上映作品:沓掛時次郎 遊侠一匹/真田風雲録 2003.08.16-29 8月23日(土) 先週の肌寒さと打って変わって汗ばむ真夏日であった。 仕事の関係で映画館に着いたのは午後2時前だった。 私は、二本目の『真田風雲録』の上映から観ることとなった。 休憩時間に入場し客席を見渡す。やはり年配の男性が大半だった。 先週もお見かけした上品な母娘連れの方が今日もおられた。何となく嬉しく思った。こうした若い人達が錦ちゃん映画を観てどんな感想を持つだろうか。そんな思いに馳せた。 観客は年配の親爺さんばかりでは少し淋しいではないか。 しかし、かくいう私もそんな親爺のひとりなんだなあと気付き一人で恐縮した。 スクリーンで颯爽とした勇姿の錦之助と同様、気持ちは当時の青春時代そのものなのだがと言い訳めいたことを付け足した。 『真田風雲録』 映画館で観るのは久しぶりだった。前回観たのは何年前のことだっただろうか。 私の記憶では"恵比寿"で開催された加藤泰監督作品の上映会で『瞼の母』と一緒に観て以来だと思う。 さて、この作品については、好き嫌い・評価の分かれる処だろう。 もし、錦之助が演じたTVシリーズの『真田幸村』や真田十勇士のイメージで、この作品を観たら「なんじゃこれ?」となる。 この時代に革靴やギターが登場する荒唐無稽な話の展開、時代考証逸脱も甚だしい。 「もっと真面目にやれ!」となること請け合いである。 まあ、時代劇ミュージカルとまでは言わないものの、唄や踊りのオペレッタ風と呼ぶべきかハチャメチャなテンポのある展開は福田善之の脚本ならではである。 福田善之は、その後、歌舞伎座の錦之助舞台でも「江戸っ子繁盛記」で脚本・演出しているが非常に軽快なノリとテンポの舞台だった。 ギャグなのかパロッているのか、ドタバタ劇の中で、人間社会・時代の世相を何処かで冷ややかに見つめている視線を感じた。 まさに"宴の後"である。そして"人生ケセラセラ"である。 この映画は、昭和38年に公開された作品だが、今観てもそれほど古臭さを感じなかった。子供の頃、初めて観たこの作品で最も印象的だったのは渡辺美佐子の画面いっぱい大写しの唇(くちびる)と二人のラブシーンだった。 今観ても気恥ずかしい。正直、錦之助にラブシーンは似合わない。 大阪城内でのドタバタ模様とか、城の堀の埋め立ての顛末。 そして千秋稔扮する真田幸村の"恰好悪い死に様"など、「そんな馬鹿なことが」と思いつつも、歴史の事実ってひょっとしたらそんな物かも知れないと思わせる処が面白いのではなかろうか。よくぞ錦ちゃんこの映画に出演したな。それは正直な感想だった。 錦之助曰く「あれ(真田風雲録)は、ボクがたまたま芝居(舞台)を観に行きましてね、これは面白いっていうんで、すぐに福田善之の原作をボクがとったんですが、映画の方は失敗だったですね。これは芝居の方が面白かったですね。」 1978年発行「シネマにっぽん」より 『沓掛時次郎 遊侠一匹』 長谷川伸の名作『沓掛時次郎』も何度か映画化されている。 その中でも、この錦之助主演・加藤泰監督の本作品の評価は高い。 また錦之助の長谷川伸作品の中で、この『沓掛時次郎 遊侠一匹』を一番にあげる人もいるようだ。錦之助の置かれていた状況や当時の世相を色濃く反映している本作品は、長谷川伸のノスタルディックな世界に片足を置く私にとって、見終わった後の殺伐さとやりきれなさが拭えなかった。冒頭シーンから血しぶきを飛ばしての斬り合いは長谷川伸の世界から少しぎらつき過ぎた演出と感じた。渥美清扮するお人好しやくざの無残な惨殺という前半の話と、後半のおきぬと彼女の夫を殺めた時次郎の為さぬ恋物語の2部構成となっている。 つまりは前篇と後篇の2話からなる物語の展開といえなくもない。 勿論、加藤泰監督の演出意図として、前半のやくざ稼業の悲惨な姿を描くことで、一宿一飯の義理で人を斬らねばならなかった時次郎とその後のおきぬとの為さぬ二人の切なさを強調する伏線となっているのかも知れない。 だから前半のやりきれなさを強調することで後半の悲劇性を際立てさせているともいえる。 私が『関の弥太ッペ』に共感と郷愁を覚えるのは、やくざ稼業の空しさの中にも"義理人情"というか一定のルール(世界)が残っていたことだ。例えばこんなシーンにもそれが窺える。 弥太郎の姿を見つけた飯岡の助五郎の子分達が「しばし見逃してくれ」という弥太郎に対して彼等はそれを待ってやる場面だ。 「弥太ッ!今度こそ逃がさねえぞ」 「もう一人の奴はどうした」 「待ちねえ。暫時、見逃してくれ」 「畜生、ずらかるつもりだな」 「よんどころのねえ用事があるんだ。場所は」 「よし、改めて村外れの二本松。暮れ六つの鐘が合図だ」 「承知した」 今なら果たしてそんなことをするかということである。 現在ではその場で不意打ち・闇討ちが世相ではないか。 時と場所も構わず世間の迷惑もへったくれもお構いなしにである。 つまり"長谷川伸の世界"は、いわゆる「仁義ある闘い」だったということだ。 その後のやくざ映画は"リアリズム"と『仁義なき戦い』へと突入して行く。 私はこの『仁義なき戦い』がまったく嫌いだ。 幾ら、深作欣二監督の作品がどんなに評価されようと、あの映画で少しも感動しない。 所詮、嫌な世相を反映した現代社会の暗部・恥部をさらけ出したように感じるというのは言い過ぎだろうか。既に時代はこの『沓掛時次郎 遊侠一匹』にしてから、どこか殺伐としたやりきれなさが残る作品となっている。 『沓掛時次郎 遊侠一匹』のエンディング 『関の弥太ッペ』をもじってこんな風に想像してみた。 やくざの喧嘩出入りを終え一命をとりとめた時次郎は一目散におきぬの元へ駈ける。おきぬが唇に紅を点す。「あの人が帰ってきた時、綺麗な顔でいたい」そんな切ない女心。 駈ける、時次郎。そして病床のおきぬ。時次郎、駈ける。エンディング。 おきぬは多分死ぬだろう。しかし、ひょっとしたら、もしかしたら。 こんなに苦しんだ二人だもの。僅かの間でも一緒に添わせてやりたい。 せめて一目でも時次郎の無事な姿を見せてあげたい。死に目には間に合うだろう。 そんな観客の祈りと願いを込めて…。 映画だものそれぐらいの救いを与えたっていいじゃないか。 何、そんな甘い恋愛映画じゃ駄目だって? そうかなあ。 私はそんな勝手な想像をめぐらせてこの作品を観ていた。 洋画の『俺達に明日はない』と『明日に向かって撃て』 この作品は、共に若き時代に観た心に残る映画である。 しかし映画を見終わった観客の心情として後者のエンディングの方が好きだ。 物語の結末は観客ひとり一人に委ねて終わる幕切れに僅かな明日への希望を見出したい。 そんな気持ちに近いものだ。 錦之助と池内淳子の初共演。周囲の思惑、それは何とも言い表しようがない思い出だ。 この作品の後『丹下左膳 飛燕居合斬り』を撮って錦之助は東映を去って行った。 そして世の中は、肩で風切る任侠やくざ映画全盛時代へと突入した。 時次郎とおきぬ、この映画は"恋愛映画"だ。 若い時はあまり感じなかったが段々歳を重ねるごとに、この映画を観る度に二人の思いが切ないほど胸を刺す。 「探しましたぜ… おきぬさん」 「時次郎さん、恩知らずな女だとお思いだろうねえ」 「とんでもねえ」 「私は、つらかったんだよ」 「その櫛は私の心のつもりでした。もうお目にかかるまいと別れたけれど、日が経つにつれて、いつの間にか足が沓掛の方へ。 もう私は長くはない。でもお前さんがこうしてそばにいてくれるんですもの…悪い女ですね」 二人の会話のやりとり、なんと哀しい切ない言葉だろうか。 私事だが、時次郎の身の上話を聞く宿のおかみ役の中村芳子が出てくるシーンで若きほろ苦い思い出が蘇ってくる。普段はすっかり忘れているのに、この場面でいつも突然のように思い出してしまう。彼女は先代・中村雁治郎の妹である。中村玉緒の叔母にあたる方だ。既にお亡くなりになっているが、以前、あの方が舞台に出ていた頃(この映画より後年のことである)の話である。 当時の私は、彼女のお付きのお弟子さんと付き合っていたが失恋してしまった。別に好きな人ができたとかで、私は突如振られてしまったというわけだ。師匠であった彼女より弟子のことについて「貴方には大変酷いことをしました。本人は泣いてばかりで…どうか許してやって下さい」と謝罪の言葉をいただいたことを思い出す。 まだ「若さ」だけで、人を愛することの意味も傷つくことの痛みも知らなかった頃のちょっぴりほろ苦いエピソードである。 「真田風雲録」「沓掛時次郎 遊侠一匹」忠さまの感想 福田善ちゃん脚本の『真田風雲録』結構おもしろいと思いました。当時、興行的にはパッとしなかったようだけど、東映作品としては前衛的過ぎたのでしょうか。にもかかわらず。いまもってマニアックな支持を得ている不思議な作品の一つです。十勇士や主な役者は相変わらず錦ちゃんの仲間。こうなると錦ちゃん一家と呼ぶべきか。 『沓掛時次郎』また観てしまいました。何度観ても泣きたくなります。渥美清さんのあさ吉も、岡崎二朗さんのヤクザになりたい百姓も哀しかった。 義理で世話したはずの、池内淳子さん(おきぬ)への想いを胸に秘め、薬代の十両欲しいだけに、ヤクザ同士の出入りに加わり、急ぎ戻ると「時さ〜ん、遅かったよぉ!」と清川虹子さんの叫び。風車さんではないが涙流れ放題もう止まらない。 ラストはフランク永井の「♪何が粋かよ 気がつく時は みんな手遅れ 吹きざらし」の歌が流れます。この映画は、上映終了後、しばし現実感覚に戻れません。後を引くというやつでしょうか。 |
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