*
------------------------------------------
赤ペン先生
春休みに入り、採点済みの答案提出のため、春期講習の生徒達でごったがえす予備校の受付を訪れると、黄色い頭の男子生徒が受付のババァ相手に駄々をこねていた。
(なんだ……?なんか問題でもあったのか)
何となく好奇心から成り行きを見守っていると、どうやら黄色い頭の男子は、赤ペン先生にあわせろ、と主張している。
聞き覚えのある呼称だった。
「だからさぁ、赤ペン先生に会わせてって。合格の報告したいんだ。御礼もしたいし」
そう主張する黄色頭に、応対に出た黒ブチ眼鏡の事務員が、
「赤ペンって言われても、誰のことか分からないのよ」
と相変わらず融通のきかないことを言っている。
ブルーダリア
普段からドタバタの海賊団ではあるが、今日はまた一段と疲れた。昼間、丁度雪の降り始めた頃、どこぞかの海賊船と遭遇した。乱闘になり、勿論すぐに撃退したがそのあと続いて降雪に見舞われたので休む暇が無かった。
敵船が降伏し、宝箱をひとつ寄越したのが唯一の報いのようなものだった。ところが不思議なことにその宝箱はどうやっても開かない。
去り際に向こうの船長が「その箱は、それ自体が宝だ」と言った。それがまたどうにも気になって壊すことも出来ずに倉庫に放置されている。
風変わりな箱だった。
箱の蓋から側面にかけて、人の顔が描かれている。蓋には瞼の厚い大きな目。丁度箱の口のところに、口紅でも塗ったかのような口唇。コミカルな表情だ。この蓋を開いたら、まるで箱が笑っているように見えるだろう。
等間隔蜂蜜ドロップ
だまされた、と気付いたときにはもう手遅れだったのだ。
麦わら海賊団で一番最初に船長の仲間になった剣士は、四番目に仲間になった料理人のことが気に食わない。
彼はいつもニヤニヤとひやかすような目でゾロを見るし、そうでないときは悪態をつく。これで好感を持てと言うほうが無茶な話だ。
しかしだからと言って仲間として認めていないかと言えば、話は別だ。腕はたつし、仕事に対する真摯な姿勢は好ましい。
だからゾロは、わざわざ甲板後部にまで給仕さながらにおやつを持って来てくれるコックに、礼を述べることくらいは怠らなかった。
ところがある日、いつも通り
「すまねえ」
と非常に簡潔に礼儀を示したところ、
「よせよ水くせえ!」
と、大仰に返された。
あえて遠慮されてみると、却ってそれでは足りないように感じるものだ。サンジが謝辞を受け取らなかったことで、ゾロはむしろこれまでの感謝の仕方が足りなかったように思った。そこでつい、ムキになった。
「いや、いつも持って来てもらって、すまねえ」
「いやいや、何言ってんだ、コックとして当然のことだ」
サンジは頑としてゾロの言葉を受け取ろうとしない。
負けず嫌い同士である。
ゾロは更にムキになった。
知らないひと
その島には、船を着けられるような場所が、港しかなかった。まあ港があるのはいいことだが、うちはファンシーななりをしていても一応海賊船なので、堂々とってわけにもいかない。海賊旗を降ろし、慎重に様子を見ながら港に入った。錨を下ろし、ウソップが舳先から街並みを眺める。
見たところ、穏やかそうな島だ。気候も温暖だし、街は小さくて活気があるとは言いがたいが、それでもぽつぽつと人通りがある。晴れた日の昼間にしては静かだった。
人通りの少なさに反して港が整備されすぎているのが気になった。倉庫もやたら多い。こういう場所を他にも見たことがあった。海軍の集積所だ。長い航海の途中、補給をするために、こういう駐屯地の作られる島が時々ある。
嫌な予感は的中した。
港を注意深く見ていたウソップが、突然しゃがみこんだ。両手で目を押さえている。
「い、いってェーッ!なんか目ン中に飛んできた!」
恋愛プロトコル
土曜日と日曜日を除く週五日、ゾロは規則正しくその帽子店のレジに座っている。店内には風変わりな帽子や、平凡な帽子や、奇抜な帽子や、奇妙な帽子や、とにかく帽子ばかりが並んでいる。
ゾロ本人は別に帽子に興味はない。かぶったこともない。いつもジャージに毛くらいは生えたかという程度のだらしない服装をしているし、頭は短く刈ったそのままで手入れもされていない。だがまだ若いので、そんな風体でもそれなりに見えた。
店は彼の父親が趣味で開いたような店で、大通りに面しているのに客足はいまいちだった。ゾロは接客なんか好きではないし商売にも興味がないので、仕事がないのを幸いと日がな一日ぼんやりしている。
店が面している大通りの名前は「薄荷飴通り」と言った。その昔この通りのどこかに薄荷飴屋があったらしい。
今はもう閉店したというその店が、一体街のどの辺りにあったのか調べることは難しかった。薄荷飴通りは街を東西に横切る非常に長い道なので、この道沿いのどこかと言われたところで皆目見当が付かないのだ。薄荷飴屋もまさか街の西端と東端にまで、その名が知れ渡ることになるとは思わなかっただろう。しかし、こんな話もゾロにとっては興味のないことだ。彼は薄荷飴なんか欲しいと思ったこともない。
FeCa再録集sample 2008/12/29 up