SCENE? 京平 

 ラスト一曲で行った瞳のライブだったが、最後までいると、瞳に絶対何か言われるだろうと、京平は曲が終わると同時にライブハウスを抜け出した。
さっさと家に帰り、中に入る。と、なにやらリビングが騒がしい。というより、華やかに感じられた。その原因は、リビングのど真ん中に陣取っている、優亜だ。
「おやお嬢、来てたのか」
「ええ、京平さん。優亜、今日はここに泊まるそうです」
 ご機嫌なザザが優亜よりも先に返事する。
「ほお?研究所には?帰らなくて良いのか?」
「今日は優亜の誕生日なんだもの、ゼロもザザもいるし、平気よ」
「ふうん、そうか」
京平が何気なく見たテーブルの真ん中には、半分ほど無くなっている、大きなイチゴケーキがどん、と、おかれていた。そしてその周りには、数え切れないほどのチョコの山。モロゾフのやら、変わった花の形をした物やら…。
「そのチョコはなんなんだ?」
「優亜ちゃんに、ザザとゼロからのプレゼント」
 キッチンから真砂が出てくる。手には湯飲みを乗せた小さなお盆を持っていた。
「とりあえず、コートを脱げ。でもって、どこかに座って茶でも飲め」
「おー、真砂くん気が利くね。今丁度熱い日本茶が飲みたかったのだよ」
 京平はコートを脱ぎ、その辺におく。でもって適当に空いたソファに座ると、ずずず、と幸せそうに茶をすする。それを見ながら真砂は当然だというように頷いていた。
「あ、そうだ」
 京平を見て、ザザが何かを思いだしたように立ち上がり、戸棚の上においてあった金色の包みを京平に手渡す。
「京平さん、これ」
どうみてもそれは、チョコレートの包みにしか見えない。
「まあザザっ。それ優亜にくれるんじゃなかったの?あんなところにおいてあるから、特別なチョコレートなんだと思って楽しみにしてたのにっ」
「あれ、なんだお前、優亜ちゃんだけじゃなくて、京平のこともそんなに好きだったのか」
「…ザザ。それはお嬢様に対してあまりに失礼なんじゃないか?もう少し、場所と時をわきまえて…」
「ちょ、ちょっと待って下さい、違いますっ」
 三人に一度に言われて、慌てたザザが真っ赤になって否定する。
「僕からじゃありませんっ、あの、瞳さんが京平さんに渡してくれって」
「なぁんだ」
 途端に興味をなくす優亜とゼロ。しかし、真砂は知っているはずなのだが…。
「え?瞳から俺に?」
 京平はきょとんとした顔でその金ピカのつつみを受け取る。そして、目を丸くして「なんだこれは」と呟いた。そこには…紫のルージュでくっきり、『バカモノ!』の文字…。
「うーん、瞳らしいって言うかなんて言うかねぇ…」
 苦笑した後、それをもとの通り戸棚においてしまう。
「あれ、京平さん、食べないんですか?」
「流石にあの、メッセージを見ちゃうとね…あれ?」
 人数が一人足りない。いつもは気がつくと京平の側にまとわりついている、居候。
「真砂くん、うちの二人目の居候は?」
「さあ?…そういや俺も、昼に一度見たっきりみてないな。出かけてたらしいけど」
「あ、僕、見てきましょうか?」
「いいいい。お前はお嬢さんの側にいる方がいいだろう?」
 そう言って階段を上がっていこうとする京平に、真砂が慌てて声をかける。
「京平、ケーキ焼いたんだけど食べないか?」
その声に思わずずっこけそうになる。
「………なんでまたケーキなんて」
「いや、何となくなんだけど」
「ふうん。ま、いいや、食べるよ。……そうだな、ホットココアが飲みたいな。真砂、俺にミルクココア作って、ヴァンホーテンで砂糖抜きな」
「ホットココア?マジで?」
 なにやらぶつぶつ呟いている真砂を放っておいて二階に行くと、京平はとりあえず、自分の部屋のドアを開けた。

「京平」
「うわあっ!」
 真っ暗な中で、突然自分の名前を呼ばれ、思わず京平が声を上げる。
「そんなに驚くこと無いだろう」
「………シグマ?なんでまたこんな暗い中で」
 パチリ、と電気を付ける。その京平の目の前に、ずいっと可愛らしいグリーンの紙袋が突き出された。
「これを、京平に渡したくて、ずっとここで待ってた」
「これって…?」
「チョコレートだ」
「チョコレートってお前…」
「今日、街に行ったら、『ばれんたいん』と書いてあって、あっちでもこっちでもチョコレートが売っている。で、売り場の人間に聞いたら、好きな相手にチョコレートをやる日だといわれた」
「うん、まあそうだろうな」
「だから俺は、京平にチョコレートをやるって決めたんだ」
「そ、そうか…」
 嬉しいような、くすぐったいような何となく複雑な気分で京平はそれを受け取る。どんな気持ちでシグマはこれを買ったんだろう、と思い、ふとなにやらイヤな予感が……。ん?売り場の人間に聞いた……?ちょっと待て。
「シグマ、お前、売り場の人にどんなことを聞いたんだ?」
「ん?別に変なことは聞いてないぞ」
「例えばどんなことだ?」
「例えば、好きって言うのはどんな好きなんだ、とか」
「ふんふん」
「『ふぁーすときす』の相手でも良いのか、とか」
「…え?」
「相手が男でも良いのか、とか」
「………」
「それから、相手が人間でも良いのか、とか」
「……………」
「どうかしたのか、京平」
「いや、別に……で、お前さん、その、店の人に何か言われなかったのか」
「ああ、俺がそれを買ってく、と言ったら売り場の人間が、『妹さんの代理か何かでいらっしゃいますか、お優しいんですね』とかなんとか」
「………で、お前なんて答えたんだ」
「もちろん正直に言ったぞ。俺が買うって」
 シグマは堂々と胸を張ってきっぱりとそう言った。
「………」
 京平は思わず袋を取り落としそうになり、慌てて力を入れ直す。いや、正直に話をするように、と確かに言った覚えはあるが……。さっきのイヤな予感はこれか、と一瞬眩暈を覚える。
「どうしたんだ京平、嬉しくないのか?」
 黙ってしまった京平に、不安になったらしいシグマに言われて、慌ててにっこり笑う。
「いや、嬉しいよ、ありがとう」
 その言葉に、シグマもにっこりと笑った。そしてその視線が、すっとチョコレートの袋に降りてくる。その視線に、開けて見ろ、というメッセージを感じた京平は、そっとそこからチョコレートの箱を取り出した。
 袋と同じ、グリーンの小花柄が印刷された箱には、同系色のリボンがおしゃれに結ばれている。京平はそのリボンをほどいてふたを開けた。
「おお、美味そうだな」
「そうか?」
 どことなく嬉しそうなシグマの声。でもってその視線が、じっと京平を捕らえている。(食べろってこと…だろうなあ)
「頂きます」
 一つを取って、口に運ぶ。
「美味い」
「本当か?」
「当然だとも。お前さんもどうだ」
 シグマが頷いて口を開ける。食わせてくれと言うことだろうか、と京平は適当に一つを、選んでつまみ、シグマの口元に運んでやった。シグマはそれをぱくっと食べる。
「どうだ、美味いだろう」
「うん。甘い」
「……美味いと甘いは違うだろう」
「そうか、これが美味いという事なんだな。真砂が作る飯の味とは違うが、両方美味いんだな」
「……うまさの種類が違うんだよ」
「そうか、うん、解った」
 にこにこ笑うシグマに、京平もとりあえず笑い返してやり、そこでようやく真砂のことを思いだした。
「そうだシグマ、下に降りよう。真砂くんがココアとケーキを用意して待っておるのだよ」
「ココアとケーキ?」
「そう。さ、降りるぞ」

 京平は貰ったチョコを持ったまま、シグマと共にリビングに向かう。と、なにやら、リビングが騒がしい。先ほどとは違う、騒がしさだ。
「もうチョコレート無いの?!もっと食べたいのっ」
「優亜のために買ってきたチョコレートは、これで全部ですよ」
「じゃ、もっと買ってきてっ、もっと食べたいのっ」
「お嬢様、あまりわがままを言われては」
「わがままじゃありませんっ、優亜はチョコレートが食べたいのーっ!」
それをわがままと言うんだろうが、というツッコミすら空しくなるほどの優亜の状態に、京平はこそっと真砂に尋ねる。
「…おい真砂、お嬢一体どうしたんだ」
「いや、実はさ、優亜ちゃんが変わったチョコレートが食べたいって言うもんだから、俺が貰ったチョコレートを、全部渡したんだよ」
「それがなんでああなるんだ」
「いや、中にウイスキーボンボンがあってさ」
「え?」
「それ一箱全部食っちまったんだよ、優亜ちゃん」
「つまり…酔っぱらってるんだな」
「まだ14歳だからな」
 俺のミスだ、と真砂が呟く。そうだな、と相づちを打つのも空しく、京平は肩をすくめる。
「あーっ、京平、その箱はチョコレートねっ」
 騒いでいた優亜が、京平の持つ箱に目を留めた。そのままふらふらと危なっかしい足取りで、こちらにやってくる。
「優亜、危ないですよ」
「お嬢様っ」
 ザザとゼロの言葉も耳に入らない。京平の目の前にたった優亜が、据わった
目で京平をにらみながら手を差し出す。
「京平っそのチョコレート優亜によこしなさいっ」
 勢いに押されて思わず渡しかけた京平だが、それよりも先にシグマが間に割りこんで、チョコレートの箱を奪う。
「ダメだっ、これは、俺が、京平にやったんだっ」
「いいじゃないの、少しくらい。優亜にも食べさせてっ」
「絶対ダメだ、これは京平のだっ」
「あなたケチだわっ、いいじゃないっチョコの一つや二つっ」
「イヤだっ」
「今日は優亜の誕生日なのよ、あなただけよ優亜に何もくれないのっ」
「関係ない、俺はお前にやるためにチョコなんか買いたくないっ」
「なんですってぇ?!」
 普段ならばもっと落ち着いて話せるのだろうが、ウイスキーボンボンのせいで、優亜はかなり酔っているらしかった。京平はズキズキする頭を押さえながら、何とかしろよとゼロを見たが、ゼロさえも、もう、どうしようもないと言いたげに京平を見て肩をすくめた。ザザに視線を移してみたが、ザザにもどうしようもないのか、2人の間でおろおろしている。
「だいたいあなたはいつも生意気なのよっ」
「それがどうしたっ」
 放っておくとつかみ合いになりそうな雰囲気の中、京平は戸棚の上、ある物に気がついて手を伸ばす。そして、それ…先ほどザザから受け取った、瞳からのチョコレート…を優亜の前に差し出した。

「お嬢、代わりにこれをやるから、そのチョコレートは諦めてくれないか」
「え?」
 優亜がぱっとそれを受け取る。
「きゃー、京平ありがとっ、大好きっ」
「きょ、京平さん、いいんですか?瞳さんからのチョコレート…」
「いいんだよ、俺にはシグマから貰ったのがあるし、…まあ瞳だってみんなに食べて貰う方がいいだろ」
 いや、絶対良くない、と一瞬誰もが思った。しかし、元々真砂は瞳に好感情を抱いていないし、ゼロは基本的に優亜至上主義者だから、他の人が何を思おうと知ったこっちゃ無い。優亜はとりあえずチョコレートが貰えて幸せだし、シグマも京平のために買ったチョコレートを優亜に食べられずにすんで幸せだ。で、ザザも、結局は優亜の幸せが一番大事なのだ。
「よかったですね、優亜」
「うん」
優亜は心底幸せそうに笑うと、箱に視線を戻した。そして、箱の上にでかでかと書かれている文字に声を上げる。
「ちょおっと、何よこれっ、バカモノ、なんて書いてあるっしかも紫の口紅でっ!」
「あ、それは」
 京平がフォローしようとした。が。
「でもいいわ、優亜は大人だもの、こんな事くらいで怒りません。それにチョコレートに罪はないもんね」
 言って、ベリベリと遠慮のかけらもなく包み紙をはがす。大人なら、さっきのシグマとの口げんかはなんなんだ、と京平は思ったのだが、何を言っても無駄だしな、とソファに座る。
「あ、これゴディバだわっ、美味しそうっ」
「良かったですね、お嬢様」
 ゼロの言葉に優亜は満足そうにそれを口に運んだ。
「京平」
 疲れ切ってソファになつく京平の前に、ニュッと真砂がお盆をつきだした。
上にのっているのは、ホカホカと暖かそうな湯気を立てているココアと……
チョコレートケーキ?!「おいっ、真砂っ、これっ」
「ガトーショコラだ。一度作ってみたかったんだよな。で、今日、ビターチョコ結構貰ったからさ、作ってみた」
「それはいい。それはいいが、なんでわざわざココアなんだっ?」
「さっき京平が言ったんだぜ。ホットココアを作ってくれってさ」
「確かに言ったけど、チョコレートケーキならそうと教えてくれれば」
「教えようと思ったのに、さっさと二階に上がっていったのは京平だろ。なかなか降りてこないし」
 真砂はそこまで言うと、にっこり笑って続けた。
「しっかり食えよ。俺の特製ガトーショコラ。ああそうだ、砂夜子が作ったんだと思えばいくらでも食えるよな」
「真砂くん…これはそう言う問題じゃない……というより、砂夜子さんならこんな意地悪しない………」
 空しい反論を呟きながら、突き出されたお盆を受け取る。テーブルの隅にそれを置き、とりあえずはココアを一口すすってみた。甘かったらどうしよう、と心配したのだが、注文通り甘くないのに一安心した。
「あ、京平さん、あの」
 大満足の優亜から離れたザザがそっと京平に声をかける。
「ん?なんだ、ザザ」
「あ、ありがとうございました。チョコレート。優亜に」
「ああ、良いんだよ、あんまりチョコレートたくさんあっても、俺そんなに食わないし。一番食べたい人が食べるのが一番だろう」
 京平の言葉に、ザザはにこにこ笑って、頷いた。
「そうですよねっ。で、これなんですけど」
 ザザが盛っている皿の上に載っているのは、先ほどテーブルの上にあったイチゴケーキの1/8カット、だった。

「……これを?」
まさか食えとは言わないだろうな、と思っていた京平に、ザザはにこにこ笑いながら続けた。
「お礼といってはなんなんですけど、京平さん、食べてみて下さい。真砂くんに教えて貰って作ったから、味は保証付きですよっ」
「いやしかしこれは……」
 早水家には、直径28センチのケーキの焼き型がある。というよりそれしかない。つまり真砂もザザも同じ型で焼いたわけで、それの1/8カットだから、半径14センチはあるわけで、しかもイチゴケーキは店で売っても遜色無いような、見事なデコレーションまで施されているわけでもあって…。こんなでっかいケーキ二つも……食えるだろうか……。
「京平さん?」
 食べてくれますよねっ、という信頼の言葉を背中にしょったザザの呼びかけに、京平は負けて、皿を受け取った。
「後で感想、聞かせて下さいねっ」
 そんな元気に言われても、という気分で京平ははいはいと頷いた。もう今更何を言っても無駄だろう。
 京平はまずは真砂のガトーショコラを口に運ぶ。甘さ控えめでとても美味しい。
 これだったら食えるかも、と続けて口に運ぼうとしたところで「京平」と名を呼ばれて顔を上げた。
「おー。シグマ。どうした」
 シグマは京平の目の前にぺたんと座る。その手に持つマグカップから暖かそうな湯気が出ている。そこから漂ってくる香りは、コーヒーの物だ。
「あれ、お前はココアじゃないのか?…ああそうか、お前さんミルクがダメなんだな」
「そう。だからコーヒーにして貰った」
「そうかそうか」
 シグマは頷いた後、じっと京平がガトーショコラを食べるのを目で追っている。
「お前も食いたいんだったら、真砂に頼んで皿に入れてもらったらどうだ」
「一口だけ味見したい」
「解ったよ……ほら」
 京平がフォークに一口分、ガトーショコラを載せて、シグマの口元に運ぶ。シグマは先ほどと同じく、ぱくりとそれを食べた。
「これも美味い。さっきのチョコレートと似てるけど、ちょっと違うな」
「そりゃまあ」
 続けようとした京平の目の前、というよりシグマの目の前に、ガトーショコラが載った皿が突き出される。もちろんつきだしたのは真砂だ。
「シグマっ。ケーキが食いたいなら俺に言えっ、いちいち京平に食べさせて貰うんじゃないっ」
「…羨ましいのか?」      
シグマのあっさりとした鋭い一言に、真砂がコケそうになる。
「なんでそんな発想になるんだ」
「あ、真砂おにーさん、優亜もケーキ食べたーいっ」
「はいはい」
 真砂はシグマと京平を放って優亜にケーキを入れに行く。その時突然玄関チャイムが鳴った。

「なんだ?」
 立ち上がろうとした京平を見て、慌ててザザが立ち上がる。
「あ、僕が出ますよ、京平さんはケーキ食べてて下さい」
「おいザザ、瞳だったら有無を言わさず追い返せよ」
「真砂くん…」
 ザザが呆れたような表情で真砂を見ながら、インターホンを取り上げた。
「はい…はい?……あ、はい。解りました、すぐ行きます」
 物わかりの言い返答をしてザザが受話器を置く。そして、ちょこんと首を傾げた。
「どうしたザザ」
「あ、なんか、宅急便の人だそうです」
「宅急便?」
 京平と真砂は同時に壁の時計を見た。10:30。…ちょっと遅いんじゃないか?
「とりあえず、僕出てきますね」
「もしも瞳が来たら、さっさと逃げろよ」
「真砂くん……」
 ザザが再び呆れたように呼びかけたが、それ以上何も言わずにそのまま外に出ていった。そして、数分後何事もなかったかのように戻ってくる。手には小さめの段ボール箱を持っていた。
「京平さんにですよ」
「俺に?誰から」
「えっと……杉山哲朗さんと、加納光さん…セクションのお二人ですよね」
「哲とカノン?あいつら確か今は…ライブツアーで北海道に行ってるはずだけどな?」
 首を傾げつつ、段ボールを受け取る。ずっしりとしていて結構重い。
「あ、発送元は北海道でした」
 ザザの声を聞きながら京平がバリバリと包装を開ける。中には。
「……これは……一体どういうつもりなんだあいつら」
 中には、ロイズファクトリーのチョコレートと、六花亭のチョコレートがギッシリと詰め込まれていた。
「京平京平、優亜にもちょうだい、チョコレートっ」
 酔っぱらっている優亜がご機嫌でやってくるのに、とりあえず六花亭の板チョコを2、3枚手渡しておく。
「おい京平、何か入ってるぞ」
 隅っこに入っていたカードらしき物をめざとく見付けたシグマが、京平にそれを手渡す。
「なになに?…『敬愛するギタリスト、早水京平様へ。どうぞお食べ下さい……なーんちゃって堅いことは抜きだよーん、北海道に来ておいしーチョコレート見付けたから京ちゃんにもお裾分けしてあげるっ♪ちゃーんと2月の14日につくように頼んでやるからなっ。感謝して食べたまえ、かっかっか。セクションの天っ才ギタリスト、杉山のてっちゃんより♪』……」
 一枚目を読んで、本気で頭痛を感じて京平が頭を押さえる。
「もう一枚あるぞ」
「はいはい。何々…『敬愛するギタリスト、早水京平様。北海道のライブの合間、フリータイムに美味しいチョコレートを見付けました。少しですがお送りいたします。食べていただければ幸いです。あ、またレコーディング一緒にお願いします。セクションボーカル加納光』」
 どうしてこの2人がコンビを組んだのかねぇ、全然性格違うのに、と思わず京平が呟き、そう言う問題じゃないだろ、と真砂がつっこんだ。確かにそう言う問題じゃない。
「どこが少しなんだ」
 すべて板チョコで、小さめの段ボールとは言えそこそこにでかい。それにぎゅうぎゅうにチョコが詰め込まれているのだ。…チョコレート好きに送るならともかく。
 これだけのチョコレート、どうしてくれよう、という気分でため息をついた
京平の耳に再び玄関チャイムの音が鳴り響く。しかし、一度ではなく何度も何度もしつこく鳴っている。
「瞳だな、……あの女」
 真砂がイヤな顔をしながら立ち上がる。
「おい真砂。瞳なら俺は居ないと適当に嘘言って帰せよ」
 京平の言葉に真砂は当然だと頷いてみせる。
「京平さん、いいんですか」
 ザザが心配そうな顔でこちらを見る。
「なあザザ。お前仮に瞳がここに来たとして…それなんて説明する?」
 いいながら京平が顎で指したのは、先ほど優亜が食べてしまった瞳からのチョコレートの空き箱だ。
「わ。本当だ、これはちょっと…説明できませんよね…」
 納得したザザが黙る。真砂がインターホンを取った。途端に瞳のばかでかい声がこちらにまで聞こえてくる。
『真砂ーっちょっとあたしだよ瞳だよっ、そこに京平いんでしょ、出しなさいよっ』
「あいにくだったな、京平なら留守だよ」
『嘘だね嘘っ、あんたの言葉には信憑性がないんだよっ』
「うるせえなっ、いないっつってんだろうがよ、とっとと帰れっ」
『その手は食わないからねっ京平出すまであたしは帰らないよっ』
「だから京平は居ないんだっ」
 押し問答になりそうな雰囲気に、シグマが立ち上がった。
「おいシグマ何する気だ?」
 低く尋ねた京平に、シグマはにやりと笑って見せた。
「あの女、ザザの言うことなら信用するだろ?俺に任せろ」
 いや、任せろったって…。
『居ない訳無いじゃん、いいから京平を出せってばっ話があるんだよっ』
 シグマはちらっと真砂に目配せをして、受話器を受け取る。何をする気だ訝りながら真砂は素直に受話器を渡した。そして。
「瞳さん?あの、京平さん今日は本当にいないんです」
 シグマの口から流れたのは、ザザの口調と声をすっかりコピーした、ザザそのものの言葉だった。
『その声はザザ?ちょっとどういうことよそれっ』
「実は今日、僕がここに優亜を呼んだんです。そのことを京平さんに話したら、自分は邪魔だろう、どこかに泊まるから気にするな、お嬢にゆっくりしてもらえって言ってくれて」
『そっかー、なんだ本当にいないんだ。…解った、迷惑かけてごめんね、じゃ、またっ』
「はい、お休みなさい」
 言ってシグマはかちゃりと受話器を置いた。
「これでいいんだろう」
 そう言ったシグマの声はもういつものシグマの声だ。
「なるほどそういう手があったか」
 と真砂は感心している。ザザは驚いたのかきょとんとしてシグマを見ていた。
「なるほどな、ザザだと嘘は付けないからな。でもザザの言葉なら瞳が信じるとシグマは考えたわけだ……偉いじゃないか」
 京平がほめると、シグマはぼそりと言った。
「あの女は好きじゃない。ぎゃあぎゃあうるさいし、声がでかすぎる」
 その言葉に真砂が吹き出す。
「いや全くその通りだ、よく見てるじゃないかシグマ」
「まあな」
 とりあえずは一段落だ。やれやれとケーキに手を伸ばす京平に、ザザが心配そうな顔で言う。
「あの、京平さん、本当に大丈夫でしょうか、瞳さん。僕じゃないって気付いたりしないでしょうか」
「大丈夫だよ。瞳はシグマの事なんて知らないし、大体シグマがあんなに上手くザザの真似出来るなんて俺でも思わなかったからな。心配するな」
 ウィンクしながら太鼓判を押してやると、ザザはやっと納得したのかにっこり笑った。
「そうか、そうですよね」
 いいのかそれで…。
「そうよザザ、何があったって大丈夫っ、今日はとっても良い日だもの」
「そうそう。さ、じゃあこれから優亜ちゃんの誕生日パーティー、第2部に突入するかっ」
 真砂の言葉に京平がギョッとして真砂を見る。
「おい真砂ちょっと待て、第2部ってこれからか?!」
「そういうこと、らしいですね…」
「おいおいマジかよ……」
 京平の呟きもザザのため息も、そしてゼロの気の毒そうな表情も、すべて優亜の歓声に消されてしまう。
 2月14日の夜は…まだまだ終わりそうになかった……。
                           END