単子葉の花
簡素なつくりの室内には、必要なものしか置いていない。
必要、というのは「無くては困る」という意味だ。無くても困らないものは置いていない。
別にわざとそうしたわけじゃない。無くても困らないから、無いままに暮らしてるだけだ。
ところがこの部屋に、不用品が紛れ込んだ。
先週のことだ。
ジャックが地球に用事があるとかでしばらく出かけた。何の用事かは知らない。仕事と無関係ではないことだけは確かだ。彼無しでは特殊戦の仕事も極端に減る。おれは雪風に乗りたいので不満だが、雪風の整備にあてる時間がたくさんとれるようになったので、その点では良かったと思う。
ジャックは出かける前に、小さな鉢植えを寄越した。
「何だ、これは」
眉をしかめて当然返却しようとしたおれの手を、鷹揚にかわして、ジャックは笑う。
ああいう態度は嫌いだ。
おれを馬鹿にしている。
それでも結局、うやむやのうちに鉢植えを受け取ってしまった。
「おまえはどうせ世話なんかしないんだろうけど」
無機質な長い廊下を歩きながら、ジャックは言った。
「でもまあ、気が向いたらかわいがってやってくれよ」
鉢植えからは何本か細長い葉っぱが伸びていた。
こういうのを、単子葉植物と言うのだろう。小学生の頃の理科の授業を思い出した。なんだか当時授業で育てたトウモロコシの葉に少し似ていなくもない。
とりあえず机の上に皿を敷いてその上に鉢をのせた。
おれの部屋は綺麗じゃないが、それでもジャックの部屋よりはマシだ。
ジャックの部屋はオレの部屋よりよっぽど色んな物があって、雑多な物どもがあちらこちらに、掻き集められたり、放り出されたりしている。
それなのに、あの空間には不思議と生活感が無い。
うまくは表現出来ないが、まるで引っ越してきたばかりの新居のような空気を、そこはいつまでも保っている。ばさりばさりとあちこちに物は散らかり、落とされているが、まるで廃墟のように静謐である。まるで死んだような部屋だ。おれはあの部屋が好きではない。かといって、自分の部屋が好きかと言うと、そうでもない。
あの部屋に、おれのものだと言って生活に必要なもの、例えばパジャマや歯ブラシやコップを、ジャックは買いそろえてくれている。
それらは、あれば使うが、絶対必要というほどのものでもない。
ジャックの部屋からおれの部屋までは絶望的に遠い、というわけでもないので、いつでも必要な物があれば取りに行けるし、そもそもそんなに頻繁に彼の部屋に泊まるということはない。
それでもジャックは、おれの持ち物を自分の部屋に増やしたがる。
別におれは困らない。
ただ、必要ないのにと思うだけだ。
あの部屋に、最初におれの持ち物が出来たのは、初めてジャックに抱かれた翌日のことだった。ジャックはおれのために傷薬を買ってきてくれていた。軍支給の救急箱のものではなく、わざわざ店で買い求めてくれたらしい。それを、あの器用な長い指で、あいつが無理をして傷つけた場所に塗ってくれた。やけに真剣な顔をして、ひとの足の間を覗いていた。その様子がおかしかった。彼の手つきには、その時、セクシュアルな雰囲気の欠片だって感じられなかった。青い目の奥にも、神妙な色しか見えなかった。
あれから少しずつ、ジャックの部屋にはおれの持ち物が増え、おれはジャックとの身体の関係に慣れた。
おれの部屋に彼が来たことはないので、おれの部屋には彼の持ち物はない。
もし、ジャックがここに来たら、おれは彼のために、何か買ってしまうだろうか。
最近、時々そんなことを考える。
そこにひょっこり転がり込んだ単子葉植物。
彼の持ち物と言えば言えるかも知れない。
柄にも無い。
おれが植物なんか育てるわけがない。
だが、どうせおまえが世話なんかするわけない、と言われたことが癪だったのでとりあえず水をやった。
翌日も水をやった。その翌日も。
彼が帰るまでこれを続けるのかと思ったら面倒くさくてたまらなくなった。この部屋に居座るのか、単子葉植物。ジャックの意図が見えたような気がした。
葉っぱはぐんぐん成長した。
やがてつぼみがついた。
そして花開いた。
黒い花だった。黒い花なんかあったのか。小さくて、下を向いて咲く花だった。
下を向いて咲く花は健気だって日本では言われるんだ、とジャックが言っていたことがある。おれはそんな話は知らない。
ジャックはおれの髪を梳くのが好きで、黒い髪だ、としょっちゅう言った。言われなくとも、自分の髪が黒いことぐらいは知っている。黒い目だ、とおれの目を見て言った。言われなくても、分かっているのに。
こんなことは似合わない。
ジャックは馬鹿だ。
こういう時は、青い花を置いていけばいいのだ。
それにしても、少し弱った。
花は開けばあとは枯れるばかりだ。
はやくジャックが帰ってこないと、彼がこの花を見る前に枯れてしまう。
そしたら、きっと肩を竦めて
「どうせおまえは世話なんかしなかったんだろう」
と言うかも知れない。
それを想像すると、とても腹が立つ。
だから、咲いてるうちに戻ってくればいいと思う。
青い目で策略にはまったおれを笑えばいいし、花は別にずっとここに置きっぱなしにしてもいい。
それは割りと面倒なことだが、耐えられないほどではない。
06/0628
やってしまった・・・。
雪風・・・。