上映作品:反逆児/風雲児 織田信長
2006.09.21
久々の映画鑑賞である。近頃はルポを書こうなどと構えてしまうといささか億劫になる。
相変わらずのずぼらな性格である。それはさておき、スクリーンでの錦ちゃんは、やっぱりいい。
分かりきったストーリー、発するセリフまで先読みできる程であるのに、それでもいい。
何度繰り返して観ても、なんてたっていい。
最近は錦之助が画面に登場するだけで、泣けてくる。ただそれだけで涙がとめどなく溢れる。
年齢(とし)を取ると涙もろくなるとはいうものの、これはいささか過剰ではないか。泣いて泣いてまた泣いて、そんな一日であった。目が腫れた。ひとりで良かった。『反逆児』は二度観て映画館を後にした。表に出ると辺りは既に暗くなっていた。
若い頃からのこういった光景に感じ入る。私の青春はいつもこうだった。
明るいうちに映画館に入り一日中薄暗いスクリーンに魅入っていた。映画が終わって仕方なく席を離れ、掃き出されるように無理やり現実の世界に引き戻されていく。映画館を一歩出ると、辺り一面漆黒の闇に覆われていた。ああ今日一日も終わったのか。
そして暗い夜道をひとり我が家に戻った。それが私の青春であった。
それは決して、暗い青春でも、むなしい青春でもなかった。スクリーンに魅入っている間、それは忘我の至福の時だった。こんな素晴らしい青春の想い出を、いまの年齢になっても味わう。
人生、デ・ジャブのような瞬間だ。

この池袋の新文芸坐(スナップ写真)のある周囲は以前よりかなり綺麗になった。それでも歓楽街に取り囲まれた場所であるため、昼間から特に夜になるとひときわどぎついネオンが際立つ街である。
風俗店やパチンコ店の喧騒を通り抜け池袋駅に向かった。池袋の由来は、かつて此の当たりは池や沼地で梟がいた。それが「池袋」の名前の由来だといったら友人は信じなかった。
そこで駅の北口の階段を下った所にふくろうの像があるのを見せた。それ見ろ、これが池袋のルーツだ。(しかしホントかどうか知らない)
表通りに出るとビッグカメラがひときわ目立つ。ここが本店か。一人で映画を観て、その後でレストランで食事をするといった気分にはなれない。映画の余韻に浸りながら家路を急ぐのがいい。若い頃は、大概は帰り道の立ち食いソバで腹を満たした。いつもはきつねだった。あの油揚げのほどよい甘さが染み渡った汁がたまらない。それに玉子が乗っかる日は贅沢だった。
修三の青春は錦之助映画であり、錦之助を語らずに修三の青春は語れない。
過日、久しぶりに真山美保さんの言葉を読んで修三の生きた青春時代を呼び起こした。
すっかり想い出に浸ってしまった。これで終わりにしたい気分だがこれでは観覧ルポにはならない。
いつもながら修三はルポなどといった高尚なものは書けない。当頁に「ルポライター松木修三」と記されているのを見て面映い気持ちだ。恥ずかしい限りである。
そもそも映画論評など他人に押し付けるものでもない。人それぞれ、同じ作品を観てもみんな違って感じるのは当たり前。それでいい。

かつて錦之助がこういっていたことを思い出す。よく映画をTVで放送するとき冒頭に解説者が語るのが流行った。日曜映画劇場・火曜ロードショーといったもので、それぞれの解説者がその番組の顔となった。
錦之助はその中で「淀川長治」が一番いいといっていた。
その理由は自分の意見を押し付けないからだそうだ。
この作品の見所はこれだ。と言わないのがいいそうだ。

この映画は素晴らしい、出演者もいいですね、誰それがとってもいいですよ、監督もいいですね、本当に此の作品はいいですよ。素晴らしいです、素敵ですよ、それではまたお会いしましょう・・。
映画を心底好きな淀川さんの解説は、一見作品に対する「斬り込み」がなく映画の「ポイント」を解説しないようだけど・・それがいいということだった。
映画は「それを観る人に委ねる」それこそが“名解説者”だという意見だった。

話題の作品は「ここが見所だ」と大上段に決め付けがち。
それが先入観となりがちだけど、そうではなく一人ひとり自分の感じたままが大切だということなのかも知れない。ということで修三の独り善がり“迷解説”は百害あって一利なしということで観覧ルポはこれにて一件落着!ふー、やれやれ。さて、この後はいつもの修三の独り言…。
ここで観た「反逆児」「風雲児織田信長」二本とそれに「徳川家康」を併せ観るとよりいっそう面白い気がする。

『反逆児』
これは昭和36年製作だから、修三がちょうど小学校6年生のときである。
この頃の錦之助が一番いい。特に“気性の猛々しい信康”という設定がいい。
気性は荒くても粗野でない。どこか品性があるというのが更にいい。粗野な役を巧みに演じる役者は多い。大体、演技賞など受賞する役柄として粗暴かつキレル役、エキセントリックな役柄が注目を浴びるようだ。
しかし、そこに『品性』がにじむ。というのは難しい。これは演技では表現できない。生まれながらの素地・素養が必要な気がする。この反逆児の信康はそれが兼ね備わった役だ。
錦之助ならではのまさに“はまり役”と言える。錦之助の激昂し力む場面と、スーッと力を抜いてさらっとしたセリフを述べるこのメリハリが際立っている。
このさらっとしたしぐさセリフの“一瞬の間”が錦之助の「絶妙・絶品」な処である。
これが一般にいう大根役者との違いである。大スターと呼ばれるものはこれができない。
ジョン・ウェインは何やってもジョン・ウェインだ。日本の大スターと呼ばれる人達の殆どはこれだ。
その中で錦之助だけが異質・例外と言わざるを得ない。スターと呼ばれる人、演技派と呼ばれる人、あくの強い技巧派、曲者揃いのあまたの役者の中でも錦之助は稀有な存在だ。
だから、修三はこうした錦之助の何気ない場面での所作(座る、立ち上がる、振り向く、手つき、目線の向け方、うなづく、後姿、歩き方等々・・いわゆる立ち振る舞い演技をしていない見せ場でない処)ばかり注目している。凄い!素晴らしい!その自然な立ち振る舞いの所作に身が震える。それこそ我一人の悦楽である。何て素敵な役者なんだろう。その所作に自ずと“品が滲む”のがいい。
もし自分が女性だったら、もう何されてもいい!そう思うだろう。男が男に惚れるというのはこういうことを言うのだろうか。修三は芝居をしていない錦之助が一番好きだ。役を演じて次の演技に移るつなぎ目の瞬間が最高だ。反逆児の信康を観ながらつくづくそう思った。

『反逆児』ついでに蛇足ながら触れておこう。
この物語を観て。こんな風に思った。
ああ、これは信康を取り巻く『三人の愚かで哀れな女の物語』だ。そう思った。
三人の女とは
■築山殿(信康の母)今川義元の娘
■徳姫(信康の妻)信長の娘
■しの(小笹)適わぬ夢を抱いた娘
この三人の女に共通する事は何だろう。
答えは、この三人によって「信康は死に追いやられる」ということである。
築山殿の妄想、徳姫の軽挙、小笹の裏切りである。
それぞれにその理由はあるし心情は尤もとして、彼女達にはその先が読めなかったことが自らの悲劇をもたらすこととなった。その軽挙・妄想・裏切りといった背景は「女の誇り」であったと申そうか。築山殿と徳姫の自意識は当然として、小笹にも“一寸の虫にも五分の魂”の誇りだったと言えなくもない。また、女の浅智恵とひと言で斬って捨てるにはあまりにも彼女達が哀れである。
ここで読めるのは、武将の家に生れた女達も「政争の具」として家のため戦に参加してきたという歴史の事実を知ることである。
家康のように人質となって身を委ねたのは何も男ばかりでなく、女達もまた家名を背負って嫁がされたということである。それ(家名の誇り)を失っては女達の存在意義はないということになる。
修三は、しの(小笹)に哀れさの共感を覚える。
所詮は時代に翻弄された一駒に過ぎないが彼女を責めることはできない。つかの間の適わぬ夢見て消えていった露の一滴のようなものである。女の浅智恵、浅はかさが、信康を滅ぼし我が身を滅ぼしたという物語かな、そんな受け止め方もできる。
家名、男子世継ぎ、嫁と姑、母と子、古くて新しいテーマを味付けに繰り広げられる女達の意地と誇りをかけた話の展開は、セリフのひと言ひと言の無駄がなく一気に信康の切腹まで運ばれていく。
「こんなことで死ぬくらいならもっと別も生き方もあっただろうに」と我が身を嘆きながら「女の事ゆえ咎めはせぬ」と徳姫に送る言葉が胸を打つ。


「風雲児 織田信長」を観て「反逆児」を一緒に観るとまた面白いものだ。
更に「徳川家康」の映画では北大路欣也扮する家康が今川義元の娘と婚姻するシーンがある。この娘が「築山御前」である。そして今川義元の先陣を切った家康が、義元の死を機に今度は今川を見切って織田側についた。その歴史的事実がこの物語の悲劇のプロローグである。
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ルポライター:松木修三