好き嫌い
カカシは好き嫌いが多い。
その日の晩も、イルカの作った昆布巻きを残した。
「カカシ先生、ちゃんと全部食べてください。昆布は栄養があるんですよ」
イルカはそう言うが、それでも嫌いなものは嫌いだ。
何のかんのと言って食卓から逃げようとするカカシに、
「仕方がないですねえ」
とイルカが溜め息をつく。
イルカはカカシに甘い。
始めはカカシが無理やりイルカのアパートへ押しかけて来たようなものだったのに、今ではカカシのために食事を作り、風呂を沸かし、セックスしてくれる。あれこれと文句を言いながらも結局はカカシを甘やかしてしまうのは……
(やっぱり、オレのこと好きだから?イルカ先生ったら!)
そんなふうに考えると、楽しい。
だから偏食に小言を言うイルカのことを、ついないがしろにして平気でいてしまったように思う。
どうせ許してくれる。
折角作ってくれたのに悪いなあ、と、思いながらも、結局その日もカカシは昆布巻きをそっくりそのまま食べ残してしまった。
夜更けて。
「ねえ、イルカ先生」
カカシは同じ布団で眠る恋人の身体を、左右に揺さぶって起こす。
「ね、しましょ、ね、ね」
「うーん……オレ、今日は疲れてるんですよ……」
イルカがだるそうに目をこする。
「酷ッ!イルカ先生、オレのこと愛してないんですか?酷いですッ!酷いですーッ!」
「酷いって……だって、そんな」
「酷いですよ!ここんとこずっと、そんなことばっかり言ってすっかりご無沙汰じゃないですか!倦怠期の夫婦じゃないんですよ!熱い恋人同士なんですよ!若さ溢れてるんですよ!」
「本当にここんとこ仕事が忙しくて、疲れてるんですよ……」
「イルカ先生〜!」
「あー……もう、ハイハイハイハイ!」
このままでは寝かせてもらえない、と判断したイルカがカカシのシャツを手早くたくし上げる。カカシは嬉々としてイルカの首に手をまわしながら、行儀悪く足でズボンを脱いだ。
「あ、嫌です……そんなトコばっかり……」
カカシが身を捩る。
イルカはカカシの特に弱いところだけを強く刺激する。乳首や臍のまわりを舌を尖らせてなぞり、同時に握りこんだ性器を上下に摩擦する。アカラサマに手早くコトを済ませようとしての行動であった。
「ま、待って……待ってって言ってるのに!」
急激な刺激は、却って快楽を逸らす。
「いッ!」
イルカは無言だ。一心にカカシを追い上げる。
すっかり外に露出した敏感な部分に指をたてられ、背筋を嫌な痺れが走った。汗がどっと吹き出る。
酷い!
自分が強引にイルカを誘ったことなどすっかり忘れて、カカシは乱暴にされてハラをたてた。ぴりぴりと、痛いようなむず痒いような、とにかく強い刺激だけが伝わってくる。苦しい。
「あッ……い、嫌です、やめて、一度イかせて」
ついに堪らず、カカシがイルカの手を掴んで止める。
「カカシ先生……イきそうですか?」
本当は、イきそうというのとは少し違ったが、とにかく楽にして欲しくて、思わずカカシは頷いた。一度、もう、自分で抜いてしまおう。そう思ってイルカの身体に抱きつくようにしながら、宥めるように、ゆっくりとした動きで自らのモノを扱きだした途端。
「一緒にしましょう?」
甘い声で言われ、その手をとられて抱き寄せられた。
優しい。嬉しい。でも無理なものは無理だった。
無理ッ!無理です!イルカ先生―ッ!
心の中で叫びながらも、あっと言う間に後ろに冷たい感触がして、ジェルかなにかをぬられ、挿れられてしまうのだった。こんな強引なイルカは初めてだった。
酷い。
熟睡するイルカの寝顔を眺めながら、カカシは何度目とも知れぬ呪詛の呟きをもらした。しかし、その呪いを受けるべき相手が安らかな夢の中では、効き目も期待できない。
カカシを煽るだけ煽って悶えさせたくせに、今日のイルカはこらえ性が無く、あっという間に自分だけ達してしまった。さすがにそれは面目無いと思ったのか
「すみません」
と、しきりに恐縮していた。
思えば、イルカは最初から疲れていると言っていたのだ。
そもそも付き合いだして一ヶ月。未だイルカのほうが先にイッてしまったというのは二人の間の経験には無いことで、カカシもどのように対応するのが善策なのか計りきれなかった。プライドを傷つけてもいけないし。
そこで、ひとまず当り障りのなさそうなフォローを入れてみた。
「いいんですよ、疲れていたんですよね」
それが良くなかった。
イルカはそのカカシの一言にほっとしたのか
「すみません、ほんと」
いつものクセで鼻の頭を掻いて照れ笑いし、なんと本当にそれだけで就寝してしまったのだ。
いいんですよ……って、本当に良いわけがあるかッ!!
当然続きをしてもらえるものと思っていたカカシは眠れず、悶悶として更けてゆく夜に耐えた。
ざぶん、という水音で目が覚めた。いつの間に眠っていたのだろう。
ぱっと見開いた視界に、黄色がかった明かりが広がり、次に自分の身体が水中に沈むのを感じた。咄嗟のことに動揺しはしたが、そこは腐っていても上忍。どうやらイルカのアパートの風呂場であるらしいことと自分がその浴槽に沈められたらしいことを即座に理解し、水を飲まないように息を止めた。もがけば耳から水が入り、上下が分からなくなってしまう。落ち着け、と自分に言い聞かせて、とにかく水面に顔を出そうとした。どこか不自由だった。ああ、腕が縛られている……
浮力を上手く利用しながら体勢を立て直し起き上がったが、少し水を飲んでしまったようだった。
「さすがですね!」
この状況には不似合いな、明るい声が響いた。
「い……イルカ先生……」
カカシは思わず呆然とし、普段寝巻きにしている浴衣のままで無邪気に手を叩く男の姿を、信じられない面持ちで眺めた。
イルカが自分を浴槽に沈めたのだろうか。
まさか、そんな、何で。
呆けて言葉も出ないカカシに向かって、イルカはお似合いですよと言った。お似合い。お似合いとは、もしかして、両腕を身体の前に拘束している、この何か黒っぽい紐のようなもののことを指して言っているのだろうか。平べったくて、長くて、少しぬめりがあるソレ。見覚えがあった。
「これって……昆布ですか?」
他にも聞くべきことはたくさんあるだろうに、まず口をついて出てきたのは、恐らく最もマヌケな質問だった。
「はい、そうですよ」
イルカは事も無げに答える。
何故昆布。しかもどうやら、カカシは全裸だった。夜中に全裸で恋人の部屋の浴室で昆布で縛られる。これ以上に非常識な状況は、過酷な日々を過ごした暗部時代にも未経験だった。
「あのう……何で昆布なんでしょうねえ」
何となく、これ以上状況を悪化させないためには、穏便な態度が必要であることを、本能的に悟ったカカシが、作り笑顔で判断の材料をイルカから引き出そうとする。
「ああ……」
イルカが薄く微笑む。視線を、カカシの身体の上へ流しながら、微笑んでいる。怖い。てか、もしかして、イルカ先生がオレを昆布で縛ったの?
「昆布はね、良いダシが出るんですよ。栄養もあるし」
そこまで言って、イルカ先生は堪えられないというふうにクツクツと声をたてた。
……そうか、イルカ先生が縛ったんだ……そうか……。
うっかり意識が遠のきかける自分を叱咤しながら、カカシはとりあえず腕の昆布を解こうかと考えた。
「解いたら別れます!」
すると、その考えを読んでいるかのようにイルカが鋭い声を発する。
そして動きの止まったカカシを、さも楽しいとばかりにしばらく眺めていたのだった。
やんわりと湯の中に肩までつからされて数分。
イルカはいつの間に、どこから持ってきたのか、籠いっぱいの野菜やら果物やらを浴槽の中へ入れ始めた。リンゴ、ネギ、シイタケ、人参、豆腐。
どれもカカシが普段食べ残すものばかりだ。
パリっと、何かの袋を破る音がした。白くて糸状の……
「ううッ、イトコンニャクまでッ」
袋からあけられたイトコンニャクは触れるか触れないか、生殺しのようなタッチでカカシの腿へ絡みつき、たゆたう。既に浴槽にゴロゴロとひしめく食材が、水面が揺らぐのにあわせて、必要以上に重たい波を起こして移動する。身体が揺さぶられる。何故か自分は勃起しているようであった。水面が肌を張力で舐める感触に、呼吸が乱れてゆく。
「増えるワカメもいれようかなあ」
「やめて下さい〜、ワカメは増えるからやめて下さい〜」
イルカは冷たい目をしている。
プ……プレイ?
背筋をゆっくりと掠めて、豆腐が沈んでいった。
気がつくと、浴槽からあがって、洗い場の床へ膝をついていた。いつのまにかイルカも裸になっている。
昆布は依然ぬめりながら両腕を戒め、ダシくさい芳香を醸していた。
すっかり張ってしまった下腹が熱い。はやくイルカがどうにかしてくれるのを、待っていた。
「お好きなんじゃないですか、野菜」
カカシの下肢の間に、ぐい、と爪ま先を突っ込んで、押し上げながらイルカが言う。意地悪く、その足を何度か上下に動かした。
「ん……んんッ……」
それだけで堪らなくなって、カカシの膝が崩れそうになる。どうしてこんなに感じるんだろう。頭の中が性感でいっぱいになって、馬鹿になってしまいそうだった。
「い、イルカせんせ……」
カカシが縋るようにイルカを見上げる。
「何です?」
イルカは素っ気無い。
つ、冷たい……
急に胸の底から悲しくなって、体中が締め付けられるような気がした。イルカに優しくして欲しくてたまらなかった。こんな気持ちは初めてだった。
「イルカ先生……抱いて……」
まるで振られかけた女みたいな、陳腐な台詞だと思った。
不思議なことであるが、悲しいと思って胸が痛めば痛むほど気持ち良くなる。
「さあ、どうしましょうかねえ」
イルカが乱暴にカカシの髪を掴む。
あ、イく。
悦いコトは何もされていないはずなのに、一息に浮遊感があって、ぶるっと身体が震え、カカシは果てそうになった。その途端。
「……ッ!」
イルカが強く股間を足で踏んだ。
何故か、そうされると、イけない。
カカシは身悶えて、あ、とか、う、とか、まるで意味をなさない呻き声をあげた。
「出したいですか?」
イルカの問いに、カカシは何度も頭を振って頷いた。
「じゃあ、好き嫌いせずに食べてくださいね」
そう言ってイルカは自らのペニスを扱いて立たせ、差し出した。カカシは昆布が絡んで不自由な両腕で、どうにか上体を支えると、従順にそれをしゃぶり始めた。
だが、次の瞬間に衝撃が待ち受けていた。
「!?」
昆布だ。
イルカの局部は、一体どんな理由によってか、昆布巻きと同じ味がする。
「残さずちゃんと食べて下さいよ」
イルカが微笑んでいる。
ぐいっと喉の奥まで押し込まれた陰茎は、昆布の味なのにドクドクと脈打っていた。
ちょっと怖かった。
カカシは懸命に昆布味のイルカに奉仕した。
つるっとした先端は、今やその舌触りまでが昆布に酷似していた。カカシの顎を、飲み下せない唾液が伝う。何しろ昆布味なので、絶対に嚥下したくないのだった。
(どうしてこんなことにッ!)
混乱し、エヅキながら竿の裏側を吸い、先端を啄ばんだ。ちらりとイルカの表情をうかがうと、眉根を寄せて、うっとりとカカシを見下ろしている。
気を抜くと腕に巻きついた昆布がずり落ちてしまいそうになるので、不自由で仕方なかった。でも、解けたら別れられてしまうらしいし。焦れったく身動ぎするカカシの股間は張りつめきって、滲み出た分の精液が、ぽたりと滴になってタイルの床に落ちた。
いきたい。
イルカにそれを訴えようとした。すると、
「いいですよ」
まだ何も言わないのに、イルカが答えた。
許してもらえるんだろうか。
だが、和解するにはイルカの口調は冷淡だった。
何が悪かったのだろう。
イルカはいつの間にか長ネギを手に持っていた。根元が白く、葉(?)のほうが緑の、ネギ。それでぴしゃり、と足の間を打たれたとき。
「……あ、あ、ああッ!あッ!あッ!」
カカシは思わず声をあげ、全身が解放感に満たされるのを感じた。
(オレが……オレが昆布巻きを食べなかったばっかりに!)
イルカの軽蔑するような視線に見据えられながら射精し、あまりの快楽に震えながら、カカシはふとそう思って後悔した。
後悔のしたいときに昆布は無し。
最後に浮かんだのは、そんな意味不明の訓戒だった。
正体の分からない、イヤな肌触りにイルカは目を覚ました。
ぼんやりとする視界に、カカシが目を細めてこちらを見ているのが映った。彼も自分も衣服を身に着けていない。
そうだ、夕べ、そのまま眠ったんだっけ。
多少の気恥ずかしさを感じながら目覚めの挨拶をしようとして、彼がこんな朝早くに目を覚ましていることを疑問に思った。
「あ、おはよーございます!」
やけに清清しくカカシが言う。
いつもはイルカに「オハヨウは?」と促がされるまで挨拶なんかしないのに。
イヤな予感がした。イヤな予感というか、そういえばイヤな肌触りがしたのだった。何だろう、布団の中がやけに湿っぽいような……ぬるっと生乾き。
「アナタ……まさか……」
恐る恐るも布団の襟を摘んで中を覗こうとするイルカの手を、薔薇色に頬を染めながらカカシが引き止めた。
「嫌……そんな……」
「そんなって、まさか」
「……夢で出ちゃいましたvv」
てへ、とカカシが小首を傾げる。
朝の空気は静謐だった。
「可愛くしても駄目―ッ!」
「だってイルカ先生が最後までしてくれなかったからじゃないですかー!」
「逆ギレですか?!」
「それがなんです?!」
「開き直って……どーすんですか、布団!!」
「愛で乗り切ってください」
「アホかー!」
その後ひとしきり布団を洗おうとするイルカと、恥ずかしいから駄目だと言い張るカカシとが争ったとか争わなかったとか。
カカシの好き嫌いの品目が減ったのかは、二人の秘密らしい。
オハリ。
これは以前恋愛トーテムポール様の裏ページへ申し訳なくも置いていただいたものです。現在恋愛トーテムポール様に裏ページはありません。ご理解のほど宜しくお願いいたします。
藤塔さんが裏ページに描かれていた、ガムテープ拘束カカシのイラストを見てうっかりこんなものを書いてしまいました。怒らずにサイトにおいて下さった藤塔さんの心の広さに感謝します。ガムテープがさ・・・・なんかツヤ光りしててさ・・・・海産物を連想して・・・・。(何故)
すんごく色っぽくてかわいくてやらしくて素敵なカカシでした。
お見せ出来なくて残念です(笑)。