大きいということに気付いた。
見上げるほどの高い場所につけられた取っ手に、油でも塗ってあるのか虹色の輪がほんのり光っているのを、サンジは口をあけて見ているしかなかった。
手が届くとか、届かないとか、そういう問題ではないくらいに、扉は巨大だった。
すると、次の瞬間、だしぬけに戸が開いて、中から男が顔を出した。
「ん……」
男はサンジに気付いてこちらを見下ろした。
「いや」
サンジは首を振った。
「いやいやいやいやいや……」
男の方も首を傾げていた。
「んん……」
なにやら険しい顔で唸っている。
(いやいやいや……落ち着け、おれ)
サンジは自分に言い聞かせた。目の前の出来事を処理するのにサンジの小さな脳は、今、必死だ。
ちょっとあまりにも常識はずれなほど、男は巨人だった。
男の方でもサンジを見て、
「すげえ小さい奴が居る」
と、驚きを隠せない様子であった。
男は緑の髪、緑の腹巻をして、黒い長靴をはいていた。腰には刀を三本ぶら下げていた。
男はサンジを摘まみあげ、隅々まで眺め回した。
「なんだてめえ、豆みてえにちっこいな」
「なんだと!」
サンジは両手を振りかざした。
「てめえのほうこそ、豆みてえな緑頭しやがって……人を豆とは失敬な!」
「そうだ、おれは緑豆の妖精だ」
男は胸を張って答えた。誇らしいことだと思っているのだろう、若干自慢気ですらあった。





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