上映作品:反逆児/柳生一族の陰謀 2003.02.22-28

2003年2月27日(木) 本日は、仕事を早退して何とか夕方の回に間に合った。
そして思いもよらず、入替の幕間にまた丹羽ご夫妻にお会いした。本日もご一緒に来ておられた。多賀子奥さんは「あら今日も見に来たの?」「ええ、全部見る予定です」「じゃあ、明日の嘉葎雄さんと一緒のも見るの、そう」そして「今日は淳子さんも来てたのよ、会った?」と聞かれ「いいえ、お会いしていませんが」と答えた。淳子さんとは錦ちゃんの妹さんで、三女の「青木淳子」奥さんである。多賀子奥さんは言った。
「あれから、嘉葎雄さんに電話であなたが来ていたことを話したのよ」そして嘉葎雄さんの近況についてお話された。そして今日も多賀子奥さんに名刺を求められたのでお渡しした。青木氏は「あなたは全然変わらないね」と先日と同じことを言った。立ち話で丹羽ご夫妻とお別れした。劇場内に入ると、また顔見知りの方にお会いした。すれ違い際に軽く会釈した。お名前も存じ上げないが、自然に「またお会いしましたね」そんな気持ちだった。
「反逆児」の上映が始まった。
“反逆児”は映画・舞台で、錦ちゃんの代表作品の一つである。
大仏次郎原作の「築山殿始末記」の映画化で、錦ちゃんが最も輝いていた頃の作品である。

昭和36年だから、折りも「宮本武蔵」第一部の公開と同年である。
これだけ年月が過ぎた今もその輝きは失っていない。
まさに悲劇の主人公なれど、陰湿にならず毅然とした男の凛々しさと品があるのが好きだ。激しい気性と男らしさ、錦ちゃんが三郎信康に乗り移って観客の涙を誘う。
徳川家の嫡男として・父と母・母と妻の狭間で、まるでハムレットのような内面の葛藤にも、男の色気さえ感じるのは流石錦ちゃんならではと言いたい。
また伊藤大輔監督の格調高い“三郎信康”像の演出による処も大きい。逆らうことも出来ない理不尽な運命にも、誇り高く潔いラストシーンには、涙と共に、却って後味の爽やかさを誘うようだ。


“柳生一族の陰謀”は東映を離れて10年振りに「中村錦之助」から「萬屋錦之介」として東映時代劇の京都撮影所に帰ってきた記念すべき作品であり、先だって亡くなられた深作欣二監督とのヒット作品で公開当時も大きな話題になった映画である。
錦ちゃん代表作品の一つとして上映されるのは無理からぬと思う。
しかし、これは他の7本の作品とは趣の異なる作品と感じた。善し悪しという意味ではない。「錦之助」と「錦之介」の違いであり、「時代」の違いである。
深作監督の、奇抜なストーリーと斬新な解釈で観客の意表を突いた作品であるとも言えるが、私には錦ちゃんの色気が感じられない作品で残念に思った。
敢えて押し殺した表情と他の役者とのセリフ回しのアンマッチ、これは賛否があるにせよ、私は面白く感じた。錦之介は舞台調セリフ回し、家光役の松方弘樹の時代劇調のセリフ回しはともかく、伊豆守と春日の局のセリフ回しに至っては現代劇調とでも言おうか…
この作品は、惜しいかな柳生但馬の人物像としての魅力が今一つ感じられなかった。家光を擁して伊豆守と春日の局共々“地獄”に落ちるのだから、もっと冷徹・非道な生身の姿が描かれたら面白かった筈だ。
その落差が大きければ大きいほど、利用され虫けらのように始末される根来一族の悲劇性が現実味を帯び、そしてまたラストシーンの家光の生首を抱えて但馬が吐くセリフが際立ったと思う。
「こんな馬鹿な!馬鹿なことが…」
どうも、根来衆の場面は一族の悲願と裏切りへの哀しみの心情が一向に伝わって来ない。そのため派手な殺戮場面を見せられても、また十兵衛の哀しみや怒りも、今一つ共感を得られなかった。むしろ、西郷輝彦扮する家光の弟“忠長”の運命に殉ずる姿に、「反逆児」の“三郎信康”の悲運と重ね連想させられた。
ラストシーンの「夢じゃ、夢じゃ、夢〜でござる」歌舞伎調のセリフ回しは、“萬屋錦之介”としての役者の風格と重厚さ(中村錦之助ではない役者として)があり、とても印象的であった。
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2003/2/27 記 ルポライター:松木修三