目をしっかりと閉じて、あなたを思う。
あなたの手はオレの髪に触れ、優しく撫ぜる。風のようにさわさわと、額当てが外されて髪が落ちる。頬に触れる。
乾いた唇が喉許に押し当てられる。まるでずっと外に居たみたいだ。オレは目をつむったままで、その唇を指先で探り当て、なぞる。
「可愛いじゃねぇか。おう、我慢しろ、最初は誰だってこんなもんだ。若いうちはよ」
そうだ。
慣れないうちは、少し緊張するものだ。例え相手があなたでも。
あなたはオレの背を抱いて、なるべく柔らかな寝所へ誘う。
オレはただそれに従う。
何も知らず何も見えず何も聞こえない。
風の音はしない。
寒くもない。
今は、そうだ、ほのぼのと明ける暁の時刻だ。そんな時間がオレは一番好きだ。
あなたの乾いた唇がオレの口を吸う。
少し乱暴にあなたは舌を絡ませるだろう。まるで待ちきれないと言うように。
好きだ、と、あなたは言う。オレはまるで処女みたいに子供ぶって頷く。あなたは笑わない。愛しいもののようにオレを抱いて、撫ぜてくれる。
やがて優しく触れる手が擽るように動き出して、オレはすっかり気持ち良くなる。あなたはオレの耳朶を意地悪するように少し引く。
「あ……んぅ」
「いいか、しっかり人の言うことは聞けよ、ガキが。でしゃばりやがってよ」
目は閉じたままで。
何も聞こえない。
あなたはオレをガキみたいだと言ったのだ。実際オレはまるきりガキみたいだろう、あなたの前では、何をしても上手くゆかない。オレが何かミスをする都度、あなたは歯痒そうに「駄目ですねえ」と微笑む。オレじゃ駄目なんだ、代わりにやってよ。そう言えば「甘えてばかりですね」と困ったように、手を貸してくれる。
「何でも、自分のほうが上だと思ってんだろ」
聞こえない。
風の音で。
いや、風の音はしない。ここはあなたの寝室なのだから。
やわやわとあなたの指はオレの胸の上を滑り、尖った乳首を摘む。オレが慌てて身を捩ると、あなたはキスを繰り返し、あなたを拒むように出してしまったオレの手をそっと引寄せて咎める。
「好きなんだろ、こんなの」
ああ、あなたが好きだ。
好きでしょう?とあなたが繰り返す。好きだ。あなたが好きだ。

あなたは少しせっかちだ。
オレの股間を無理矢理まさぐって勃たせると、もうすぐにでも後ろを弄ってそこへ入れようとする。いつもはこんなことしないのに、今日は早く一つになりたがる。
「あ、待って」
思わず言うと、あなたはオレの髪を幾度となく指で梳いて、じっと待っていてくれる。内腿のあたりを探り、温かい手のひらでオレのペニスを覆い、悪戯するように緩く揉んだ。
「ん……ふ、う」
じわりと焦らす動きがもどかしくて、オレはあなたに腰を押し付けるように揺すってしまう。早く。もっとしっかり、して。あなたは笑う。待ってって言ったでしょう?そう言って、こめかみにキスをする。オレもあなたの額に、肩に、胸に、口付けながら、今度は早く、とふざけて告げる。笑い声は二人分になると甘い。困ったような顔をするあなたは、その実少しも困ってなどいないのだ。
オレはオレの性器を包む彼の手に、自分の手を重ねる。指と指の隙間から、自分のペニスが濡れているのに触れる。ぬるぬると、零れた精液は彼の手を濡らし、その指をオレは擦り、彼の息が乱れるのを感じた。
彼の指を根元から先端へ軽くなぞり、行き来させ、先端を擦って親指の腹で間接のくびれを刺激する。ぬるぬると、その指は精液に濡れて、まるで勃起したペニスのようだった。
あなたは眉を寄せ、夢見るようにオレの胸に顔を乗せて、気持ちいい、と呟いた。あなたが良ければオレも良い。
あなたは濡れた指でゆっくり後ろを解し、その間に何度もキスをして、しつこいくらいにオレの名前を呼んだ。

「……ッ」
後ろにあなたのモノがあてがわれ、ゆっくり沈んで来たときには、きちんと慣らしたはずなのに、とても痛んだ。
濡れていない場所にねじ込まれたから。
そうじゃない。
あなたはゆっくり慣らしてくれたのに、痛かったんだ。
ごめんね。意味もなくオレは謝る。あなたは不思議そうな顔をしている。
痛い、なんて思ってごめん。
その意味はあなたには伝わらない。
あなたが気遣うように動き出す。次第に止められないというふうに激しく動く。名前を呼ぶ。オレはあなたの。あなたはオレの。
「うん……ああ、ああ……」
ああ、こんなに揺さぶられたらアタマが馬鹿になっちゃうんじゃないだろうか。でもいい。もう、これでいい。どうにでもなりたい。もう他に何も出来ない人でいい。
身体は急激な熱に浮かされて、どんな無理な体勢も苦しく感じない。まるで浮かんでいるみたいだ。水の中のようだ。オレは今にもイきそうなのを、あなたに合図して知らせる。あなたが頷く。頷いたくせに焦らすように、僅か、動きを遅くする。深くに快楽は沈み、甘い寒気が全身に込み上げて、はちきれそうに突き上げて、だるいくらいに手足の末端まで痺れて、堪えて、堪えて、オレはあなたの顔を見上げる。
あなたは、少し苦しむ表情で、泣き出しそうな顔をして、オレを見ている。オレも今、きっとこんな顔をしているのだ。
「っく」
喉が変なふうに鳴った。勝手に膝が大きく開いた。不自然に掲げられた自分の腰の先、突っ張った性器の先から、白い液体が勢いよく吹き出るのが見えた。
「……は、あ……や……ああ」
ひくひくと震えながら射精しきると、あなたも同時にオレの中に出してきた。苦しそうに何かうめいている。それは睦言の切れ端だった。好きだとか、いい、とか、オレの名前とか、そんなこと。
オレはしっかりと目を閉じて、あなたの姿を眺めていた。
オレは耳を塞ぎ、聞いた。
風は吹かない。寒くもない。あなたの匂いのする、あなたの寝室。
埃にまみれたオレの髪を、あなたは優しく梳いてくれる。
いや、埃にまみれてなんかいないはず。あなたの優しいベットの上で。

しっかりと目を閉じて、あなたの体温を感じていた。
あなたが好きだ。とても好きだ。
まだ出会わぬ、あなた。





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見知らぬ恋人 02/11/29