番外編 讃岐平野卒業旅行

なかむらの建物
なかむらの建物
3/17 3日目

 朝起きると雨だったが、こんな時は車で来た事を至福に思ってしまう。駐車場では、関西方面のナンバーを付けたバイクが停まっていたが、十代と思われる若者達の装備はツアラーとしてまだまだ未熟であった。あの装備ではこの雨に苦労するだろうが、自分にもこんな時期があったのを思い出す。

 さて、今日最初のうどんは著名な「なかむら」へ向かう。だが、なかむらを目前にした所でハプニングが起こった。Nの運転するワゴンRは、ドラム缶の角に置いてあった大型コンテナをかすってしまったのだ。その時車内では悲鳴が叫ばれていたが、実際に損傷を確認するのはもう少し後となる。なかむらのうどんは美味かった。ネギはまな板に沢山あったけど、私は生姜オンリーで食べたのでネギ畑は体験していない。
田村にて
田村にて

 相変わらず降り続く雨の中を「田村」へと向かう。田村は、私が初めてさぬきうどんと出逢った店であり、セルフ初体験の店でもある。店構えはその時と変わらず、喫茶店の様なコカコーラの看板も健在だった。初めての時は麺を湯がき過ぎて失敗したので、今度は頂いた麺にそのままダシを掛けて食べた。絶品。
バンパが〜!!
バンパが〜!!

 至福の内に田村を食べ終わった後、Nにとっての悪夢がやって来た。先ほどのなかむら進入時に、やはりバンパーをコンテナへかすっていたのだった。悲鳴をあげるTと「ごめんな〜」と謝るN。しかし天性の性格からか、顔から笑みが消えないので説得力があまり無い。するとTは、歯磨き粉で丁寧にバンパーの傷を擦り始めた。よく分からないが、こうすると良いらしい。
蒲生だね
蒲生だね

 次は蒲生へ。今までは玉数を稼ぐために天ぷらを我慢していたが、ここで初めて天ぷらへ食指が動いた。おもむろに丼へ載せたのは茄子の天ぷら。そう、食べるまでは茄子だと思っていたのだが、噛んでみたら昆布の天ぷらだったので驚いた。昆布の天ぷらなんて初めて食べたが、「ほう、なるほど」と納得してしまう。もちろん、うどんも美味かった。さて次。
大西酒店にて
大西酒店にて

 Tの所属する醸造環境学研究室。そこの先輩が観音寺市の出身で、お勧めの店がある様なので一路観音寺市へ。いきなり先輩の実家である酒店の駐車場へ乗り入れ、速攻で記念写真を撮り立ち去った。怪しい事限り無しだったが、まずはお勧めの「つるや」で一杯食し、近くの宮武製麺でお土産用のうどんを購入した後に改めて訪問してご挨拶。ここでもご両親にお勧めの店を教えて戴く。

 お勧めのうどん「大喜多うどん店」は高松自動車道を潜るとあった。いい加減胃も疲れている筈だが、それでも何故かうどんが入ってしまうのが恐ろしいところ。それも、うどんが美味い事以外にどう説明がつくのだろうか。ここでお昼時も終わったので、帰路に備えて高松市方面へと向かう。
 2人に「最後に食いたい店はどこ?」と訊ねると、2人とも口を揃えて「馬渕〜」と言う。最初に訪れたセルフ店という印象だけで無く、ダシの味に2人とも惹かれたらしい。それならと、比較的遅くまで営業している馬渕へ再び訪れる。店のご夫婦と談笑し、白身魚のフライも食べ、トイレまでお借りしてすっかり馬渕を満喫。ここを最後の店として、香川県を西進して淡路島へと向かう。鳴門海峡を渡った頃には日も暮れて、明石海峡大橋は見事にライトアップされていた。四国ともお別れである。
3/18 4日目

 その後どうしたかと言えば、大阪を通過して阪奈道路を走行。天理市の異様な光景に驚いて名阪国道に乗り、名古屋では小牧市の健康ランドに宿泊。翌日はひたすら国道1号線を西進し、東京へ着いたのは深夜23:00頃であった。ここで狭いワゴンRの旅は終わった訳だが、今は「また行きたい」という想いがフツフツと湧き出ている。3人とも就職して東京, 福井, 長野へと散らばったが、なんとか都合をつけて行きたい。それ程うどんは美味く、気の合う仲間で味わうには最高の食事なのだから。

合計12玉食

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