『この手は届くから』
又市×百介
小説 吉野様
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ねぇ、あなた方は私とは住む世界が違うと言って私を遠ざけようとしますよね。
でも、私にとってはそんなこと大したことじゃあないんです。
だから、どちらかに決めろと言われれば別にそちらの世界を選んでも本当に良かったんです。
だって、どっちでも良いと思ったんです。
むしろ、どちらかに決める必要性を感じなかった。
まぁ、問われたから決めなきゃいけないのかと。
なのに、あなた方は私がそちらに行くと言うと怒るんですね、
こっちには来るなと。
もう、私にどうしろと言うんです。
だいたい、住む世界が違うと言うのと住む家が違うというのではどれほど違うのでしょうね。
同じ世界にいたって一生会うことのない人だっています。
違う世界にいたって触れることが出来るほど側にいることだって出来ます。
あなた方と『同じ』じゃなきゃいけないのかな。
私は私のままであなた方と共にいたいよ。
「そんなわけで、もう急にいなくなったりしないでくださいよっ?」
とある、茶屋で暖かいお茶を片手に百介が繰り広げた丁寧な力説。
団子を手に持って固まる者らが三人。
これは何度目かの別れの後の、何度目かの再会の時。
「………流石、先生でやすねぇ…さっぱりワケが分かりやしやせん」
「嘘ばっかり。顔、赤いじゃないさ」
「おぎんっ」
「おかしいな…ちゃんと考えに考えてまとめたのに…又市さん?どの辺が分かりませんでした?」
「あぁはっはっはっ!先生よ、違う違う。ちゃあんと分かってるよ、こいつぁ」
「長耳!余計なこと…」
「あ、でも、いなくなる時って又市さん、わざわざ潮時って言ってくれますよね。
あれって又市さん達の世界じゃあ”いってきます”って意味なんですか?」
「…そんなことありゃしやせんよ、潮時ってぇのはここと同じ意味でやす。頃合いってことで…」
「ああ、お出掛けの頃合いなんですか?私を連れて瞬間移動できないもんですか?」
「瞬間移動って…いえ、出掛けの頃合いではなく、別れの頃合いで…」
「でも、また会うじゃないですか、いっつも」
「それは先生が…」
「私があなた方を探すからですけどね。だって見つけられ易いところにいるんですもん。
私、こないだ又市さんの名前を呼びながら走っちゃいましたよ、いや、自分でも意外で意外で」
「あら、又さんの名を呼んだことが?先生が走ったことが?」
「おぎん、黙ってやがれぃ。なぁ、先生、こいつぁ真剣な話なんだ。やつがれ達といて良いことなんざありゃしやせんぜ?」
「今更、そんなこと期待しませんよ。でも、面白い怪談に巡り会える。それに…」
三人が百介の次の言葉を待つ中、百介は珍しいことに花が咲いたような笑顔で三人を見た。
三人はその笑顔と続く言葉に圧倒された。
「私は何だかんだ言って、又市さん達が好きですよっ」
だから、好きな人達と一緒にいられることは結構良いことだと思います、と。
そう続ける百介をよそについに団子を地に落としてしまった又市をおぎんが少しおかしそうに見下ろした。
「残念ねぇ、複数形で」
「っいちいち、やかましい山猫でやすねぇ…っっ」
「あ、私もやっぱりお団子頼もうかなぁ。見てたら美味しそう」
「何だ、頼んでなかったのか。一個食うかい?先生」
「いいのっ?ありがとう!長耳さんっ」
長耳が串団子の一番上の一つを串から外して百介の口に入れてやると百介は幸せそうに微笑んだ。
そして、何やら楽しそうに二人で談笑…。
「…本当に残念ねぇ…アンタ、ぼさっとしてると横からかっさらわれるわよ、絶対」
「本当に…っやかましい山猫でやすねぇ!!」