又市×百介

小説 遊亜様
イラスト見国かや



『have a good dream』 












遥か遠くで聞こえるのは
空に響く微かな音

――― はっ………

どうしやしたんで
おや雷は苦手なんで御座いやすか

華奢な身体がみるみる強張る
奴(やつがれ)から離れないようにしながら
貴方は黙って歩みを進めてゆく

突然の稲光 
一拍遅れて届いた雷鳴
耳をつんざく轟音に
貴方は竦んで動けない

二度目の雷光
辺りを震わす音の振動
咄嗟に耳を塞いだ貴方が
奴の胸に飛び込んだ

ぎゅっと奴にしがみ付く貴方
その身体は無防備で
どこもかしこも隙だらけ


  『 さあ 』


頭の中で聞こえたのは妖かしの囁きか
さあ今だ

奴を急き立てる

激しい様の天空
光と音の乱舞
貴方には怖いものでも
奴には天からの贈り物

声も出せずに固まる貴方
抱き締めると返ってくる温もり

愛しい貴方の頬を包み
顔を上げさせ見つめた先には
涙を溜めて潤んだ瞳
震える唇にそっと口付け

――― !!

一瞬の静寂の後
もたらされたのは予想外の反応で

奴を突き飛ばした腕
驚愕が張り付いた顔

――― 何故……?

黒い瞳の奥に在るのは
疑問符ばかりじゃねぇってのに

伸ばした手は振り払われ
貴方はわなわなと震えるばかり

どうしたんで御座いやすか
どうして奴から逃げるんでやすか

光と共に襲い掛かる
身体を貫くような爆音

近くに落ちたようでやすね
気を付けねぇといけやせん

雷に行く手を阻まれ走りたくとも走れぬ貴方
捕まえるのは容易いこと
いくらもがいてみたところで力では奴に敵わない

木の幹に縛り付けるように
貴方の身体を押さえ込んだ

さあ
本当の接吻をしようじゃ御座んせんか

重なる唇
再度の反抗

――― 嫌ですっ!

口内に広がる鉄の味
嫌いじゃァねぇ

ひとりじゃ味気ねぇでやしょ

――― うっ!……

簡単に吹っ飛ぶ貴方の身体
頬を押さえたすぐそばの
その口元にも鮮やかな赤

手で拭いちまっちゃァ勿体ねぇから
奴が味わって差し上げやしょう

崩れ落ちた貴方の身体を草叢に押し倒して圧し掛かり
動きも抵抗も封じ込めた

ぺろり

半分だけ舐めた血は奴と同じ味がする
何だもっと違うのかと思いやしたのに
奴も貴方も変わりはねぇってことでやすかい

異なる世界に住む者だから
どうしたって交わらないと
貴方にも己にもそう言い聞かせてきやしたのに
どうやら違っていたようだ

奴と貴方は何て近しい
その存在を認めてしまえば
混ざり合うことさえ可能に思える

残りの血を掬った人差し指が
貴方に触れて唇を彩ってゆく

草の緑の中に在り
目を引くそれは赤い花
この腕の中で息づく
かくも美しき極上の獲物

目の前の赤にむしゃぶりつく
唇を味わい次は舌
この獲物は若くて元気がいいから
噛まれないよう頬を押さえ
存分にその舌を愉しませてもらう
突付き舐め上げ絡ませて
根元から千切れるくらいに吸い上げる

奴の手を外そうと
もがく貴方が痛々しい
その動きを柔らかく制止し
奴は一度身体を離す

向けられたのは戸惑いの眼差し
それに軽く微笑み返して
貴方の襟元に手を伸ばす

動作はゆっくり
怯えさせずに
貴方の目を見つめたまま手を左右に広げてゆく
着物を寛げさせた手は
まだまだ動きが止まらない
肩から胸へと滑らせてから
掴んだ肌着を一気に引き裂く

――― !!

一瞬で顕わになった肌
貴方を守っていたのはこんなにも脆弱なもの
布切れと成り果てた肌着で着物から引き抜いた両腕を縛る
驚きのあまり為すがままになっている貴方
一纏めになった腕は片手で簡単に押さえ込めてしまう
これで逃げられなくなっちまいやしたね

――― 離してくださいっ!!

叫んだところでもう遅い
大人しくしていてくだせぇ

袴に手を入れ下半身に手を伸ばす
早く貴方自身に触れたいのを我慢して下履きごと剥ぎ取る
奴の前にすべてを曝け出した貴方
冷たい外気に晒されたのに熱を帯びている細い身体
その白い肌に確かな跡を付けてゆく

――― あっ……

いいんですかい
声を漏らせばどこが感じるかわかってしまいやすよ

――― …や……っ………

手に吸い付くような貴方の肌
滑らかな感触が更に奴を昂ぶらせる

――― くっ……ああっ!………

いくら口元をきつく食い縛っていても
本当の貴方は奴の与える愛撫を拒んではいない

少し身体の力が抜けてきたようだ
雷がまた遠くなったからでやすか?
それとも奴の気持ちが伝わったから?

――― や…やめ……てっ……

貴方の身体は言葉とは裏腹

――― お願い…ですからっ……もう………

奴を見上げる涙を湛えた黒い瞳
眉根を寄せた顔はどうにも扇情的で

――― 嫌っ!

もがくように頭を振るから
綺麗な涙が零れてしまいやしたね

目元に顔を近付けて
残った雫を舐め取ってゆく
その舌を感じた貴方の瞳が
真っ直ぐに奴を見つめた

――― 又市さん…許して………

許す?
何をで御座いやすか?
奴はただ貴方が愛しいだけ

そうかまだ足りないんでやすね
奴の想いが

――― やだっ、そこは……あっ…やめてくださいっ!!

待っていたンで御座いやしょう
奴にこうされること
もうこんなに大きく硬くして

――― ………!!

奴のもほら一緒だ
欲しいでやしょう
欲しく無いんですか?
欲しいと言いなせぇっ!

――― 嫌だっ!! 

ちっ

――― うっ!……

痛いでやすか
奴から逃げようとするからだ 

ああまた赤が流れる
舌先で味わい耳元に囁く
 

「赤がよくお似合だ」


――― くっ…………

どんな表情だって愛しい
でももっと
そう
貴方の悦ぶ顔も見たい

――― やめて、く……あ…やっ………!

恥ずかしがることなんて何もありやせんぜ
貴方と奴の間で

こんなになっておきながら
目は固く瞑り眉間に皺を寄せたまま
苦しそうでいて切なげな表情
押さえ切れなかった吐息が唇から漏れている

気持ちいいンですか
感じやすか

――― ……いっ……イクッ………

狂ったように髪を振り乱す
限界まではあと少し

――― やめ…もう……あ、ああっ!………

奴の掌に貴方の分身がどくどくと放たれる

――― うっ……ひっく………

その泣き顔にもそそられる
もう我慢の限界だ
すぐにでも貴方の中に入りたいから
投げ出されている足を引き寄せ膝裏をすくい
目的の場所に “貴方” をたっぷり塗り付けた “奴” を宛がう

――― はっ…!

いきやすぜ

――― いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

狭い入り口を無理矢理入っていくと
初めての侵入者をきつい締め上げで歓迎してくれる

さあ
もっと奥へ

――― あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

嗚呼何て気持ちいい

ポツッポツッ

雨が降り出した
火照った身体には丁度いい

身体が揺れる度に涙と雨に濡れた髪が貴方の顔に貼り付く
大好きなその顔が隠れてしまう
抗う力が弱くなったのを見て押さえていた手を離し
貴方を突き上げながら
自由になった指先を腕に沿って滑らせる
肘の内側を通り二の腕をなぞり
脇から鎖骨へ
首筋を撫で上げようやく顔へ
髪をかき上げてその顔を露にする

そこに居たのは
かつて見たことの無い貴方……

目は虚ろでまるで考えることを心が拒否したかのような
その身体が受けているのは奴が与える振動だけ
それに合わせて口から零れるのは
言葉にならない呻き声
苦痛は既にどこかへ去り
残ったのは………ただ快楽のみ

雨が激しくなってきた
流れてくる水分を欲して貴方の舌がちらりと覗く

喉が渇いたんでやすか?
それじゃあ

奴はもう達しそうになっていた自分自身を引き抜き貴方の顔へと近付ける
その顔を目掛けて

…んせぇっ…、っ!………

何度か扱くと勢いよく吐精した
ほとんどは顔中に撒き散らされたが開けていた口にも少し溜まった

( ごくり )

貴方が “奴” を飲み下す
その時
貴方の視線が 「奴」 を捕えた

涙と雨と奴の精液に塗れた顔のはずなのに
全体像が掴めない
奴の目は貴方の瞳だけしか映していないかのようで

貴方の声が遠くから聞こえてきた

――― 又市さん……どうして…私にこんな………

嗚呼、先生……奴は



「…貴方が……好きだ…から……」



「又市さん?!」
「!」

……え?
ここは……?
確か、奴はさっきまで……。

「起きましたか? ……うなされて寝言を言っていたみたいですけど」

うなされて。
とすると、あれは……。

「あ〜、いや、大丈夫でやす。 すいやせん、ご心配をお掛けして」
「いえ、それはいいんですが……」
「起こしちまったんですね、悪ぃことした」
「もう朝ですから構いません。 ちょっと早いですが、起きませんか。 お茶淹れます」

先生が部屋に備え付けの茶器を取り出した。
そうだ、先生と奴は旅篭に泊まっていたのだ。
昨日、地方まで繰り出して行ったとある仕掛けが終わった。
おぎんと長耳は違う街道を選んだので今は別行動。
ならば江戸へ戻る道中、少しのんびりしやせんか、とこっちから誘ってみた。
先生が、すぐには江戸へ戻りたく無さそうに思えたから。
だが、ただの気分転換の旅にしようと、それだけだった。
あんなこと……考えてもいないはずなのに……。

「はい、どうぞ」

  <やめて、く……あ…やっ………!>

!!
何を思い出してるんだ、てめぇはっ!

ブンブンと首を振っていると、先生に訝しそうな目で見られてしまった。
まだ寝惚けているとでも思われたのだろう。

「どうしたんですか?」
「何でも無いンでやす……あ、頂きやす」

おいおい落ち着け、あれは夢の中だけのことだろうが。

…………。

本当か?
本当にそうだと言い切れるのか?
夢は潜在意識が作り出すものだと言うじゃないか。
ならば、あの場面は……。

「又市さん、お疲れなんじゃ…」
「いえ、そんなことは……」
「朝ご飯を食べたら、散歩に行きませんか?」
「散歩……」
「綺麗な景色をゆっくり堪能すれば、気分も変わります」
「そうでやすね」

己に安らぎをもたらしてくれるのは、先生のその笑顔なんでやすが。
奴のことを思ってくれている、それだけで胸の奥が熱くなる。

この笑顔だけは無くしたくない。
だから、あんな事は望んじゃいけねぇ……。

宿の裏手の道を行くと、少し歩いただけで鬱蒼とした山中に入り込んだ。
先生は目を輝かせて大自然の中を走り回っている。

「又市さーん、池が見えましたあ! 舟もありますよー!」
「乗ってみやすか?」
「はいっ!!」

二人を乗せた小船は、キラキラと太陽の光を反射している水面へと滑り出した。

「気持ちいいですね〜」
「そうで御座いやすねぇ」

少しだけ漕ぎ出すと、しばらくは揺れに任せて水面上の空気を満喫することにした。

「日差し、大丈夫ですか?」

疲れた身体を気遣ってくれている先生を見ると、チクリと胸が痛む。

「平気でやす。 雲も出てきて、丁度いいくらいだ」

その後は特に会話も無く、ただゆらゆらと揺れる小船に身を任せていた。
先生は船縁に頭を乗せている。
すぐに寝息が聞こえてきた。
すやすやと無防備なその表情は、何故だか己の心をざわつかせた。
いつも見慣れているはずの顔に、違う顔が重なる。


.......................................................................................... 『…ヨ…』


だめだだめだ!………

またあの夢を思い出していた。
見てしまったものは仕方が無い。
鮮明に覚えているだけに始末が悪いが、夢に出てきたことは返って良かったのかもしれない。
その方が、現実で苦しまなくても済むから……。

「ねえ又市さん、……好きって誰のことですか?」
「え?」

突然、声が聞こえて驚いた。
ぼんやりしている間に、先生が起き上がってこちらを見つめていたようだ。

「誰って…………いきなり、なンでやすか……?」
「又市さんが寝言で、“好きだから” って言ってたんですよ」

そんな場面は、覚えていない…。

「はっきりと?」
「はい。 ねえ……どんな夢を見ていたのですか?」


................................................................................ 『・・・デ・・・ヨ・・・』


「えーっと……何だったか……」

そんなのは言える訳が無い。
先生の言っていた台詞に覚えが無いのは本当だから、思い出すのは無理なこと。
しかし、夢全体について訊かれると答えに困る。
誤魔化そうとしているのに、何故か先生の目が真剣だった。

「……気になるんでやすか?」
「ええ……」
「何故?」
「あの……夢見てた時の又市さんの表情が、………その……」

何だ……?

「とても、色っぽかったから………」

言うや否や、顔を真っ赤にしている先生。
それを見ているこっちまで赤面しそうになっていた。
傍から見れば、奇妙な二人連れだったろう。
小船の上で、向かい合ってもじもじしている男二人………。
今ここに、自分達の他に誰も居なくて良かった。

「え……あの、先生、朝はうなされていたと、そう言って無かったでやすか?」
「……それは嘘です」

もしかして……。

「奴は……他に何か言ってやせんでしたか?」


...................................................................... 『・・・イデ・・・ヨ・・・』


ハッと顔を上げた先生の頬が、さっき以上に紅潮してきた。
思い出しているのだろうか。
ということは、奴はそんなにいろいろ声に出してたってのか……?
だが、あの夢の中の言葉なんて………。

「あー、あんまりよく覚えてはいないんでやすが、…その……固有名詞は何か言ってやせんでしたか?」

恐る恐る尋ねてみる。

「固有……名詞?」
「場所や人の名前が出てくりゃ、そこから何か思い出すかもしれない、……と思いやして」

目を逸らさない先生の瞳が揺れている。

「何も………。 ただ」
「ただ?」


............................................................ 『・・・オイデ・・・ヨ・・・』


「……“貴方” と……………」
「なるほど、それじゃァわかりやせんね、すまねぇ、これ以上思い出すのは無理でやす、申し訳無ぇ」

言葉を挟む隙を与えずに一気に喋った。
なるべく、何でもないことのように返せたはずだ。
先生はまだ物足りない様子だったが、やがてひとつコクンと肯くと、櫓を手にした。

「戻りましょうか」
「ええ」

岸辺に舟を着け、奴が先に降りた。
手を差し伸べ、先生が降りるのを手伝う。
と、急に強い風が吹いてきて舟が揺れた。
その拍子に先生の身体が傾いだ。
この手で咄嗟に受け留める。
一瞬、視線が交差する。

  <……好き…だから………>

「すみません……」

先生の方から離れた。
すたすたと先に歩き出す。
奴の内部が、またざわつきだした。


.................................................. 『・・・ッチニ・・・・・・』


自分の影が無くなっているのに気付き、ふと見上げると空一面を雲が覆い尽くしている。
木々がざわめく。
遠くで雷鳴が聞こえた。

「はっ………」

雷が嫌いな先生の華奢な身体がみるみる強張る。
奴から離れないようにしながら、先生は黙って歩みを進めてゆく。

(あれ……この場面は………)


........................................ 『・・・ニ・・・オイデ・・・ヨ・・・』


突然の稲光、そして、一拍遅れて届いた雷鳴。
耳をつんざく轟音に先生は竦んで動けなくなってしまった。

「又市さん……恐い……」

(何故だ、何故こうなる……?)


.............................. 『・・・コッチニ・・・オイデ・・・ヨ・・・』


ニ度目の雷光、そして、辺りを震わす音の振動。
咄嗟に耳を塞いだ先生が奴の胸に飛び込んできた。

「うっ…、又市…さん………」

ぎゅっと奴にしがみ付く先生。

(あれは、夢の中だけのことじゃ……)


.................... 『・・・オイデ・・・ヨ・・・』


  『 さあ 』


(え?……)

………はい………

「えっ?! うっ!……」

ほら貴方の口元にも鮮やかな赤

「っ……」

私だってこの味は嫌いじゃない

「先…生?………」

舐めてあげます

「……はっ!」

もう抵抗できませんよ

「先生…どうして……、奴にこんな………」

だって又市さん……私は貴方が………

「はっ!!」

貴方を草叢へ押し倒し
熱い楔を自分の中へ

「くっ……!」

嗚呼気持ちがいい

「せ…んせ……ああっ!」

私は欲張りだから

「……?」

貴方のココも欲しいんです

「うぐっ!」

貴方の胸の中に
私の手が吸い込まれてゆく
ずぶずぶと深く
核を求めて

「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

熱いくらいの貴方の中
どくどくと脈打つ心臓
掴んだ指先から振動が伝わる
嗚呼何て気持ちいい

「先……生………」

熱いくらいの貴方のココロ
これでもう私のもの

「……」

どうしたの又市さん
聞こえていたんですよ本当は
夢の中で “先生” と呼んでくれていたでしょう

目は虚ろでまるで考えることを心が拒否したかのような
その身体が受けているのは私が与える振動だけ
それに合わせて貴方の口から零れるのは
言葉にならない呻き声
苦痛は既にどこかへ去り
残ったのは………



ポツッポツッ

また
雨が降り出した












雷光に身を委ねるような読後感です
ありがとう遊亜さん…言葉に尽くせないほどカッコ良いです//
ので、言葉の代わりにイラストを描いてみたのですが、全然駄目な出来に(涙)
上手くいかなかったのですが、思いは込めてみたつもりなのです(∋_∈)スミマセン!

←巷説百物語目次へ

←SHURAN目次へ