ウソツキ





イルカはカカシが嫌いだ。
カカシは好い加減な人間で、ウソばかりつく。
まるで相手の気持ちや立場など考えず、ウソをついてはイルカを騙し、自分にとって都合の良いようにさせてしまう。
そもそも二人の付き合い始めからしてそうだった。
出会ったばかりのころ、イルカはカカシを苦手なタイプのひとだと思っていて、必要以上には話したり、一緒にいたりしなかった。ナルトたちの担当上忍、それだけの付き合いだと思っていた。
それなのに何故カカシがイルカに恋心などを抱くようになったものか、そちらのほうこそ謎は深いが、或いはカカシは余程アタマがにぶくて、忍者としてはキレモノなのかもしれないが、ひととしてはどっか切れちゃったひとなんじゃないかと、イルカはそんなふうにすら思うのだ。
ともかくある日、そうあの日。
唐突にイルカの部屋へ押しかけてきたカカシは息せき切って
「遠くへ任務に行くことが決まりました」
と告げた。
その物言いはいかにも深刻で、重要な任務を彼が負ったことを思わせた。
「ずっと好きだったんです、どうか最後に」
彼は冷え切った手で、イルカに触れた。
背中に回された腕は震えて、しがみつくように握られたシャツの背中は彼の手の汗でしっとりと濡れ、必死な彼の額は青ざめて澄んだような色をしていて、それを見てイルカは
「どうか最後に、イルカ先生」
……イルカは、断れなかった。
どころか、胸の奥が痛みすらしたのだ。

翌日からカカシは予告どおり任務に出かけた。
しかしそれはナルトたちの班と一緒の任務で、遠方ではあるが隣国への書の使いで、別段危険というほどのものでもなかった。一週間程で彼は帰郷した。
ウソはついていない。
確かに彼は遠くへ行った。
長くかかる任務だとも、危険な仕事だとも言わなかった。
けれどやっぱり、あれは、騙したんじゃないか。
あんな深刻そうな言い方をして、さしたる交流もないイルカのところへ突然の訪問とくれば、誰だって、今生の別れかと心配するじゃないか。
だから、イルカはカカシが嫌いだ。

それからもちょくちょくカカシはイルカを騙した。
その度に騙される自分も自分だとは思うが、彼のウソは、もし本当だったらと胸の痛む、辛いウソが多かった。
なんてタチの悪いウソツキなんだろう、彼は。
ついて良いウソと悪いウソで分別するならば、彼のウソはついて悪いウソだ。ひとを傷つけるようなウソだ。

数日前、校庭の入り口にある桜が咲いた。
一日経ち、二日経ち、花はどんどんと開き、今はもう満開に近い。
夜、そろそろ寝ようかとベットの上へ横になった丁度その時、窓が叩かれカカシが顔を出した。
「イルカ先生」
カカシはにこにことしていた。
イルカは瞬時にしてイヤそうな表情になる。
「先生、そんな顔しないで、今日はあったかくって気持ちいいし、ま、ちょっと夜中の散歩でもしましょうよ」
開け放たれた窓からは、確かに暖かい、そして強い風が吹き込んでいた。
「風、強いですね」
窓を閉めて下さい、となんとなく言いそびれたまま埃が部屋に入るのを心配して、手早く身支度する。
「ええ、だから早くしないと花が散ってしまうと思って」
きっと今日で終わりですよ。
カカシはそう言い添える。
またそんな言い方をして、とイルカは思う。
そんな言い方をしてひとを急かす、と。
行かなければならないと思ってしまうではないか。

木の葉は山里である。
谷に密集した里の居住地から少し歩けばもう山中で、この生暖かい春の嵐の夜には出歩く人影もなく、静かな花の名所を探すことなど容易かった。
普段は人々がそのすぐ下を通行する火影の顔岩の付近。
小高くなった場所に二人は腰掛けた。
日当たりのよいその場所には桜の大樹があって、今、盛りを迎えている。
風がごうと吹く。
雲は夜空を重苦しく覆い、弱い月光すら隠し、ただぬるい風だけがごうと吹く。
木々の葉は黒く影のようで、そこだけ白い桜の花が、発光するように浮き立って見えた。
「今日来て良かった。誰も居ないし、花も満開だ」
言葉通り楽しそうに、カカシは持参したらしいレジャーシートの端にサンダルを置いて飛ばないように押さえる。
遠足に来た子供みたいで少し可笑しかった。
「ねえ、もっと傍に座って下さい」
カカシが無理矢理くっついてくる。
イルカは不機嫌になる。なにしろ、イルカはカカシが嫌いなのだ。
嫌いなひとの傍にいて楽しいわけがない。
「ね、イルカ先生、これが最後かも知れないんだから」
「…………」
イルカはカカシの顔を見た。
人が悪そうに笑ってる。
あきれた、また騙す気だ。
ろくでもないことを言う気だ。
「今度はなんですか?難しい任務ですか、病気ですか、怪我ですか」
苛立ったようにイルカが声を荒げる。
どうせまたウソだ。相手にしなければいい。
「もし二度と会えなくなったとして」
カカシはそこで語を切って、黙った。
そしてイルカの肩へ頬を乗せ、目を閉じる。
なまぬるい風が花を吹き散らしてゆく。
それでも今幸せだから、いいや、と呟きが聞こえた。
イルカはどうしようもなく苛立って、居ても立ってもいられず、カカシを嫌いだと思う。
どうしてそんな気の引き方をするのか。
最悪だ。
大嫌いだ。
二度と会えなくなったとして。
繰り返し、胸の内に思い返して、辛いと思った。
悲しい気持ちになった。

どうしてこんなに胸が痛むんだろう。

だから、イルカはカカシのことが、大嫌いなのだ。






end



季節はずれの話題で恐縮です・・・とあるサイト様のイラストを拝見していて思いついた話です。
色彩が凄く綺麗で、花見なのに曇ってて余計な明かりがなくて凄く素敵だったのです。