次にサンジの答案がまわってきたのは、またきっかり一ヵ月後。
既に9月も下旬にさしかかっていた。
今回のテーマは時事問題だった。
新聞の切り抜きが提示され、それについて自分の意見を述べよ、というものだった。
こんなの無理だろう、と思った。
サンジがニュースとか見ている様子なんか想像するのは難しいし、きっと興味も無いだろう。
答案の作文用紙には
「センセー、美人?作文嫌いです。赤ペン先生は何才?」
と書かれていた。
(女じゃねェよ……この妄想盛りめ)
ゾロはサンジの答案を一番後回しにした。
放課後、講義が全て終わってから近所のファミレスに移動し、そこでサンジの答案を広げた。
夕方になって答案を提出しなければならない時刻になったので、予備校の受け付けまで移動し、そこでまた事務員に少し待って貰いながら続きも書いた。
作文用紙を制限字数の8割まで使って、ゾロはサンジの夢を赤ペンで書いた。
サンジはコックになりたいと思っていて、それは祖父がレストランを経営しているのを子供のころから側で見ていて興味を持ったからで、苦労も多い仕事だけれど、お客さんの喜ぶ顔を見たいから、祖父と同じ仕事を目指すのだ、と締めくくった。
全部想像だし、とてもありきたりな内容だ。
作文用紙は真っ赤な文字で埋まった。
指導欄に、がんばれよ、と書いた。
こいつ大丈夫なのかよ、受かるといいなとゾロは思った。
10月に、またサンジの答案がまわってきた。
ちゃんと制限字数の8割以上を使い、拙いながらも自分の意見を述べてあった。
最後の一文だけが、小論のテーマと全く関係無かった。
アホか、模試なのに、こんなん、余計なこと書くんじゃねえよ、と思った。
「来月受験です。赤ペン先生へ」
と書いてあったのだ。
サンジはどんな奴なんだろう。
ゾロの頭のなかでは、ガキみたいな顔をしていて、素直で、言葉数が少ない。どんくさくて、大人しくて、料理が上手い。ジイさんの手伝いをする優しい奴だけど、要領が悪いから、誤解ばかりされてる。
それから、いつもにこにこしている。
来月受験、ということは、サンジの答案は、あの時のあれで最後だったわけか。
そう思うと多少の感慨も無くはなかった。
あいつはアホだが、悪い奴じゃねえ、と根拠も無しにゾロは思っている。
何度か夢の中に会ったこともない想像上のサンジが出てきた。
ゾロはサンジの顔なんか知らないのに、夢のなかではこいつがサンジだとちゃんと分かってる。
サンジは殆ど喋らない。
たまに口を開くと25字分くらいで話が終わってしまう。
全然会話の成り立たないサンジだが、ゾロは可愛いと思って、いつも夢の中ではサンジの味方をしてやる。
サンジは時々ボインの女だったりする。
ゾロはサンジを可愛い奴だと思ってはいるが、内心ではボインの女の答案でも採点してたほうが楽しいと思っているせいだろう。
美女でもアホの男でも、答案は答案に過ぎないのだが。
12月、いよいよ受験間近なので最終模試やら来年度からの新入学生用の模試やらが実施され、ゾロにも大量の採点がまわされた。
なんだこりゃ、終わんねえ、と険しい顔をしながら、予備校の事務室で採点の追い上げをする。既に授業中の内職だけでは片付かなくなっていた。他にも4、5人バイト仲間が居て、職場の性質上ろくすっぽ顔も名前も知らない仲間だが、まあこの時期ばかりは一緒に同じ机の上で仕事にセイを出した。
「なんだこりゃ」
中の一人が声をあげた。
どうやら彼はベテランらしく、4年生大学を受ける連中の模試を見ている。今まさに追い込みの受験生達なので、答案の数も質も、ゾロの任されてる仕事の比じゃない。
「赤ペン先生へ、だってさ」
なんだそりゃ、そこに書いてあんのか、赤ペン先生って、あれか、チャレンジか、赤ペンか、そうだよな、赤ペンだ、ははは。
すっかり仕事に飽き飽きしていたバイト連中は、一斉に顔を上げて彼の手の中の答案を覗き込む。
「へえ、良かったじゃん、こいつ、受かったの」
一人が声をあげた。
ゾロも、首を伸ばして、その答案を覗き見た。
赤ペン先生へ 受かったぜ! サンジ
「…………」
もう受験終わってんだろ、もぐりこんで模試受けたのかよ、アホか、オレの他に何人「赤ペン先生」が居ると思ってんだよ。
肩が凝ったので、大きく伸びをしながら、ゾロは席を立った。
すっかり集中力が途切れた。
一休みついでに缶コーヒーを買うことにした。
他のバイトの分も、黒ブチメガネのムカつく事務員の分も、おごってやろうと思った。
自然に口許が緩む。
あいつは、どこの学校に受かったんだ。
例えばゾロの通う大学の近所にも調理師学校はあるけれど……
まあ、どの学校だとしても、あいつは何とかやっていくだろう。
何しろ、底抜けにアホだが、悪い奴じゃない。
サンジはコックになりたいと思っていて、それは祖父がレストランを経営しているのを子供のころから側で見ていて興味を持ったからで、苦労も多い仕事だけれど、お客さんの喜ぶ顔を見たいから、祖父と同じ仕事を目指したいと考えたりする、そんな素直な奴なのだ。
その後、紆余曲折あってゾロはサンジとめぐり会い、それがまた想像とは全く違う口の達者な男で「紙に書くのは苦手なんだ、オレぁ」と悔しそうに言った顔とか、いつも喧嘩ばかりふっかけてくるムカつく態度とか、女にはでれでれするところや、本当に料理が上手かったところや、ひねくれてるのに素直なところや、心底アホだったところなんかを知ることになり、1年後の冬頃には、サンジがゾロの誕生日に処女をプレゼントしにアパートへ押しかけたのがきっかけで、二人はうっかりカップルになった。
今でもサンジはゾロの夢に時々出てきて、その夢の中ではごくたまに、25字以内で拙く喋ったりする可愛いサンジになることもある。
end
04/11/30
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