Mate & Me

YAMAHA Mate V50D '85 model

1978 I was born
In 1978 I was born, Even the '78 V80D came to the parents' home. But, when I was child. I did not have interest in it.

1985年 小学2年生
 私と現在のメイトの出会いは、実家のメイトが発売された1985年。私はまだ小学2年生でした。当時、メイトは私にとって単なるバイクに過ぎず、たまに跨ってキックを踏み降ろして遊ぶ程度の関わりしかありませんでした。

1997年 高校3年生
 月日は流れ、私も高校3年生に。大学への進学も決まり、冬休みを過ぎると自動車の免許を取る為に教習所へと通い始めました。既に中型免許を取得した友人のバイクに度々乗る機会のあった私は、徐々に自由な足としてのバイクへ興味を抱き始め、免許取得後は友人から安価でNS50Fを譲り受ける事になっていました。

 となると、当然実家にあった実用車も運転したくなってきます。まだ教習所通いの途中だというのに、朝の4時に起き出して寒風の中近所でメイトを走らせる私。それ迄自転車少年だった私は、こがなくてもパワフルに加速する事や、遠心クラッチの便利さ、自転車と比べたら余りに重い車重等に感動の連続でした。ですが、この時はまだメイトは私にとって、他の大多数の人々と同じ「カブ」という漠然とした認識しかしていません。

1997年 大学1年生
 大学生になってNS50Fに乗り始め、段々とバイクについての知識が身に付いてきます。すると、実家にあるのは「メイト」である事、カブと違って2サイクルエンジンを搭載している事が分かってきました。大学入学半年後、私は中型免許を取得してVT250SPADAを購入。この頃になると、絶版車であるSPADAの情報を得るべく、絶版車カタログの類を探し回るようになります。

 そのついでにメイトの歴史も見ると、実家のメイトは1985年式である事がわかりました。その上、実家の倉庫に眠っている不動車のメイトは1978年式である事も判明。その両方が、今となっては希少な年式である事を知り、徐々にメイトの事を調べ始めます。

1998年 大学2年生
 大学2年生の夏、念願のBROS購入の為に長野県の白樺湖畔にあるホテルで住み込みのバイトをする事になった私。現地は公共交通手段の使い勝手が悪い高原なので、バイクを伴って赴任するのは自然の摂理です。ところが、運悪くSPADAはリヤホイールベアリングのガタが発見され、遭えなくバイク店へと入院。残った手段は、メイトをお供にするしかありませんでした。

 メイトは現地で大活躍してくれました。コンビニへの買出し等はもちろん、娯楽の少ない山奥の事、仕事が終わると毎日のように暗くなった峠道の下りにメイトでアタックしていました。フケ上がりの軽快に2サイクルエンジンの事、以外にキビキビと走るメイトの乗り味をすっかり覚えてしまったのです。

1999年 大学3年生
 さて、実家に帰る度にメイトに乗るのが楽しくなった頃、インターネットにはカブのホームページは沢山あるのに、メイトのページが1つも無い事に気づきました。丁度BROSのページを作ろうと目論んでいた私。恐らく世界初のメイトのページを立ち上げる事となったのです。

2000年 大学4年生
 いよいよ学生生活も最後の年を迎え、就職活動の面接にメイトの力を借りる事に。実家より約60km余り離れた企業へメイトで向かいました。さすがビジネス車、スーツで乗っても全く違和感は無いし、革靴の甲部分もチェンジペダルで痛まなくて済みます。
 そしてメイトのご加護か、面接も見事に合格。ただ帰宅して鏡を見たら、Yシャツの襟が排ガスで黒ずんでいたのには驚きましたが。(^^;

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