sempre a tempo
相も変わらず
山本とのセックスで、不満に思っていることがある。
挿入してる時に奴がオレの膝頭を持って、足を開かせたり、閉じさせたりすることだ。
そういうふうにされると、遠いから、イヤだ。相手が。
冷えた体のむこうで、膝頭を掴んで、やけに真剣な顔してるアイツ見ちまうのが、本当イヤだ。閉じた膝の向こう側に、顔すら隠れちまうと、ついには馬鹿馬鹿しくなる。何してんだオレは、と思う。
おまえ今、自分の快楽だけになっちまってねえか?
山本の手で膝をぐい、と回されて、オレの身体の奥が、角度を変えたり、狭さを変えたりするのを、オレはやたら客観的に感じる。
もうやめてくれ、といつも思う。
それなのに、山本と、もうずっと長く肉体関係を持つことを続けている。
ちょっと不本意だ。
山本と出会ったばかりのころ、オレは中学生だった。
山本も中学生だった。
要するに、クラスメイトだったのだ。
日本の公立中学に普通に通って、そこの生徒と友達になる自分ていうのも、今から思えば現実味が無いが、あの頃には不思議なくらい、しっくりきてた。
当時のオレは出会ったばかりの十代目に夢中だった。
勿論今でも夢中だが、あの頃の夢中さは、今とは違って思える。
「十代目はさ」
と、オレはよく口にした。
「十代目はさ」
と、オレが言うと、山本は
「十代目って、どうしてツナのことそう呼ぶんだ」
と、首を傾げたものだ。
「十代目は、ボンゴレファミリーの十代目のボスになる男だからだ」
「へえ」
山本は屈託なく笑う。
「面白そうだな、それ」
山本は笑うと目の下に片側だけ笑いジワみたいな線が入る。
その片側にだけ線がはいった笑顔で、「秘密基地みたいだな」ってアジト作ったりダイナマイトを花火と言ったりボヴィーノの牛と遊んでやったりしてたのだ。奴は。
天気のいい日だった。
春だったか秋だったかは覚えてない。
春でも秋でも、どうせ同じようなことをオレらはしてたから、どっちでも変わらないのかも知れない。
学校の屋上で、ジャムアンドマーガリンのコッペパンを食べながら、山本に好きだと言われた。オレは菓子パンの中ではジャムアンドマーガリンのコッペパンが一番好きだ。二番目にピーナツバターのコッペパンが好きだ。とにかくコッペパンが好きだ。
制服の上着を着ないで、長袖のシャツだけ着ていたと思うから、あれは春だったんだろうか。
イヤ、秋でも同じ服装か。
「オレとおまえは住む世界が違ェよ」
屋上なんて誰も来ないし、全然掃除してないから砂埃が積もり放題のコンクリの床に寝そべって、ふいー、とオレは煙草をふかした。煙草をふかすためにコッペパンの残りはきちんとビニールに押し込んでそのへんに置いた。
「オレは、十代目に命捧げてんだ」
それを口にするのはむしろ誇らしくて、そんなふうにあいつをフる自分がオレは嬉しかった。
「だから、おまえみたいなふつーの奴とはつきあえねえよ」
「んだ、そりゃ」
にかっと山本はいつもの笑顔のままだった。
「獄寺、おまえ、ツナのこと好きなのか?」
「アア?てめーの言うようないかがわしいもんじゃねえよ、命捧げてるっつったろ?」
「ふーん、オレもツナのこと、好きだぜ?」
「…………」
オレは忙しなくスパスパ煙草の煙を吸い込んだ。
くそ、こいつには何言っても全然通じねえなあ、と思ってた。
こいつには何も分かってねえんだから、仕方ねえんだ。
オレは、マフィアなんだ。
中学校の屋上でコッペパン食べながら男に告白されてる場合じゃねえよ。
「なあ、オレ、獄寺のこと好きだ」
山本はしつこく、また同じことを繰り返して言った。
「十代目のことも好きなんだろ?」
「ちげーよ、意味が」
ぎゅっと目ェ閉じて横になってるオレの、すぐ隣りにまで山本は移動してきた。そして、おまえ、ここ、筋肉ついちゃうんじゃねえの?と笑いながら、いっつもクセで寄せてる眉間を、指先でほぐすように押した。
「オレは、マフィアだ。イタリアで、なんか、戦ったりとかしちゃうんだぜ?」
殺し合い、とは何故か言えなかった。もう少し穏便な言い方があるはずだと思ったが、いかんせん日本語の語彙力が無い。
「あー、あー」
シワ寄せ筋、と言いながら、山本はオレの額をぎゅっと摘んでわざとシワを寄せたり、伸ばしたりする。
「分かったよ、そしたらオレもイタリアで戦ったりとかするな?」
「ほんとかよ?」
薄目をあけて、オレは山本を見た。
山本は屈託ない顔をしていた。
「ほんと」
ほんと、ほんと、と言いながら、もう一度、好きだと言われた。
ばーか、そんなんじゃ、テメエ、そりゃウソだろう、と言ったけれど、あいつは今度はやけに真面目な顔して「ホンキだ」と言った。だけどその言い方は、やっぱり、やがてウソになってしまう本気なんだと思った。
山本は本当の馬鹿だから、何もわかっちゃいない。
東京と千葉だって、人が会わなくなるには充分なくらい遠いのに、日本とイタリアなんて言ったら、滅茶苦茶遠い。中学生とマフィアはそんなに遠くないかも知れないが、高校生とマフィアはずっと遠いだろうし、大学生とマフィアなんて言ったら、滅茶苦茶遠い。真っ当な社会人になれば、もう顔も思い出さないだろう。
別にオレは、ずっと、とか永遠に、とか女みたいな夢を見てるわけじゃない。
だから、あれ以来何度か好きだと言われるうちに絆されて、キスを許して、うちに出入りすることを許して、カラダも許してしまった。
ダイナマイトの箱に腰掛けて、あいつは
「すげえな、この花火」
って笑って、オレにキスをする。
あいつと一緒にいると、オレのほうがどうかしてるんじゃないかと思えてくる。この箱には花火が入ってて、マフィアとか、何だよ、そんな話、子供の遊びじゃねえの。どの高校に行こう、どの大学に行こう、どんな仕事に就こう。
まあ、結局しばらくたってオレはイタリアに戻り、それまで通り、馬鹿馬鹿しいくらいマフィアっぽい生活をしている。だからってそれを辛いと思うわけでもないし、相変わらずどいつもこいつもアホだし。ちびだったあのウゼェ牛もでっかくなりやがった。
10年もの歳月の間には、山本以外の人間ともたくさんセックスをしたけれど、山本とは今でも続いている。
最初の頃からわりとそうなんだけど、あいつは、挿入するときにオレの膝を持って、開いたり、閉じたりする。
そういうふうにされるのはイヤなのに、オレは一度もそれをあいつに伝えたことはない。何で言えないのかは自分でも分からない。ただ、閉じていた目をあけて、あいつが真剣な顔してオレの膝の向こうで溜め息吐くのを見てるだけだ。
閉じた膝の向こう側のことは、オレには見えない。
言い方は悪いが、ああいうときには、あいつにとってのオレはただの穴みたいな気がして、下らないと思う。
でも何でそんなことがこんなにイヤなのかと考えたら、多分、オレは山本に分かって欲しいんだろう。
オレが住んでる世界のことや、セックスのとき膝を掴まないで欲しいってことを、分かって欲しいから、ムカついてるんだろう。
山本が、自分のことばっか考える奴じゃないって知ってるのに、オレがヨくなるように工夫してくれてることも分かってるのに、イタリアにだって来てくれたのに。
それでもオレは、あいつは何も分かっちゃいない、といつもいつも思ってしまうのだ。
10年の歳月の間に、あいつ以外の奴ともセックスしたけど、10年もセックスしてる相手は、あいつだけだ。
10年前、制服を着て、煙草を吸って、日本の中学であいつと出会ったことには不満は無い。
10年経った今もまだ、あいつと会えることにも不満は無い。
オレには分かってる。
もしあいつが、膝を持つ手をオレの背中にまわして、本当はこっちのほうがずっといい、本当はずっとこうしたかったんだと言ってくれたら、オレは満足するだろう。
もし最初からそんなふうにしてもらったら、オレは痛くても、イけなくても、これで良かったと思えただろうし、もしかしたら、他の奴とはセックスしなかったかも知れない。
でもそんなことを考える自分自身が、相当キモいので、やっぱりオレは、山本とのことを、不本意に思う。
fine 04/10/20