緒方さんはセックスが上手だ。多分。実のところボクは比較の材料を持たないので、相対的な意見を持つことは出来ないのだけれど。
そういう事に、最初に誘ったのはボクだったが、緒方さんはボクの知らないようなことをたくさん知っていて、上手にボクの身体を彼に慣らしてしまった。
緒方さんにとって、ボクの誘いにのることは、それはきっと、さして特別な意味を持たないことなのだろう。だって緒方さんはオトナなんだから。
器用に、ボクの身体の上を彼の指が這うとき、ボクは思う。
だからと言って、ボクが緒方さん以外を愛さないでいる必要は無いのだ、と。
拘束されないこと。それは多分、お互いにとって利益になることなのだ。そのことを、ボクは楽しむことが出来ると思う。

ボクが小さく呻くような声をあげ始めたとき、玄関の鍵が開けられる音がした。何か、荷物を下ろす鈍い物音がして、部屋の中へあがる足音がそれに続く。
「何だ、アキラ君か?」
緒方さんは中途半端にスーツの上着を脱ぎながら寝室に入ってきた。
「ん……」
ベットのなかに寝そべったままで、ボクは顔を上げる。
「学校帰りか?顔が真っ赤じゃないか」
緒方さんは含み笑いしながらボクの頬を触った。
冷たい手。外は、随分寒いのだろう。
「あとちょっとだったのに」
とボクはまるきり平気そうに言う。
「仕方ない子だな、人の留守中に。シーツを汚すなよ」
ボクは鼻をならすように笑った。それは彼に学んだ仕草だ。
「オレは疲れてるんだ、人の都合も考えろ」
緒方さんは偉そうに悪態をつく。ボクは取り合わないで無視する。そんなことを言っていたって、彼はこの後、ボクとベットで寝るのに違いないのだ。
「キミは、連絡もなしにオレの部屋にあがって、誰か他の人間とはちあわせる可能性を考えなかったのか?」
ボクだけではないのだと念を押すように、緒方さんは憎たらしいことを言う。
「考えないよ」
ボクは上体を起こしながら答える。
「だって、緒方さん、他人を部屋に入れるの好きじゃないもの」
そう。緒方さんの部屋に他人の気配が残っているところを、ボクは滅多なことでは見かけない。そのかわり、彼はしょっちゅう留守にして外泊している。ボクは彼の生活を把握している自分に自信を持っている。
だから、ボクだけは、この部屋に入って良い。
ボクは彼の生活を侵害する他人ではない。
「やれやれ、キミになんか渡すんじゃなかったな」
「何が?」
「鍵」
「ああ……、だって、緒方さんが持ってて良いって言ったのに」
「キミが欲しがったんだ」
「くれたのは緒方さんだもの」
緒方さんは唇をぎゅっとむすんで、つまらなそうな顔をした。ボクはちょっとした勝利感を得る。ガタガタと音をたてて緒方さんがクローゼットを開く。スーツの上着とネクタイを吊るして、シャツのボタンを3番目までだらしなく開ける。それから、そのまま寝室を出てリビングの方へ行く。
「オレはシャワーを浴びるから、大人しく待ってろよ」
ほったらかしのボクに一応、声をかけて、緒方さんはぴったりと寝室のドアを閉じた。
何でだろう。いつもは閉めたりしないのに。
と、思うまもなく、留守番電話の電子音がドアごしに聞こえてきた。留守電は、3件。そこまでしか聞き取れなかった。誰から、どんな話だろうか。
馬鹿みたいだ、とボクは思った。
何にせよ、聞かれたくないのなら、ボクが帰ってからにすれば良いのだ。
留守電の確認は、急を要する仕事では無い。急ぎの用件なら、携帯電話に入れておくはずだからだ。そしてボクがどんなに長居をしたとしても、明日も学校があるのだし、泊まってゆくわけでもないのだから、深夜までここに居ることは有り得ない。
それなのに、早急に留守電のメッセージを確認する緒方さん。そのあと、きっと、続けてパソコンのメールをチェックするのだろう。急用のメールなんか、無さそうなものなのに。
馬鹿みたいだ。
だけど、ボクの胸が不自然に疼く。良く分からない。何でなのか。
ボクは寝室からのろのろと緒方さんの居るリビングへ出ていった。緒方さんは、案の定、パソコンの電源を切ったところだった。
「ねえ……」
緒方さんがゆっくりこちらを振り向いた。
「ねえ、ボク、待ちきれないよ……」
ボクは緩やかに緒方さんのシャツの胸許に手をのせる。緒方さんは急にボクの肩に腕をまわしてきて、彼らしくなく、強く、ボクを抱き寄せてくれた。
緒方さんの心臓の音が、いつになく速いリズムを刻んでいる。不安定な力が、緒方さんの腕にこもっている。それは、不安から急速に開放された後の動揺だ。不安と緊張、その後に続けて来る安心が、今一時彼を不安定にしたのだ。
ようするに、彼の望むメッセージは発見されたのだろう。
馬鹿みたいだ。
日々の雑事の合間合間に、こんな風に、愛情の確認のために感情を揺らさなくてはならないのだとしたら。
「緒方さん……」
緒方さんの手のひらは未だ外気の冷たさを伝えて冷えていて、でも少しだけ汗ばんでいた。ボクが身動ぎしても、何も言わない。
緒方さん、ボクは……
ボクは囁いた。
小さな声を、彼は聞き漏らしたに違いない。
リビングにはエアポンプの音が満ちている。ボクは喘ぐように呼吸する。
「仕方ない子だな、オレは疲れてると言ったのに」
緒方さんはようやく沈黙を憎まれ口で破った。
緒方さんはいつもの意地悪な笑い方をして、勝ち誇ったように、緒方さんを求めるボクを揶揄し始める。意地悪く、服の上からボクの身体を中途半端に擦る。
「ね……はやく」
段段に、本当に待ちきれなくなってしまってボクは緒方さんの腕をひいて寝室への移動を催促した。緒方さんは、今日は汗をかいたから、とボクをたしなめる。
「冬場だってのに、大変な大仕事だったな」
緒方さんはふざけたようにそう言った。
「そのままで良い」
とボクは緒方さんの胸に顔を押し付けるようにして強請る。風呂なんか入らない方が良い、と常々緒方さんがボクに言うのを真似して。
「そのままの方が良いよ」
緒方さんと同じような欲求を持つのだ。ボクは、緒方さんと同じような欲求を持つことが出来るのだ。
緒方さん、ボクね……
ボクは囁く。
小さな声を、彼は聞き漏らしたに違いない。


next