海外仕様のメイト達
日本から世界へ最も羽ばたいたオートバイ......、それはホンダのスーパーカブである事に議論の余地はありません。古くはヨーロッパや北米へ、そして現在でも大活躍しているアジア圏と、世界の至る所へカブは輸出されました。雑誌でカブの特集が組まれれば、カブの歴史と共に当時の海外仕様カタログなどが掲載され、その事実は多くの方が知るところとなっています。
しかしメイトも、実用車の需要が有る所の世界各地へ輸出されていました。今まで、その詳細は殆ど知られてはいませんでしたが、様々な特色を持った海外仕様車が生産され、そして活躍しています。そんな仲間達を紹介しましょう。
V7E 北米仕様 71年式
カナダはマニトバ州の州都、ウィニペグ在住のBarryさんによって明らかになったモデル。1971年から1975年にかけて、アメリカとカナダで販売された北米使用のV7E(YAMAHA 75)です。現地のレギュレーションによるサイドリフレクター(当時は日本でも装備されていましたが)、間隔の開いたウインカー、ナンバー灯別体のテールランプなど、基本構成は国内仕様のV70と同等としながら、独特の雰囲気を醸し出しています。
ちなみに、初期型の車体色はマンダリンオレンジ、後期型は画像のメタリックコズミックブルーだった模様です。
シートは、現在もアフリカ仕様V80に装着されているタイプのダブルシート。クランクケースにセルが装着されているのが分かります。約5年と短命に終わってしまった北米仕様ですが、それには訳がありました。
発売当時の1971年、北米ではガソリンの価格が日本に比べて格段に安く、人々がバイクを購入する際の条件において「経済性」という項目は然程重要ではありませんでした。1973年のオイルショックによって、一旦は「経済性」が重要なウエイトを占める様になりましたが、それでもV7Eは短命に終わる結果になってしまったのです。
それは、アメリカ大陸が余りにも広大であり、市街地の道路条件等も日本とは全く異なっていた事が一因でした。結局、V7Eは学生など一部のユーザーに受け入れられて終焉を迎えました。加えて、自然環境等の気象条件も地域によって全く異なります。Barryさんの住むマニトバ州は、冬場の最低気温が約-30度まで下がるそうですから、バイクを実用的に使う期間は極めて短い環境も多い様です。
アフリカで発見されたV50D
アフリカ大陸はナイジェリア連邦共和国の元首都(1991年迄)、ペナン在住のアメリカ人daveIさん提供によるメイト。画像が少々鮮明では無いのですが、一見2000年式のV50D国内仕様と相違無い様に見えます。唯一異なるのは、別体式タンデムシートが装着されている点ですが、タンデムステップは装着されていません。
このブツは現地で転売されていたのを入手した様で、ペナン共和国のコトヌでも購入可能な時期があったそうですが、現在では購入可能か不明な模様です。日本から流れてきたのかもしれませんね。
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