厨房



ここは、店主の日々の生活を書き綴った部屋です。
更新は不定期です。

1999 6/15〜7/12 7/14〜9/07 9/16〜12/28
2000 1/05〜6/01 6/02〜10/10 10/22〜12/20
2001 1/12〜3/31 4/23〜2002/3/31
2002 6/08〜

12/28

  やっと実習から帰って来ました......といっても、東京に着いたのは12/24のこと。風邪をひいて25,26日と寝に費やした上、ホームページのデータを作成していたにもかかわらず、プロバイダーのメンテナンスの際の手違いでFTPアカウントのロックが為されてしまい、ページの更新が手付かずになってしまいました。

 しかも、せっかく更新したファイルを東京に忘れてくる始末。世の中暗いニュースばかりですが、中には明るいニュースもありました。SPADAを事故で失った弟が購入したCB400SFが我が家に来たり、念願だったメイトのタイプ3マフラー撮影に成功したり......と、どうでも良い事も多いですが。

 一番参ったのは、実習先で風邪をひいて寝込んでしまった事ですか。お陰で、実習で御世話になった皆さんにご迷惑をかけてしまいました。おまけに、眠っていた79年式SUZUKIバーディ50を発見してGet頂いてしまう暴挙も。だったら、「早く年賀状書けよ」という気もしないでも無いですが。また、地道に更新することにします。


12/09

 東京農業大学の醸造学科には、3年生の科目に「食品特別実習」という選択科目があります。これは、2〜3人一組で全国津々浦々の酒蔵、醤油味噌屋さん、食品メーカーへ住込みで実習を行うものです。私もこの実習を履修しているので、なんと明日から2週間の日程で栃木県のある酒蔵へと行ってきます。一緒に行くのは「T」もちろんバイクです。(^^;

 そこで、今日はもういい加減限界に使用限界に近づいたタイヤを交換する為、甲州街道沿いにある「エビナタイヤ」に行ってきました。今回チョイスしたのは、DUNLOPのARROWMAXことGT501。まだ皮剥きが終わってはいませんが、かなり乗り心地が良い印象を受けました。ダンピングが良く効き、路面の継ぎ目等の振動を非常に良く吸収している感じです。以前履いていたBRIDGESTONEのBT-45も、シャープでやや硬質なハンドリング、良好なウエットグリップが大好きでしたが、GT501も違った意味で良さそうです。深か目で大きな溝が、良好なダンピングを実現しているのかもしれません。

 しかし、今日はある意味それ所では無かったのです。弟がSPADAで事故りました.....。タイヤを交換してもらっていた時の事、突然母親から「弟が事故った」との連絡が。どうやら命に別状は無さそうですが、何時? 何処で? 怪我の状態は? 相手の損害は? 等の肝心な情報はまだ分からないみたいです。急いで弟の携帯電話にかけてみると、通じない......生きてるかぁぁ!?

 しばらくすると、弟からメールが届きました。どうやら、メールを送れるだけの元気はありそうなのですが、メールでは状況がよく掴めないので、弟の元へ向かう事にしました。どうやら救急車で運ばれたものの、怪我は大した事無くもう病院の外にいる様です。待ち合わせ場所に着いてみると、手に湿布とばんそうこうが貼って有りますが、衣服もこすれた跡も無く、体に心配は無い様子。しかし、どうやらSPADAと相手の方の車はダメージを受けた様子。救急車で運ばれた彼抜きで事故検分が行われた為、事情徴集の為彼を世田谷警察書まで送って行く事にしました。

 警察署に着くと相手の方は既におられ、交通課で弟の事情徴集が始まりました。事故の詳細は省きますが、どうやら弟は先行車の突然?の進路変更を避けられなかった模様。まぁ発生して間も無いので、お互い済みませんでした、という事で話もつきました。警察署を後にして、こんどはSPADAの様子を見に行く事に。事故現場に着くと、そばにあったガソリンスタンドの中にSPADAは置かれていました。右側のウインカー、ミラー、ステップがもげ、マフラーのサイレンサーも凹んでいました。一見フォークの曲がりはわかりませんでしたが、ステアリングステムにガタが発生しており、少なからずダメージを受けている様でした。何故かエンジンはセル一発で始動しましたが......。恐るべしVTのエンジン。

 結局、もともとSPADAを買い替え事に決めていた弟は、SPADAを廃車にする事を決定。この時点で、私の初めての中型バイクSPADAとの突然の別れが決定しました。そのまま近くのバイク屋さんまで押して行き、事故査定を依頼し終えた時点で、SPADAとの別れとなりました。最後に乗り収めしたいと思っていた矢先の出来事でした。

 さようなら、ありがとうSPADA......。君は良いバイクだった。



12/07

 日ごとに寒くなる今日この頃、みなさんどの様にお過ごしでしょうか。寒くなるとバイクに乗る回数も少なくなり、バッテリーの状態に気を揉んだりする季節ですね。バッテリーには、辛い季節です。 何故、バッテリーバッテリーと連呼するのか? というと、トラブルになりかけたからです。しかも出先で、それも夜暗い時に、東京から100km余り離れた彼の地沼津で。

 私は、浜松から東京へと戻る為に、国道1号線を東へとひた走っていました。ですが、夕方5時を回って暗くなってくると、停止しながらのアイドリング時に、何故かニュートラルランプの光量が増減しています。それも、まるでの単気筒小排気量車の如く.......

 最初は「ありゃ、まだバッテリー交換して2年経ってないのに、もう寿命なの?」と考え、バッテリーって高いんだよな......とか考えながら、そのまま100km以上走ってしまいました。しかし、何故か電力供給をバッテリーに依存していない3,000rpm以上になっても、何故かメーターパネルの照明ランプの光量も増減しています??。

 「なんなんだー、SPADAに続いてBROSもまたレギュレーターがパンクしかけてるのかー?」と、嫌な予感が頭の中を過ぎり、次の瞬間、修理のパーツ代捻出の事が頭の中をぐるぐるし始めました。ところが、信号待ちからのスタート時、何故かエンジンが失火しています......。うひーー、助けてぇぇ......あれ、こんな症状前にもあったのを思い出しました。

 結局、原因はバッテリーマイナス端子の接触不良でした。以前にも、この端子を固定するネジが緩んで、ポンポン失火しまくった事がありました。どうやらエンジンの振動で緩んでしまう様です。しかし単気筒のバイクならいざ知らず、位相クランク採用のBROSでこの症状が起こるとは。実は結構振動があるのでしょうか。私は、もう慣れていて気が付かないだけなのか。うーん。

 しかし、本当のバックファイヤーは何度体験しても嫌なものです。あの、エアクリーナーで消音された「スポン、ポン」という間抜けな音、一瞬死んでしまいそうになるエンジン、極端に落ちるパワー......。暗い冬空の下で「スポン、ポン」という音がする時程、背筋に寒気が走る事はありません。



11/30

 同じ学科の「T」の依頼で、彼のページを作る事になりました。まだ続編部分が相当あります。初めてバイクを買ったTが、僅か1ヶ月後に北海道へと挑む、生々しいドキュメントです。感想頂けたら嬉しいって言ってました。

 っていうか、喜ぶと思うので、よかったら感想をメールでお願いします。



11/25

 先日は白ナンバーだったAproliaの125ccのやつですが、今日見かけたらナンバーはピンクになってました。?????? でも、自賠責保険のステッカー貼ってないじゃん

 ブリヂストンのBT45は、耐久性に優れるので私の好きなタイヤですが、3万km程走ったフロントが流石に挙動不審になってきました。一応スリックサインは出ていないのですが、舗装の継ぎ目等の上に乗るとハンドルが取られる現象は2万5千km前後から現れ始め、最近ではコーナーでのグリップ自体にも、やや支障が現れるレベルにまで悪化しつつあります。

 まぁ、タイヤにとって2回目の冬を迎えようという時期ですから、気温の影響なども受けているのかもしれません。本来ならば交換を考える所ですが、リアがあと3千km程持ちそうなので、それ迄交換を粘るつもりです。BT45の凄い所は、「あ、もう変えなきゃ」という時点から、取りあえず2千kmは走れてしまう所でしょうか(^^;。次はダンロップのGT501でも試してみよっと。

 しかし、恐ろしいのはフロントなら3万km、リヤでも2万kmは優に持ってしまう耐久性で、バイク便のバイクならともかく、普通の人はワンシーズンで使い切れる代物ではありません。という事は、「1セットのBT45を幾シーズンも続けて使う」という状況も十分考えられる訳で、溝はあっても劣化しているタイヤを履いたバイクが巷に溢れているのかも......。BT45の前身、BT35も耐久性には定評のあったタイヤだったので、けっこうそんな状況のバイクは多いのかもしれません。

 よく寝かされ、熟成されたタイヤ程恐ろしい物はありません。それが、幾らハイグリップ性を売り物にしたタイヤであっても......。それとも、BT45の様な耐久性重視のツーリングタイヤには、劣化を見越した対策でもしてあるのでしょうか?



11/18

 学校の駐輪場には、大概Apriliaが1台停まっています。白ナンバーが付いていたので、私ゃてっきり50ccだと思っていたのですが......。ある日、弟がそのバイクを指して言いました。「あれ、50ccじゃないよ。125ccじゃん」

 そう言われてみれば、確かに湾曲スイングアームに倒立フォークだった様な気がします。「やっぱ、外車は車格が違うよな」とか騙されていました(^^;。でも、わざわざ30km制限の白ナンバーに戻す理由とは......? 逆の例だったら、よく聞く事例なのですが。自賠責保険の保険料が安いからか? いやいや、その程度のメリットでは、30km制限のリスクの方が大きいですね。

 そんな私に、更に弟が一言。「原付50ccの免許しか持ってないんじゃない?」なるほど......。パッと見では分かりませんな。事故ったりして、自賠責保険証書の提示を求められたら、後が怖そうですが。



11/12

 オイルフィルターの互換性の内容を改定しました。流用可能な車種リストが大幅に増えています。なお、リストの車種全てに装着可能かを実際試している訳では無いので、自己責任の元で試してみて下さい。まぁ、多分「Ok」の欄がある車種は大丈夫だと思いますが......。

 それにしても、BROSと同じ形状のフィルターを採用している車種って結構多いんですね。76台も同一形状のフィルターを採用しています。SUZUKIは無いみたいですけど。



11/11

 困惑していた長野の実家にあるV80の年式同定ですが、以前買い逃していた資料の入手によって解決しました。購入したてから気づいたのですが、巻末には1990年迄のYAMAHA全モデルの系譜図が載っているではありませんか!! 最初からこれ買ってれば良かった......。

 という事で、めでたく実家のV80は78年式と同定された訳ですが、今迄分からなかった......という勘違いしていた、メイトの系譜に関する事実が明らかになりました。私は、メイトのエンジンは1971年にそれまでのロータリーバルブから現行のケースリードバルブに一気に進化したと勘違いしていたのですが、その間にピストンリードバルブを採用していた時代もあったのですね。その時代には、まだ生まれてもいなかった私なので、記録を整理するのは結構大変です。

 そんなこんなで、ろくに更新も進まなかった今日この頃ですが、BROSのマフラーをPOSHのものに変えています。エアクリーナーの蓋を戻してから初めての換装でしたが、意外だったのは燃費がSTDマフラーとあまり変わらなかった事。予想に反して、下道遠乗りで26.0km/Lをマークしてしまいました。

 やはり、エアクリーナーボックスの蓋カットによる流入空気量の増加により、以前の状態では混合気は相当濃い状態だった様です。プラグの焼け具合も、適度な抜け具合によって結構理想的な状態。ただ問題なのは、最高速がメーター読み150kmとSTD比で20km近くダウンしてしまった事です。やはり、メインジェットの調整は必要な様です。というか、メインジェット調整の必要性を感じたのは、このPOSHのマフラーでは初めてなんですけど......はて?



10/31

 今日は、久しぶりにメイトのコンテンツを更新しました。撮り貯めておいた、長野の実家の倉庫に眠っているV80Dをめいと写真館に追加しようとしたのですが、いざ年式の特定に取り掛かると、問題に直面してしまいました。

 よくよく考えてみれば、90ccのV90と70ccのV70が統合されて、現在の継続販売されている排気量である80ccのV80に移行された時期が不明確なのです。手持ちの資料を、改めて全部ひっくり返してみたのですが、肝心のV80デビュー年度に関する記述が見つかりません。

 それ迄、このV90,V70-->V80への統合時期は、何故か私は勝手に1982年だろうと考えていたのですが、それでは実家のV80がタイプ1のマフラーを装備している説明がつきません。資料によると、1980年の時点でV50は既にタイプ2のマフラーを装備しています。

 更に、実家のV80はFフォークのサイドにリフレクターを装備しています。これは、70年代までのメイトの特徴ですが、資料では80年式のV50より以後装備されなくなっています。メイトは塗装や外観等に関しては、排気量関係なくラインナップ一斉に行う傾向が多いので、V90,V70-->V80への統合は70年代後半に行われていた......という推測が成り立つのですが、決定的な資料が有りません。誰か、他にメイトを研究していらっしゃる方はいませんか........ね。



10/26

 ここの所、実験に就職に実習に......といろんな事をこなさなければならないので、やや更新 のペースが落ちてきました。特に、就職就職就職就職就職......と、就職の事が頭の中をぐるぐると走り回っている今日この頃です。

 そんな日々ですが、フロントフォークのオイル交換を行ったのは、先日BROSをお手入れにUPした通りです。ところが、油面調整をサービスマニュアル通りに行った結果、以前とハンドリングが激変してしまいました。ハンドルに舵角がつかなくなってしまったのです。

 当初、私はマニュアル指定値の「フォーク上端から133mm」で油面を調整し、フォークを組み付けて試運転しました。ところが、近所の住宅地に点在する交差点で90ターンを繰返していると、なんだか以前とハンドリングが異なってしまいました。以前に比べて、前輪の切れ込みが無くなってしまった感じです。どうも、接地感も減少している様子。そういえば、古いオイルを排出する前の油面は何故か「フォーク上端から170mm」だった様な......。

 試しに、タンクの上に乗る勢いでシート前方に座ると、以前のハンドリングに近い感触が得られました。フォーク内におけるエア量の配分が少なくなった為、ストロークが減少してしまったのか? と勝手に予想して、フォークの油面を170mmまで戻してみると、結果切れ込む感じのハンドリングが戻り、リヤのバンクに対してフロントの舵角がちゃんとついてくる様になりました。

 なんか詳しい原因がはっきりしないまま結果オーライになってしまいましたが、問題は解決できたので取り敢えず良しとして乗ってます。リヤサスの調整でも症状は改善できたかもしれませんが、フロントの変化に原因がある事だけは明確だったので、あちこちイジると訳が分からなくなりそうでした。それにしても、この標準より約40mm近く低い油面で問題無いんでしょうか? 今までずっとこんなセッティングで乗ってきた訳ですが、体に染み付いてしまっているのですかね。もはや、標準の油面では全然曲がってくれませぬ。スプリングがWPだって事は関係無い......かな? ??????



10/19

 以前主に燃費の向上を狙って、1丁歯の多い物に換装したドライブスプロケットですが、確かに北海道を走る分には燃費の向上は見られたのですが、本州に帰ってきてからというもの、最近は以前より燃費が悪い気がしてきました。北海道とは違うGo&Stopの多い道路状況で、なんだか加速で余計にパワーを食われている気がします。そこで、結局もとの純正16丁のものに戻してみる事にしました。

 16丁に戻すと、ペースが速い夜中の国道1号線で90km巡航を行うには、約4,700rpm付近を維持しなければなりません。BROSのエンジンの性格上、この回転域はキープしていても面白い所では無いです。ですが、実際試してみると......26km/L台を2連発してしまいました。丁数を落した事で0発進加速もより快適に戻り、結局「メーカーのセッティングって、公道を走るには本当よく煮詰められてるよな......」と今更ながら痛感してしまった次第です。

 でも、結局自分で実際にセッティングを変えてみる事によって、そのまま乗っていたのでは気づかなかったかもしれない事を発見できたのだから、それはそれで良しとしています。これからも、来年は日頃の足として年2,5000kmは走ってもらう状況が続くと思われるので、実用的に使い、長く維持したいのであれば、基本的な部分はスタンダートが一番なのかな......、と思う今日この頃ですね。


10/11

 初めて、バイク屋へBROSを持ち込んでしまいました(^^;。事の始まりは、友人Tと洗車をし終えて、いざ帰ろうとアクセルを開けると......あれ、全然ツキが良く無い......。なんだか、フロントシリンダーのプラグが1本死んでいる気配がします。とりあえず、車載工具でプラグを外してみるも、真っ暗で状態が良くわかりません。

 なんとなくプラグが濡れている気配はあるのですが、原因に結びつく様な心あたりはありません。取り敢えず家までは遠いので、T行き付けのである、近くのマルホランド調布店に持ち込む事にしました。見てもらうと、プラグがカブりまくり......。プラグを交換すると見事に直り、プラグコードが半分結局なにかの拍子はずれかかってたのもあったので、何かの拍子にカブってしまのでは? との事でした。

 結局プラグ2本交換で\2,200。少々高い出費でしたが、家に帰って整備記録を見てみると、前回の交換から10,000kmと思っていたら、実際は16,600km......。明日はプラクを買いに行ってきます。あぅ(-_-)


10/07

 秋葉原で購入したEther-netカードと10BASE-Tケーブル(50m!!)を手に、長野の実家に帰ってISDN接続の作業をしてきました。実家は商売の関係で、住居と事務所,店舗が一つの建物になっており、ビジネスホン交換機の存在する環境下でISDNへの移行を検討した結果、1階事務所にある交換機付近にダイヤルアップルータを置き、2階のパソコンまでケーブルを這わせる為に、50mという長さのケーブルが必要になった訳です。\5,000円もしました。

 21:00実家に到着、その後設定と配線作業をして終わったのは1:00過ぎ。翌日の日曜日はお昼に起きて、17:00に東京へ向けて出発するという強行軍でした。季節はもう秋という事で、Tシャツにジャージ,ジャケットの上に合羽を着るという、その時点では完璧の防寒装備で出発したのですが、「所詮10度を切る事は無いだろう」と侮って下半身はジーンズだけという装備でした。

 国道18号線を南下して行くと、やや寒さは感じるものの電光掲示板の温度表示は15度。この先は、軽井沢回りのR18-->R17経由で行くか、野辺山高原回りのR141-->R20経由で行くか迷ったのですが、「ちょっと寒さにも慣れて行くか」という浅はかな考えで、野辺山回りを選択してしまったのです。

 ところが、だんだんと標高を稼ぐに従ってかなり寒さが増してきました。「おかしい、こんなに寒い筈じゃない......」と震えながらも、とにかく前進するしかありません。国道141号線の最高標高地点は1,300m余りになりますが、そこの電光表示板の温度表示は7度......秋じゃないじゃん、もう冬じゃぁぁぁ......。膝も痙攣してニーグリップが困難になってきました。中途半端な耐寒装備の為、こんなにも寒いのは久しぶりです。また、辛い季節がやってきました。

 でも、どうせそのうち慣れてしまうんでしょうが......。その日は、甲府から高速の誘惑に負けました。(-_-)


10/02

 ハードディスク買ってきました。ところが、良く行く秋葉原のTWO TOPは、その日に限って棚卸し休業。両親に頼まれていた、50m長の10BASE-Tケーブルも購入して持ち歩いて秋葉原をウロウロしたので、足は敢え無く筋肉痛に。文明の利器に魂を売り渡した代償は大きいです。

 購入したのは、QuantumのFireball Plus KA6400。6.4GBで9.5ms、7,200回転という一品です。スペック通り、さすがに速い速い.......。ようやく環境も移し終わって、ページの制作に移れる環境になりました。以前のディスクは、不良セクタがかなり続出する重傷の様で、このまま再利用するのは無理な様子。いっそ、このまま分解してしまおうか......。


9/27

 私は浦島太郎になってしまった様です。ハードディスクを買う為、バイク維持の為に購読を控えていたDOS/Vマガジンを買ってきたのですが、パーツショップの広告を見て泡を吹きました。6G級が\12,000台とは......、私は夢でも見ているのでしょうか。予想購入費用として見積もっていた\20,000台では、15GB級のモデルも楽々買えてしまいます。問題は、私のマザーボードは2年位前のGIGABYTE製の為、恐らくBIOSが7.8GB超のハードディスクに対応していない事でしょう。対応した新しいBIOSがWeb上で公開されていれば良いのですが。

 このハードディスクの価格下落を目の当りにして思い出すのは、今から約5年前、当時高校生だった頃に秋葉原へメモリを買いに行った事です。当時私が使っていたのは、98互換機でもあったEPSONのPC-486MU。CPUは486SX33MHz、標準搭載メモリは5.6MBのWindows3.1プリインストールマシンでした。私は快適性を求める為、メモリの増設を決心したのです。幸いにも、PC-486MUのメモリモジュールは72PinSIMMであり、スロットには空きが1つあったのです。

 上京した私は秋葉原を歩き回り、8MBの72PinSIMMを購入しました。PC-486MUはパリティ有無がわからなかったので、念のためパリティ有りを選択。70nsで税抜き\30,000!。今ではパリティ付きでも、60nsの32MBが\9,000前後......。雑誌巻末広告の値段を眺めているだけで、なんだか特した気分になってしまいます。願わくば、二輪パーツでも価格面でこうした隔世の感を感じたいものです。「昔はVT系エンジン用のスパークユニットが\20,000もしたけれど、今ではもっとレスポンスに優れた物が\5,000で買える!!」とかね......。


9/23

 あ゛ぁぁぁぁ〜。ハードディスクが逝ってしまいました。Scandiskをかけると、Badクラスタの嵐。思えば購入から3年、Western DigitalのCaviar21200(1.2GB)もとうとう寿命なのでしょうか。これは、いよいよ私にも4GB級のハードディスクを買えとの、神の啓示だというのでしょうか?? 今、この文章を書いている時点でも、結構ギリギリの状態で不安定です。幸い、風呂酢楼のファイル群は別ドライブなので無事でしたが。

 とにかく、復旧,データの移し替えには時間が掛かるかもしれません。いくら1MBあたりの単価は安くなったとはいえ、ハードディスクは簡単に買える買い物じゃ無いんですけど......。ブレーキのオーバーホールは延期になってしまうのでしょうか。


9/18

 某カングマシン等、世間では賛否両論のあるバイク雑誌があります。私は普段定期的に購読している訳ではありませんが、たまに本屋で立ち読みしていると面白いスクープ記事なんかがありますね。ドリーム400なんかは、結局実現しませんでしたけどね。VTR250は最初プロアームで予想されていて、ちょっと期待してしまったものです。

 そんな感じで立ち読みをしていたら、某ショップ制作のCBR1100XXベースのネイキッドが掲載されていました。見た瞬間思ったのは、デブだ、こいつ......。ラムエアダクトが張り出し、エンジンを包み込むツインチューブのフレームと相成って、前面投影面積は凄まじいものが感じられました。

 以前はレプリカのカウルをひっぺがして、ネイキッドとしてメーカーから発売されていたバイクもありましたが、今回のCBR1100XX程変だとは思わない、むしろ、それはそれで良いのでは? と思ってしまうのは変なのでしょうか。あなたはVFR400Zを「格好いぃぃぃぃ〜!!」と思えますか? CBR1100XXネイキッドを受け入れるか、それともVFR400Zを受け入れるか(MVX250とかもね)。

 VFR400Zと答えるあなた、かなり症状は進行しているとしか言いようがありません。願わくば、FTR250の様に世間が私達に歩み寄る事を期待するしかありませんね。アーメン。



9/16

 最近インターネットに接続出来ない環境にいたもので(浜松市ですね)、更新が大分滞ってしまいました。という訳で、現在は実家の長野市にいるのです。本当は昨日帰っていた予定だったのですが、日本列島を縦断した熱帯低気圧の為に一日伸びてしまったのです。

 一週間前にフックレンチを購入し、リアに付いているオーリンズのプリロードを緩めた私。結局、フリー長から47mm加圧された状態から、12mm程緩めた35mm加圧の状態で様子をみる事にして、一路東京から浜松へ。悪くなっている感は受けませんでしたが、走る道は直線主体の国道1号線。そこで、浜松から長野へ向かう時に通る、天竜川沿いの県道1号線で試す事にしました。

 そこで、いざ帰ろうと思った9月15日。東海地方は熱帯低気圧の影響を受け、今日帰るのは危険だと判断し、1日待つ事に。明けて16日、空は曇っているのがやや気になるものの、浜松市を出発。しかし、10分程度走ったところで雨が降り始めました。雨が降ると県道1号線は非常に危険だと思われるので、国道257,151線経由で長野県を目指す事に。しかし、雨の勢いは激しくなる一方です。

 国道257線には、一部区間道幅が狭い区間が残っています。そんなコーナーで曲がろうとすると......、なんか変です。バンクさせるのが非常に恐い。っていうか、リアが逃げる......。一旦サスが沈んでなんとか舵角がついた後、リアサスがタイヤを蹴飛ばしている様な感じで、タイヤが徐々にズルズルと滑って行くのがわかります。

 「こりゃいかん」という事で、走りながら減衰力圧側を5段階締め込むと、なんとか普通に走れるレベルになりました。ドライな路面では気が付かなかったバランスの崩れが、雨の路面では牙を向いて襲ってきた様です。オールマイティなセッティングを目指すのなら、雨中のテストも悪くないかも......。でも、普通はそんな事思い付かないですけどね。

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