ボリス×ロビン
『a holy song』
小説 Rai様
イラスト見国かや
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彼は許せなかった。
分かっていながらも、それでも不安を隠す恋人に頼ってしまう自分を。
猫の化け物を倒しても記憶が戻らない事に安堵した自分を。
彼は悔しかった。
恋人の涙を拭えない事を。その身体を支えられない事を。恋人の望みとはいえ、振り返る事すら許されない事を。
彼は恐くなった。
不安で少しずつ壊れていく恋人を。このままでは本当に壊れてしまいそうな恋人を。それでも、見せずに支えようとする恋人を。
彼は決めた。
記憶を早く取り戻す事を。
取り戻しても恋人を愛しつづけ、その時こそ支えになってみせると。これ以上壊しはさせないと。
胸の奥に刻み込んで。
◆ ◆ ◆
夜遅くのこと。
傭兵所の寝所では寝息といびきの大合唱。寝るのも仕事とはいえども、些か耳に痛い。
さて、その仕事をせずに、一人黙々と出かける準備をしている者がいた。窓から入ってくるカーテン越しの月灯りを頼りに、慣れた手つきで青い布を顔が出るように頭に巻きつけると、青い石のついたバンドで留める。腰には剣をさげて。
そして、彼は近くのベッドで横になっている青年の顔を覗き込む。若葉色の髪が、僅かな月灯りを受けてか、一層輝いているように彼は見えた。
「…………」
あの夢魔を倒しても記憶が戻らなかった。
その事実は今のロビンに追い討ちをかけるような形となり、結果、より多くの負担を負わせる事となった。
いや、「負担」という言葉は正確ではない。
ロビンも、彼と同じように記憶が戻らなかった事に対して微かな安堵を覚えていた。しかし、また彼同様に、そんな自分に嫌悪を持ってしまっていた。
戻れば終わるかもしれない不安。戻らなければ隠しつづける苦しみ。そして、戻させたい、戻させたくないという、相反するものの軋轢。
結果、バランスを失いそうになって少しずつ壊れていく。とても「負担」という言葉だけでくくれない。
「………っ」
ボリスは、自身よりこの恋人の方がより重症だと感じていた。感じてはいたが、それでもボリスはロビンを支える事が許されなかった。それはロビンの望みだから。
彼の望みは、自分に構わず記憶を取り戻してほしいという事。だからこそ、ロビンは笑顔だけをボリスに見せている。不安や苦しみを悟られないように押し殺して。気丈に振舞って支えようとして。
ボリスとて当然それを知らなかったわけではない。だが、……いや、だからこそ振り返ることは許されなかった。そしてまた、知っていて、分かっていながらも、そんな壊れそうな恋人に頼る自分はあまりにも不甲斐無かった。支えたいはずが、逆に壊す助長をしているようで。
それとも、こちらから壊してしまおうか。何度考えた事だろうか。
完全に壊して、廃人にでもして、傍に置いて、永遠にどこかへ閉じ込めて。
しかし、それで得られるのは自己満足のみ。ロビンは彼の愛した「ロビン」ではなくなってしまうから。
だが、いつその暗い感情が互いを呑み込むのか彼自身すら分からない事。彼もまた、自身の狂気に相手を晒したくなかった。
だからこそ、彼は終わりにしたかった。
「……ロビン、ロビン、起きてくれないか?」
ボリスはベッドに横たわるロビンの身体を軽くゆする。その身体は僅かに身じろいで「うん…」と微かに呻き声を漏らすと、再び眠りの淵に入ってしまった。しかし、それでもボリスはその身体をまたもや揺すった。やがて、目蓋が開かれてぼんやりと若葉色の瞳が姿を現す。そして、その瞳は相手の姿をおぼろげに映し出した。
「……ぼり……ス……?」
焦点の合わない瞳。少しすると、その若葉色の瞳に生気が宿り、しっかりと相手を見つめる。起こされた事に文句を言おうとするが、先に相手の服装に疑問を持った。
「……どうした?その格好は。」
確かにもっともな言葉であろう。今は真夜中にもかかわらず、その服装は外出用である。
しかし、ボリスの言葉は疑問に対する答えでなかった。
「ロビン、今から僕と来てくれ。」
「……は? こんな時間にどこへ。」
「……あの城だ。」
その言葉に、ロビンは眠気が一気に覚めるのが分かった。
◆ ◆ ◆
程なくして、お菓子の城――天空城にたどり着く。菓子で出来たその城はあまりにも精工過ぎて、オモチャの城のように見えた。だが、菓子であってもオモチャであっても、つい最近まで国として繁栄していたと思わせるような面影など何処にもなかった。ただ、その城だけが月に照らされて佇んでいるだけで。
そして、ボリスは城門前に立つと、何かに魅入られたかのようにその場に立ち尽くした。何処
か恍惚したような表情で。
「…………」
その様子に、ロビンは声を掛けられずに、ただ見守ることしか出来なかった。心臓の音が五月蝿い
どれくらいの時間が流れたのだろうか。実際には数秒の事なのだろうが、酷く長く感じられた。
「思い出したぞ。」
その一言で、ロビンの足が震えた。力が抜けてその場に崩れそうになるが、辛うじて保たせる。
「僕はこの国の王子だ。」
その言葉を聞いて、ロビンは心の中で「ああ」と呟いた。あの老人は正しかったのだ。今では遅いが。
「そして、ある日化け物どもに襲われて……国の者も……父も母も……!!」
失ってしまった。
「ボリス……」
ロビンは今度こそ立っていられなくなり、その場にへたり込んでしまった。弓がカラン…と乾いた音を立てて転がる。
雲の上にへたり込んでしまったロビンの前で、ボリスは両膝をついてその若葉色の瞳を覗き込んだ。潤んでいて、今にも泣き出してしまいそうな瞳を。じっと。
記憶は戻った。これで全てが決定される。
ロビンは感情がグチャグチャになっていくのがわかった。脳味噌を直接掻き回されているような感覚に陥る。何が何なのか分からない。分かりたくもない。
気持ち悪い。……恐い。
そして、そんなロビンを前に、ボリスの口が僅かに開かれた。若葉色の瞳を見つめて。
「今まで……本当にすまなかった……。」
吐き出されたのは、謝罪の言葉。
その言葉を聞いて、ロビンはその場から逃げ出したい衝動に駆られた。しかし、足に力が入らない。目を逸らそうとしても、既にボリスの青い瞳に釘付けになってしまっていた。あたかも一種の呪縛のようで。例え、その青い瞳に映る、今にも涙をこぼしそうな自身の姿を認めたとしても。
もし、このまま彼が離れていってしまったら。
今のロビンのグチャグチャになっている頭の中はその事で一杯だった。
息が出来ない。
いくら覚悟をしてきたとはいえ、実際にその時が訪れてしまうと正気を失っていきそうになる。いっそ、このまま失ってしまえばどれほど楽になれるのだろうか。そんなことを片隅で考えてしまう。
若葉色の瞳から一雫だけ、涙が零れ落ちた。
「…………」
その涙を見て、ボリスの顔が少しだけ苦しげに歪む。その歪んだ顔を見て、ロビンは何か言おうと口を開いたが、先に涙が出そうになって声を出すことが出来なかった。いや、それよりも混乱している頭で何を言うべきかが分からなかった。涙で溢れた目で、ただその相手の苦しげな顔を見ることしか出来なかった。
ボリスはそんなロビンを見て。
「本当に……こんなにして……」
その身体を柔らかく抱きしめた。
「………?」
その全身を包む温もりに、ロビンの乱れた思考回路が停止する。そして、停止から稼動するよりも早く、相手の言葉が耳に入った。
「こんなにも君を不安にさせてしまって……怖がらせて……それでも君に頼ってしまって……!!」
その言葉に、ロビンの目から涙が頬を伝った。そして、それで道が作られたかのように、涙が静かに流れて出していく。
「ボリス……?」
ロビンが辛うじて相手の名だけを口にすると、ボリスはその抱きしめる腕に力を込めた。
「君が不安に怯えているのを知っていたのに……」
その言葉に、ロビンは大きく目を見開いた。数粒の涙が落ち、ぱたぱたと雲の中へと吸い込まれた。
「……知ってたの……か?」
隠してきたつもりだった。
ボリスは少し掠れた声で言った。
「僕も君を支えたかった……。けど、君は僕に前を見て進むことを望んでいたから僕は……君の不安を知って知らぬふりをして……。でも、知ってたのに……なのに、……それでも僕は壊れそうな君に頼ってしまった!!」
身体を包み込む温もりと、その言葉の内容はあまりに期待させるものだった。
ロビンはおずおずとボリスの背に手を回した。回すことを拒まれなかった手から相手の温かさを感じ取れる。おのずと口が動くが、音に変換するのが躊躇われた。
「……信じて……いいのか?」
ボリスは一回強くその身体を抱きしめると、少しだけその身体を離した。背に回っているロビンの手が解けない程度に。
そして、互いの顔を見た。ここでロビンは気付いた。ボリスも涙を流しているということに。
少しして、ボリスはその涙を流している若葉色の瞳にキスを落とすと、額と額を合わせた。
そのまま二人は涙を流し続けた。互いの背に回された手と合わさった額から伝う熱が、互いの想いを伝える。今まで互いが持っていた不安と苦しさと辛さ、そして喜びが伝わってくる。その熱に、一層涙が出た。
「ロビン……ロビン……。今まで本当にすまなかった……。もし君が許すなら……これからも君を愛しても構わないかい?」
「……っんで! ッレが勝手に……自分本位に苦しんでいただけで……! 何で、お前がオレに謝るんだ! オレだって……オレだって……!!」
言いたいことは沢山あった。ありすぎて感情が上手くまとめられず、言葉に出せず、……ロビンはその肩口に顔をうずめると声を上げて泣き出した。今まで、相手の前に出すまいとこらえていたものが一気に吹き出る。しかし、不思議と苦しさは感じられなかった。寧ろ、もう独りで耐えなくても良いという喜びの方が大きかった。
「本当にすまない、こんなにも辛い思いをさせてきて。」
ボリスも涙を流しながらしっかりとその身体を抱きしめる。そして、今までのものを吐き出させようとゆっくりとその背をさすって、涙を出させる。とめさせるような真似はしない。
「でも、もう大丈夫。これからは僕も君を支えられるから。二人で肩を並べて歩けるから。」
もう、あんなに苦しむことはない。見せまいとする苦しみも、見て見ぬふりをする苦しみも。
「君に出会えて良かった。この選択を……君を愛して本当に良かった。ロビン、愛している。」
それはロビンも言いたかった想い。
「…………っ!!」
相手も同じだったということに嬉しさが込み上げてきて、ロビンは一層激しく泣き出した。
すると、安心させるかのようにボリスは抱きしめる腕に力を入れる。しっかりと、相手を抱きとめる。
夜が明けるまで、まだ時間はあった。
◆ ◆ ◆
夜が明ける。星と月は太陽の光に掻き消され、紅と紺の狭間に生まれた淡い藤色に消えていく。
そして。その太陽の光に導かれるように、ボリスはゆっくりと目蓋を開いた。横になっていた身体の上体を起こす。
「…………」
あの後、二人は泣き疲れて眠ってしまった。互いが互いを抱きしめ合って。
しかし、腕の中にあったはずの温もりがなかった。
そして、ボリスは彼を探そうと見回すと、何処からともなく歌声が耳に入ってきた。聞き覚えのある声に、顔をそちらに向けると朝日の逆光で思わず目を細める。やがて慣れてくると、その姿を確認できた。
やはり、朝日の光の中で歌っていたのは若葉色の恋人。雲の淵に腰を下ろして、歌姫の歌を一人で歌っていた。
掠れてはいたがその歌声と、朝日に包まれて歌うその姿に、ボリスは掛け値なしの美しさというものを実感した。
そして、静かに後ろから近づいて膝を付くと、そっと背後から抱きしめる。
「歌姫の歌か……。」
ロビンは歌うのをやめると、その回された腕に頬を寄せた。
「ん……。歌いたくなった。」
ボリスは腕を解いてロビンの横に腰掛けると、その肩に手を回して抱き寄せる。ロビンも、ボリスの肩に頭を乗せた。
「……変なトコ、いっぱい見せちまったな。」
ボリスは肩に回していた手に少し力を入れる。
「いいさ。それは僕も同じだ。それに……もう、押し隠す必要もあるまい。」
「そーだな。もう、大丈夫だもんな。」
これからはゆっくり肩を並べて歩いていけば良い。相手の状態が分かるように、自分の状態を伝えるために。疲れたら、腰を降ろして少し休んで、また歩けば良い事。休む分ならば、相手に負担は掛けないのだから。
それは簡単な事。前までの方が、よほど大変な事。
何故、そんな事に気付かなかったのだろうか。
二人は互いに小さく笑い合った。
こんな単純な事に気付きすらしないほど、余裕の無かった以前の自分達に。そして、そんな以前の自分達を笑えるほどまでになった、今の自分達に。そして、笑えるほどまでになった今の自分達になれた、相手の存在に感謝して。
ただ、二人で小さく笑い合った。
眼下に広がる緑の大地を臨む。つい最近まで、ここは不毛の砂漠だった。そして、水を争って二つの部族が対立していた。だが、今では水も緑も溢れてそんな感情など消えてしまったようである。逆に、そんな事があったのかと疑ってしまいそうなほど、穏やかなものだ。
天空城に風が吹いた。
この箱庭の世界の風でも、いつかはこの緑の大地を駆けて、巡り巡って再びこの空へと帰ってくるのだろうか。では、その時、何処にいるのだろうか。
風が吹く。ロビンの若葉色の髪を優しく撫でていく。
風に髪を任せて、ロビンは先ほどの歌を再び歌い始める。
すると、ボリスも歌い始めた。
ロビンは驚いてボリスの方を向くと、こちらに向けられていた青い瞳と視線が合った。すると、ボリスの青い瞳が瞳がふっと柔らくなる。そして、ロビンも柔らかく笑って歌を続けた。
朝焼けの強い光が弱くなり、空は見事な淡い水色に染まりあがる。風に二重唱を響かせる。
歌声が風に乗れるように。
風がこの歌声を運んでくれるように。例え大地に降りても、巡り巡って再びここへ帰ってこれるように。そして、その風がここへ帰ってきた時、二人で笑って出迎えられるように。
この戦いが終わっても共に在れるようにと、願いを込めて。
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―fin―
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『祈り』の続編になる、ボリス×ロビン小説です(〃∇〃)
二人がとうとう幸せになりました〜///
先日Raiさんに教えていただいた攻略で、Kもやっと、ボリスの記憶が戻ったシーンを
見ることができたんですが、ロビンも連れていたので、なかなか切なかったです(T◇T)//
何処へ向いて進むべきなのか、ようやく自分の道を見つけた二人
やっと幸せを受け入れることができて、天空の城でのこれからの二人がまた気になります〜(笑)