<サンプル>
ストーリーの都合上、原作の設定をだいぶねじ曲げてしまっているので、「そういうの苦手かな」とご心配な方は以下をご覧いただければと思います。一番問題のありそうなねじ曲げ方をした部分です。
翌日も天気が良かった。
ゾロはバラティエのあちこちを歩いてまわった。
建物は三階建てで、屋根は平らに近い。色鮮やかな庇が窓の上へ出され、入り口の上には、バラティエ、と店名が掲げられている。丸みのある文字を、一文字一文字、木で拵えてペンキを塗ったもののようだ。色あせて、たわんでいるが、堂々としている。
白い壁に沿って一回りすると、裏手に階段があって二階、三階のテラスへ上がれるようになっていた。三階には居室がある。昨晩ゾロもそこの空き室に泊めてもらった。
二階には、何もなかった。がらんどうの広いホールになっていた。ドアを開き、中へ入るとひっそりと薄く埃のつもった床の上に足音が響いた。
家具は何ひとつないが、一階のレストランホール同様に、ここも全ての窓が開け放たれていた。朝早くに、サンジが窓を開けてまわるのだろう、一人で。
天井にはシャンデリアか何かをぶら下げた名残の金具が残っている。
窓からは一階よりもずっと遠くまでが見渡せた。島影が見えた。近くに島がある、とサンジが言っていたのはあれだろう。恐らくそう遠くない場所に大陸もあるはずだが、さすがに見えないし、方角も分からない。
テラスにまた出て、乗って来たスループの様子を見る。広い甲板の端にあるもやいに繋がれて、上下に揺れている。船底に水が溜まっていたので掻き出したほうが良いかとも思ったが、面倒だ、このくらいならそのうち日差しで乾いてしまう。
バラティエにはマストと帆があり、魚の頭のようなふざけた船首がついており、これでもれっきとした帆船のようだ。昨日は気付かなかった。
ゾロが小船を着けた場所は魚のヒレのように見える。だだっ広くて何のためにあるのかよく分からない空間だ。あのヒレを仕舞うか取り外すかしないと船としては役に立たなそうだ。常に停泊しているのだからそれで構わないのか。
流されてはいないから、錨をおろしているはずだ。と、言うことは海は浅い。
温かく気持ち良いので、甲板に横になって目を閉じた途端に、眠くなった。漂流したのはほんの数日だったが、こうやって腹もいっぱいでのんびりと横になれるなんて久しぶりの気がする。
特技の瞬間熟睡で眠りに落ちた。ほんの五分か十分、うとうとしたところで物凄い勢いで揺さぶられて目を覚ました。
「おい、大丈夫か、ゾロ、ゾロ、どうしたんだ」
悲鳴のような声を上げて、サンジがゾロを揺さぶる。甲板の真ん中に大の字で倒れていたものだから、何かあったと思ったらしい。
「寝てただけだ」
正直に答えたら怒りに満ちた表情で「寝ぐされマリモ野郎が!」と蹴り飛ばされた。どうやら安心したらしい。
「はァ?マリモ……?」
首を傾げたら
「てめえのことだ、その緑頭」
と、言われた。
「有難うよ、心配してもらって、あだ名まで付けてもらってな」
まだゾロの肩ほどまでの背丈の黄色い頭をぐりぐり撫でる。ガキ扱いすんな、と振り払われた。
「飯出来たから、とっととついて来い」
偉そうだ。だが食わせてもらっているので文句は言えない。
相変わらず広い店内にゾロしかいなかった。どの席に座る、と訊かれたので、どこでも良かったが柱の傍の席に腰掛けた。柱の周囲にはタイルが貼られ、設えられた小さな台に見栄え良くグラスやビネガーの瓶が並べられている。誰もいない店内にしては、何もかもが完璧だ。
窓の外を鳥が飛んで行った。長い間航海をしていると、鳥の姿が見えるのは嬉しいものだ。陸地が近い証拠になる。
スープと肉が出された。おら、海獣の肉だぞ、と嬉しそうに笑っている。濃い味付けのソースも、添えられた野菜もうまかった。
「こんなに広い店、掃除するだけでも大変じゃねえか」
ゾロが尋ねると、サンジはお茶を用意しながら
「昔はたくさん従業員がいるレストランだったそうだ」
と説明した。
「もう何年も使われていなかったのを、おれが譲り受けた。以前この店のオーナーをしていたジジイに、勝手に使って良いって言われて」
「その爺さんはどうした、もうくたばったか」
「ジジイってもそんな歳じゃねえよ」
サンジは唇を尖らせた。昨日今日の短いつきあいで気付いたのだが、何かあるとすぐこの表情をする、まるでアヒルみたいだ。
「今はグランドラインを航海してるはずだ。もう五、六年前かな、ジジイとは海で出会ったんだ。その頃おれはオービット号っていう客船に乗ってて、ジジイはおれの乗った船を襲った海賊だった」
ティーカップが運ばれて来て、テーブルの上へ置かれた。
「海賊からレストランを貰ったのか」
「そうだ。話すと長いからはしょって言うと、ジジイの海賊船がオービット号を襲った直後に嵐が来て、おれとジジイは一緒に漂流したんだ、それで小さな島に辿り着いた。食糧も尽きて死ぬかと思ったけど、八十五日後に助かった」
「八十五日!そりゃすげえな」
ゾロはサンジの強運と生命力に素直に驚いて見せたが、サンジは浮かない顔だった。あまり楽しい経験ではなかったようだ、それも当たり前だろう。
「まあ……、色々あったんだけど。その後ジジイは他にも生き残った仲間と合流して、また海へ出た。ジジイ達とは暫く一緒に居たけどグランドラインへ向かう途中でこの場所へ寄って、レストランをおれに譲ってくれた。ガキを海賊にするわけにはいかねえよって、ここに下ろして行ったんだ。ずっと昔、ジジイが海賊になる前に使ってた店らしい。もうボロボロだったけど、ちょっとずつなおして、使ってる」
広いフロアをゾロは改めて見渡した。サンジもつられたようにテーブルの並ぶフロア、その奥の厨房の入り口、窓の外のテラスを眺めた。波が船にぶつかる音しかしない。
「陸のレストランで働かねえのか」
別にこの場所にこだわる必要はない気がする。
だがサンジは首を振った、
「たまに陸で他の店手伝ったりもするけど、この店で頑張りてえんだ。ここはグランドラインへ行く船もたまに通る。店の評判をジジイ達に聞かせて、思い知らせてやる、おれはもうガキじゃなくて、一流コックなんだってな」
ポットを柱の台へ載せて、サンジはまた店内を見渡した。
はあ、そりゃ、とゾロは言い淀んだ。
偉いな、と自分が言うのもおかしなものだ。
「……いっそてめえもグランドラインに出たら、直接成長したとこ見せてやれんじゃねえか」
「馬鹿言うな」
振り向いて偉そうに肩を竦めて見せられた。
「行ったところでろくでもない、海賊だらけの海だろ、それに別に会って何が話してえってこともねえよ。あんなジジイに用事はねえし」
食事の済んだ食器をトレイに下げて、サンジはてきぱきと働く。
満腹になったゾロが再び甲板で昼寝するのをあきれ顔で見ながら、船のすみずみまでを手入れしていた。
昼寝したせいか、ゾロは夜遅くまで眠くならなかった。
カウンター席でちびちび飲んでいたら、サンジはうつらうつらしながら、もう眠い、と言いだした。不機嫌そうだ。
「先に寝てろよ」
酒は勝手に瓶から飲めばいいし、つまみもたっぷりある。全てサンジが用意したものだが。
「先になんか寝られねえよ、てめえ、店内ですぐ迷子になるじゃねえか、今日一日だけで何回迷ってたよ、そんなんで、てめえの部屋にちゃんと戻れるのかよ」
「うるっせえな」
世話焼きの母親のような口ぶりに辟易して、ゾロは眉を顰めた。
「別にてめえ以外誰もいねえ船内だろ、どこでも空いた部屋で寝るからほっとけ」
「……」
ゾロの返事にサンジはますます不機嫌になった。眉を寄せてゾロを睨んでいる。その眉毛は眉尻の方が巻いている。変な眉毛だ。海の渦潮みたいだ。
「クソガキめ……それとも寂しいのか、おれだけ一階に残ってると」
ふと思いついてからかうと、気に障ったようだ。さっと顔色を変えた。「アホか」と怒鳴って先に部屋へ戻ってしまった。まだガキだ。
ゾロは一人残って、のびのびと深夜まで酒を飲んだ。そしてそのまま、ホールの床の上で寝てしまった。
サンジがゾロより3歳くらい年下です。