『酒ニ酔イ、桜ニ酔イシハ』
ボリス×ロビン

小説 Rai様



 ある満月の夜。

 小高い丘の上に、満開の桜の木が一本おぼろげに妖しく光る。紺碧と薄紅の見事なコントラストが見る者の心を掴んで離さない。絶頂期を迎えてしまったためか、桜の花は散り始めを見せていた。ひいらりひいらりとゆっくり舞い落ちる花びらも微かな光を帯びているようであり、木の下には薄紅の絹布が一面に敷かれている。

 絹布の上に腰を下ろし、背を幹に預けている青年が一人。森の若葉で染め上げたような髪と瞳の持ち主で、服も同色である。横にある矢筒と長弓は彼のものだろうか。

 ふと青年は顔を上げてニンマリ笑い、手を振った。

「おーい、ボリス! こっちだ、こっち!」
 彼の視線の先にはもう一人青年がいた。顔以外の頭部を青い布で覆い、板状の青い石のついたバンドで止めている。首からは、同じ石のペンダントが大小二つ並んで掛けられている。彼は相手の姿を認めると、少し呆れたようにタメ息をついた。桜と彼の下まで歩く。

「こんな時間に呼んで、何を考えているんだい?」
 月のある方角を見れば、ボリスでなくとも同じ事を言いたくなる。
 そして、ロビンの隣へ腰を下ろした。
「いや、花見をしようかと。」
 すると、ロビンはどこからか清酒の一升瓶を取り出した。呑みかけのようだが、まだ半分以上も残っている。そして、硝子で出来た大きめの盃を手渡して酒を注いだ。
アルコールの匂いが、ツンと鼻に突き刺さる。

「この酒はどこから?」
 訝る視線。
「なーに、盗んだわけじゃねえ。ムサシにちょいと借りたんだ。」
「合意の上で?」
「ああ。『時々酒呑んでいるのをユキにバラす』って言ったら快くOKしてくれたぜ。」

 ケラケラ笑うロビン。一方でボリスはムサシに深く同情した。
 桜の花弁がふわりと一枚舞い落ち、ロビンの盃に水面を撫でるように浮かんだ。取ることもせず、ロビンはそのまま硝子の盃を傾ける。
「桜酒、か。」
 こともなくボリスは呟き、自分も盃に口付ける。

 何も話さず、ただ薄く光る桜の下で酒を呑む二人。盃に酒がなくなれば、互いにつぎ合い味わうように呑む。薄紅の光の破片が一枚、ひいらり…と地面に落ちた。風さえない、静かで穏やかな時間。言葉を交わさずとも、同じ時間を同じ想いで共有する。二人にはそれで十分だった。
 また一枚、ふわりと下りてきて矢筒の中へと姿を消す。

「なあ……」
 不意に静寂を破ったロビン。
 風が強く吹いて、ザザア……と桜の花と枝をさざめかせる。花弁が萼から一斉に離れて夜空へ昇った。紺碧の空に薄紅の星が舞う。
「オレらがこうしていられるのって、後どんくらいだろうな。」
 言って、盃を傾ける。昇れなかった花びらが一枚、酒のない盃に張り付いた。自分で酒を注ぐと浮かび上がる。
「……何を?」
「全部終わっちまったら、何がどうなるのかなんて誰にもわかんねえ。おそらく、王子さんすら、な。」
 不気味に風が凪いだ。

「別に、オレらは『傭兵』だ。何があっても雇い主について行くのが仕事。けど、もし、全部終わっちまったら……夢みてえに忘れちまうのかな。」
 お前はオレのこと覚えいてくれるのか。暗に問いかけていた。
 ボリスは盃を地面に置き、恋人の瞳をじっと見る。若葉色の瞳に、少し怒ったような青い目が映った。ロビンは、ふふ、と軽く笑う。
「君は自分の恋人を信じられないのかい?」
 いくら記憶を失ったことがあるとはいえ。そう続けた。
 首を緩く振ったロビン。
「そういうわけじゃねえ。ただ、言ってみたかっただけだ。」
 ロビンは桜の木を見上げた。風もないのに散り行く様。それでも美しいと感じてしまう。

「散っても来年また咲くのが桜……」
 青年は相手に聞こえないように、見上げたまま独り呟いた。
「ロビン?」
 呼ばれると、ロビンは目線を恋人まで下ろして妖しく笑う。咲き誇る桜に映えて、見る者の心を絡めとる。
 ボリスは思わず息を呑み、硬直して見惚れた。
 しかし、そんなボリスを尻目に、ロビンは盃を傾けて桜の花弁ごと酒を口の中へ入れる。だがそのまま嚥下せずに盃を置き、ゆったりと手を伸ばして恋人の頭を包み込み、目を閉じて口付けた。
「…………」

 生温かい酒とともに花弁が一枚、口内へ注がれる。目を閉じ、何も迷うことなくボリスは全てを嚥下した。甘く感じるのは、恋人の唇のせいか桜の花びらのせいか。
 口内の酒が切れ、ロビンは唇を離した。感触が消え、二人は同時に目を開ける。

「……誘っているのか?」
「いや。もっと酔いてえだけだ。」
 それだけ言葉を交わすと、ロビンはボリスの腿の上に乗っかった。目の前で、頭につけている金色のサークレットを外し、若葉色の長袖のシャツを脱ぎ捨てる。若葉色の髪と白い上半身が、闇に映える。薄紅の花弁が一枚、そっとロビンの素肌を撫でた。
「明日、休むつもりかい?」
「まさか。」
 軽口を叩く恋人の唇を、ボリスは吐息ごと塞いだ。


 背を恋人に預けて背後から貫かれているロビンが、ふと行為から気がそれた。
 すると、背後から手が伸びてきてロビンの顔を肩越しに後ろへ向かせる。待っていたのは、歯列を丁寧になぞるねっとりとした口付け。体勢からか、重なった唇からどちらのものともつかない唾液が細く落ちる。
 唇が離れた。
「随分と余裕じゃないか。考え事をするなんて。」
 理性と情欲の攻めぎ合うボリスの青い瞳。それを見て、ロビンの背筋がぞくりとなる。
「大したことじゃねえよ。」
 そして少し腰を動かすと、ボリスは僅かに眉根を寄せた。情欲の色が強まった。
「全く……」
 それだけ言うと、ボリスはロビンの腰に手を添えて徐々に再び動かす。
「んっ……」
 ロビンは喉と背を反らせたが、自らも腰を動かし始めた。

(散っても枯れない限り、巡り巡って桜は咲く。)
 ならば心配することなど無いのであろう。離れようが、忘れていようが、生きている限りいつかは巡り合う。昔見た夢のように、ふっと優しく。
 先ほどの考えが再びよぎったのを最後に、ロビンの意識は全て快楽に持って行かれた。
 咲き誇る桜の下で、ありったけの激情をぶつけ合う二人。
 風もなく、桜の雨はしんしんと降る。そこにある音は、荒い息遣いと粘着感のある水音、そして時折上がる甲高い鳴き声だけであった。


―fin―









ロビン小説で、こんな色っぽいお話が読めるなんて〜(*^∇^*)
とても幸せですvRaiさんありがとうございます///
今は同じ傭兵同士として、背中を預けあっている二人…
けれどこの戦いが終われば、王であるボリスと狩人のロビンは…///
戦いの終わり…Kも早くゲームクリアしたいです(∋_∈)沼地で迷いまくってる場合ではナイですネ!