緒方さんはそのまま横にはならず、半身を起こしたままタバコに火を点けた。ベットの脇のテーブルを無造作に片手で引き寄せて、その上に置いてある灰皿に灰を落とす。ボクは寝そべった姿勢から、彼の横顔を見上げる。紫煙を燻らせながら、ふと、彼はこちらへ視線を落とす。
「可愛いな」
大人の手がボクの額に当てられて、それからくしゃくしゃと髪を掻き回された。
そんなことを言われるのは、とても嫌だった。
「キミに、恋人が出来たら」
緒方さんは、とても優しい声で言った。
「寂しいだろうな」
ボクは眉を顰めて、どうして、と答える。
「何も変わらないよ、そんなことじゃ」
「変わらないって?」
「ボクと緒方さんのこと。だってボク、緒方さんには教えないから、それまで通り」
緒方さんが鼻を鳴らす。
「自分はたくさん余所に恋人がいるくせに」
ボクがそう言うと、緒方さんは今度こそ吹き出した。
「何言ってんだ」
「違うの?」
「そんなに居るものか。テレビドラマじゃあるまいし」
ボクは返事につまってそっぽを向いた。緒方さんの手が、優しくボクの髪を梳く。
緒方さんの隣に居ると、このままではいけないのだという思いが過る。はやく、と気が急く。
「恋人なんて……」
と、ボクは言う。
「ん?」
「そんな言葉で相手を縛ろうなんて思わないよ」
関係の範囲を拘束することに、何の意義があるだろう。そんなことは修辞上の遊戯にしか成り得ない。馬鹿馬鹿しい。なのに、ボクの胸が不自然に疼く。
優しい緒方さんの手が、ボクの頭を宥めるように撫ぜる。暖かな寝床に誘引されて、ボクはまどろみかける。緒方さんはまたタバコをふかし出す。その横顔はいつになく穏やかで、子供っぽく見えた。
緒方さんは大人なのに、とボクは思った。
緒方さんは大人で、ボクとこういうことをする時も手慣れていて、理性的で、ボクは大勢のなかの一人だけれど充分で、タバコを無造作に吸って、皮肉屋で冷めていて、そんなふうに大人なのに、だけど、時々、子供のような表情をする。
緒方さん、ボクは……
眠りに引き込まれながらボクは呟く。だけど、ボクが緒方さんに対して感じる親和力を、どんな言葉に置き換えたら良いだろう。ボクは……
「キミに恋人が出来たら……」
緒方さんが、また、優しく囁いた。はやく、と、気が急く。
ボクは、小賢しい免罪の表現を、いつも胸の内に持っていた。
緒方さん、ボクは。
「ボク……緒方さんが、好き」
心細く、ボクは答えた。
胸の底がざわめく。
ああ……なんと見え透いた安易な言い訳か。そんなことじゃない。そんな、通い合う感情じゃない。もっと、過渡的な、拙い感情なのだ。
ボクは、本当は、知っている。ボクは緒方さんみたいになりたいのだけなのだと。緒方さんみたいに、大人っぽくなりたいのだと。
安直なボクの狡さが、とても恥ずかしかった。そっと緒方さんの横顔を覗う。緒方さんは穏やかに燻る煙に巻かれている。
小さな声を、彼は聞き逃してくれたに違いない。

やがて眠ってしまった緒方さんの頬に、ボクは指を這わせる。優しく、優しく、彼を呼ぶ。
緒方さん、緒方さん……
甘く、子供じみたボクの声。
ボクの知らない、愛する人の傍らで寛ぐ時の彼を真似て。

彼がボクの望むような大人ではないことを、ボクは本当は知っている。
胸の奥が不自然に疼く。
緒方さん……緒方さん……
緒方さんの恋がボクの胸を甘く疼かせる。

<end>
00/12/21
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