ある日の天気の良い昼下がり。
空は雲一つない快晴。鳥が二羽、囀りながら飛んでいった。下界では穏やかな平原が広がる。
平原にそよ風が吹いた。さながら、大海の水面のようにさざめく。
そして、平原に立つ木に背を預け、木漏れ日の下で眠っている青年が一人。顔以外の頭部を青い布で覆い、板状の青い石のついたバンドで止めている。首からは、同じ石のペンダントが大小二つ並んで掛けられている。
青い石が、木漏れ日を受けてキラリと反射する。頭部を覆っている青い布が、風に吹かれてさやさやそよぎ、青年の隣に置かれている剣の上には羽根を休めようと白い蝶が一匹舞い降りた。
あたかも、ここだけ時間という概念が消え失せているように見える。このまま、この時間が永遠に続くのかと思わされるような、静止した世界。
ふと。白い蝶が何かの気配を感じて飛んでいってしまった。
眠っている青年に人の形をした影が落ちる。
「……こいつ。オレじゃなくてモンスターだったら、どうすんだか。」
呆れ口調で来訪者が呟いた。森の若葉で染め上げたような髪と瞳の青年で、同色である服を纏っている。背に矢筒を背負い、左手に握られているのは長弓。
来訪者はしゃがみ込んで、木に背中を預けて昼寝をしている青年の寝顔を見てみた。安らかや苦悶とも言い難く、真顔で、単に睡眠をとっているだけとしか思われないように見える。
(つまんねえヤツ。)
何を期待していた、と訊かれてもこの来訪者は困るのだろうが、こんな時でも真顔である彼に少々呆れてしまったようである。
来訪者がしばらく待ってみても、相手に起きる気配がほとんど無い。ひょっとしなくとも、自分に気づきすらしていないのだから。当然といえば当然だ。
しかし、わかってはいるが、段々と来訪者はやきもきしてきた。自分を置いて、一人こんこんと眠る相手に少し腹が立ってくる。
「…………。」
若葉色の青年がニヤリと笑った。
そして、彼は急に真剣な表情になり、矢筒から一本矢を素早く抜き取るとすぐさま弓に番えて、目の前の青年に向けて引き絞ろうとした、が、
「流石。」
またもやニヤリと笑った。
先ほど番えた瞬間、喉元に抜き身の剣を突きつけられたのだ。弓を引き絞る間を与えられる事無く。そして剣を抜いたのは、今しがた昼寝をしていた青年。ようやくその目蓋が開かれて青い目が姿を現した。
相手が番えられていた矢を矢筒に収めるのを見ると、青い目の青年もまた、喉元に突きつけていた抜き身の剣を鞘に収めた。
「僕を殺す気かい? ロビン。」
寝起きも手伝っているのか、少々不機嫌な声である。
しかし、相反してニヤニヤ笑うロビン。
「おいおい。モンスターに襲われるかもしんねえ所を、せっかくオレが起こしてやったんだぜ?」
どこまで本気なのだろうか。先程まで弓を引き絞ろうとし、剣を喉元に突きつけられていた者の言葉とは、とても思えない。おまけに本人には反省の色が全く無いときた。
先程まで眠って体力が回復したはずなのだが、ボリスにどっと睡眠前以上の疲労感が襲、眩暈までしてきた。
「……ならば、起こし方というものがあるだろ。」
この言葉が相手
に対して効くとも思えなかったが、
「訓練だと思えばイイじゃねえか。寝ている最中にモンスターに襲われるって想定で。」
やはり効かなかった。
ボリスは呆れて言葉も出ず、タメ息をこぼす。
ロビンは愛弓を横に置くと、ボリスの隣へ腰を降ろした。
◆ ◆ ◆
「ボリス。」
ロビンは自分の腿をぽんぽんと叩いた。
それを見て、ボリスは首をかしげる。
「何だい?」
「侘び。」
「…………」
この状況で、この動作。何を示しているのかわからないほど、ボリスの頭は硬くは無い。しかし、いくら人目が無いとは少し憚られた。……嬉しくないと言っては、嘘になるが。
「君は良く平気だな。」
口ではそう言うものの、ボリスは横になって頭をロビンの腿に乗せた。
「お前が気にし過ぎなんだよ。」
ボリスの頭の布を取って、髪を手で丁寧に梳く。その心地よさに、ボリスは目を閉じた。
視覚が消えて、他の五感が鋭敏になる。匂いと温もりと梳かれる感覚に、ついうとうとしてしまう。
「なあ、眠れそうか?」
「ああ。」
ボリスは横を向いていたためわからなかったが、その返事を聞いてロビンは嬉しそうにニンマリ笑ったのだ。
「外で昼寝すんならオレも連れて行け。膝枕ぐらいはしてやるから。」
その言葉に、ボリスは笑った。恋人の、あの起こし方の理由がわかったのだ。
「ああ、そうするよ。一人で行って、また命を狙われたのではたまったものではないからな。」
「あ、まだ根に持ってやがるな。」
クスクス笑う若葉色の青年。
またお昼寝しよう。今度は二人で。二人で寝たほうが、いい夢を見られるかもしれないし。だから、一人で寝るなんてことの無いようにして。
何てことない、ある日の昼下がりのお話。
―fin―