ベリーブルーランド(サンプル)
瞼を開くと、暗いところから急に明るくなったので、目が眩んだ。
随分おかしな夢を見た。夢のなかとは思えないような現実感があって、おかげで目が覚めた瞬間、どちらが夢か分からなくなりそうだった。
「いつまで寝てんだ、馬鹿ゾロ」
甲高い声で罵られて、咄嗟に飛び起きる。後で冷静に考えればまるきり別人の声だったのに、コックの蹴りがとんでくるかと思ったのだ。
身をかわし、地面に手をついて体勢を整えた。いつもいつも、食事の時間や船の出航などのたびにあの料理人はゾロを起こしに来る。起こしてくれるのは有り難いが、その起こし方が非常に乱暴だ。普通に起こせ、と抗議しても、
「だっててめえ普通に呼んだだけじゃ起きねえだろ」
と、ゾロの言うことなど何処吹く風だ。
だが目の前に居たのはサンジではなく、小さな子供だった。
身を低くした姿勢のまま、ゾロは思考がついてゆかず、停止する。丸くて黄色い頭、生意気そうに歪められた唇、子供の年齢などゾロにはよく分からないが、十歳にもならないだろう、四歳か、五歳か、六歳か……。
膝ほどまでの丈のズボンから子供特有のまっすぐな足が伸びている。身体の線はまだ中性的で幼いが、仕草のひとつひとつが周囲の大人でも真似たのか、不釣合いに荒っぽい。
この場にいるはずのない人物だった。
「てめえは……」
ゾロが呟くと、おまえ、おれが誰か分かるのか、と子供はゾロをじっと見て尋ねた。
分からないはずがなかった。
この世に二人と居るわけがない、あんな眉毛は。それに一度だけ写真を見せて貰ったことがある。
「てめえ、ちびなすだろ」
「ち……ッ」
勢い良く、子供は立ち上がった。
「ちびなすって言うな!」
顔を真っ赤にして怒っている。間違いなかった。ちびなすだった。これは子供時代の、あのクソコックだ。
「ちびなす」というのは赤足のゼフが子供時代のサンジを可愛がって付けた愛称で、可愛さの欠片もない図体に成長してまで、そのままの愛称がバラティエでは用いられていた、とゾロは聞いている。ナミから聞いた話だ。何故かサンジ本人にその話をすると、立腹する。
夢かこれは、と思いながら辺りを見渡す。
ゾロが寝ていたのは崩れ果てた石造りの壁のすぐ真下で、腰ほどの高さまでしかない壁の向こう側には、壊れた家屋と思われる建物も見えた。家屋も石で出来ていた。石の表面は白っぽく乾燥しており、家具の残骸かと思われる木片がところどころに散らばっている。もう随分長い時間、廃墟のままだったような場所だ。足元には草が生え、欅が枝を広げて濃い葉陰を投げかけていた。
風に木の枝はざわめくが、そのくせ鳥の声ひとつしない。自分達の他には人の気配もなかった。
見たこともない場所だった。
ルフィ達はどこへ行ったのだろう。はやく船に戻らなければ。
ゾロは立ち上がり、頭を掻いて思案した。さて、どちらへ向かって歩き出したものか、見当もつかない。一体いつ仲間とはぐれて、どういう経緯でこんな場所で寝ていたのかが分からない。眠る前まで何をしていたか思い出そうとしたが、いつ眠ってしまったのかすら分からない。
状況がなにひとつ、把握出来なかった。
「おい、ここはどこだ」
090429up