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(やべえな……)
何がどう悪いというわけでもないが、ゾロはそう思った。
男の腕が服の中でもぞもぞ動いて、腹の上あたりまで拭おうとした時、思わず手首を掴んで、制止してしまった。
それをどう思ったか、男はふっと手を引っ込めた。
と、思ったら一旦タオルを濯いで、今度はわき腹の方まで、届く範囲内で拭く。さすがに断ろうと口を開きかけた。
「怪我したときは、清潔にしてうまいもんを食わせるもんだ。ジジイ達はそう言ってた」
あまりに真面目腐った顔でそう言われたものだから、ゾロは黙り込むしかなかった。
寒くないように、毛皮を掛けた中に慎重に腕を突っ込んで、何度もタオルを濯いですっかり綺麗にしてくれた。
「少しはラクかよ」
居心地悪く息を詰めていたら、伺うようにこちらの顔色を見て、男が尋ねた。
「ああ……」
仕方なくゾロは答えた。確かに人心地ついた感じがする。
「そうか」
得意げに男はにっこり笑った。随分若い。ゾロと同い年か、もしかすると少しくらい年下かも知れない。背は高いがひょろりとしていて、笑った表情が変にガキくさいのだ。いい年の男がする顔ではない。それとも、こんな場所で育つと、こうなのか。真っ白で何もない、海と氷しかない場所で。
ゾロが育った街とはあまりにも違う。
男は部屋の片隅から今度は小瓶を持ってきた。美しい鳥の模様の描かれた、赤い蓋の小瓶だった。描かれているのは何という鳥かゾロには到底分からぬが、この辺りで見るような鳥ではないことだけ間違いない。
「拾ったんだ」
ゾロの視線に気付いた彼は、小瓶の蓋を開けながらそう答えた。
「夏の間に、海岸へ行くとたくさん、色んな物が流れ着いている。どこかの船で使ってたもんだろうってジジイが言っていた」
「へえ」
あちこちの国の船がたくさん沈むからな、と他人事のように考えながらゾロは瞼を閉じた。眠たくて仕方がなかった。ここ数日歩き続けた疲れがどっと押し寄せてくる。
温かい指先が唇に触れ、何か脂のようなものを塗ってくれた。そのまま耳朶や頬の傷にも塗りつけられる。くすぐったい。舌で舐めてみると僅かに甘かった。獣の脂だろう、そんな匂いがする。
男は丹念にゾロの怪我を探し、毛皮から外に出ている部分、顔や首、それから毛布に手を突っ込んでコートから外に出ている手首などに目を凝らし、小さな傷でも見つけるたびにその脂を塗ってくれた。夢うつつのなかで、やけに真剣なその息遣いを感じ、ゾロはどうにも落ち着かない、もぞもぞした気分を味わった。
それからまたどのくらい眠っただろうか。半分覚醒し、半分は眠ったままの意識の向こうで、「目ェ覚めたか」と低く澄んだ声が尋ねてくる。頷くと、温かい湯を飲まされ、そのあとで小さな塊を口に押し込まれた。正体も分からぬまま嚥下すると、甘く、この部屋で使われるランプと同じ獣の匂いが口のなかに残った。喉の奥が熱くなる。
「明日には元気になってろよ」
優しい声だった。
夏の苔みたいだ、と甘やかすように囁いてから温かな手で何度も頭を撫でられた。
半分眠ったままの意識で、このおれの頭を撫でるなんてな、ゾロはそう思って喉の奥で笑った
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