宴の後

          狩野憲

「………疲れた……」
 京平は珍しくへとへとになってしまっていた。
 現在夜中の12時30分、京平にしてみればまだまだ昼間のような物……というのは言い過ぎにしても、こんな時間ならまだまだ活動時間の範疇だ。にもかかわらずこんなにも疲れ切っているのは。
「眠い……」
原因は、京平の目の前で、眠たそうに目をこすっている。ちょっと前までパーティーの主役で大はしゃぎだった優亜だ。
「優亜、こんなところで寝たら風邪ひいてしまいますよ。早く歯を磨いて、寝ましょう」
 ザザがそう言って優亜を導こうとするのを、ゼロが止める。
「お前は片付けをしろ。お嬢様は私が連れていく」
「ええっ?」
 ゼロの言葉に明らかに不満そうな声を上げるザザ。しかし。
「私に食器運びや洗い物をさせるつもりか?」
「………」
 このゼロの言葉は何も格好を付けていっているのではない、と気づき、思わずザザが黙り込む。以前、ここにゼロが居たとき、食器運びを手伝ってもらい、大量の皿を割られてしまったことを思い出したのだ。
「解りました、僕は真砂くんの手伝いをします」
 よし、と頷くとゼロは優亜を抱えるようにして行ってしまう。
「俺も食器運びぐらいなら手伝おうか」
 流石にリビングの惨状に、京平も普段はしない手伝いをかってでる。
「すいません京平さん……あ、じゃあこれお願いしますっ」
 すいませんといいながら、大量の食器を京平に押しつけるザザは……実はあまりすまないとは思っていないのかもしれない……。

「京平、お前はもういいから寝ろよ。後は俺とザザとシグマでやっとくから」
「そうですよ、京平さん。ありがとうございました」
「そうか?じゃあ……」
 真砂とザザの声に押されるように、京平は歯を磨いて半分寝ぼけながら部屋に帰る。それから少々あとのこと。
「……ザザ。後悪いけど頼むな」
「え?」
「あとしっかりやれよ」
「ええっ?ちょっとシグマ?真砂くん?」
 真砂とシグマは片付いたリビングでなにやら話を始めた。まあ、あとは食器をしまうだけだから、ザザ一人でも大丈夫だが。大丈夫だが。
「さっき真砂くん、『俺とザザとシグマ』って言わなかったっけ?」
 いまいち疑問を捨てきれないザザだったが、今はこちらを片づけるのが先、と食器を片付け始める。
 結局こういうときは、一番真面目な者が損をするのだ。

さて、とりあえず部屋に戻った京平は、やっぱり半分寝ながらパジャマに着替える。そして、あとはベッドに潜り込むだけ、という状態になったとき、控えめながら確実なノックの音が響いた。
「はい?」
 気付いちゃったからには開けんとなあ、と呟きながら京平はドアを開け、そこに真っ黒な影…ではなくて、ゼロの姿を発見する。
「どうしたんだ、ゼロ?」
「すいません、今どうしてもお話ししたいことがありまして。少しよろしいで
すか?」
 と言いながら、実はもう身体半分部屋の中に入っちゃってたりするんですけど……。つっこんでも仕方ないので、京平はゼロを部屋の中に入れてやり、自分はパジャマの上にセーターを羽織った。そして、ゼロには椅子を勧めてやり、自分はベッドに腰掛ける。
「話ってなんなんだ?ゼロ」
「はい。今日は、ありがとうございました」
「え?」
「優亜様を、ここに招いていただいて」
「ああ、別に俺が招いた訳じゃないし」
「それでも、優亜様のために色々していただいて、心から感謝します」
「色々って…」
 それって例えばリクエストに応えてバースデーソングを歌ったりした事かしら、と考えながら、京平が曖昧に頷く。
「なあ、ゼロ。話がそれだけだったら」
「いえ、感謝したいのは優亜様のことだけではありません」
「?」
 何を言いたいのかと首を傾げる京平に、ゼロは淡々と話し始める。
「覚えていらっしゃいますか、以前、シグマがザザに傷を負わせた後のこと」
「ん?ああ」
 忘れようにも忘れられない。
 ザザが京平をかばって傷を負ったときのことなら。
「もちろん忘れてないが?」
「あの時、私は嬉しかったんです。あなたが、私たち3人のことを大好きだと言って下さったことが」
「?」
 京平はただ自分の気持ちをそのまま言っただけだ。感謝されるほどのことではない、と思っていたのだが。
「ザザは脱走するまでは研究所にいました。私は当然の事ながら研究所におります。そこにいる研究者達は、私たちを優亜様の作品としか見ていません。私は、そのことになんの疑問も持ちませんし、抵抗感もありません。私は優亜様に作られた自分自身に誇りを持っていますから。しかし、あなたは私たちに、人間に対するように接して下さった。それが、何故か嬉しかったんです」
「ゼロ、お前は別に人間になりたいと思っているわけじゃないんだよな?」
「当然です。しかし、研究所での私たちは、優亜様の作品であるマシノイドであり、それ以上でもそれ以下でもありません。誰もが私たちを機械として扱い、いくら優秀な物とは言え、とにかく機械としてしか見ていません。ですから、私自身に誇りを持っている私としては、私の人格を認めていただけたようで、嬉しかったのです」
「感謝したいことと言うのは、つまりそれか?」
「はい。それに、シグマに対するあなたの態度もです」
「シグマに対する俺の態度?」
「私は、あなたがここを出て、セクションのお二人と合流し、シグマに会って行動する様をすべて見ておりました。その時に、あなたがシグマに対し…まるで弟に対するように接してくれたその態度もやはり嬉しかったのです。私も優亜様も、シグマを尊重しようと言う気持ちは全くありませんでした。あなたの仰ったとおり、シグマが暴走するのは私たちの態度からして仕方のないことだったのです。ですから、あなたが、シグマのことを、私たちの誰よりも初めに認めて下さり、そして、シグマが多少なりとも素直になっている様子を見るのが、私には嬉しかったのです」
「そうか」
 京平はいつだって自分のしたいようにしていただけだから、改まって言われると、逆に困ってしまうのだが、とりあえずは頷いておく。
「ですから、これからも色々と迷惑をおかけすることはあると思いますが、よろしくお願いします」
 そう言ってゼロは深々と頭を下げた。その様子を見て、思わず吹き出しそうになって、京平は慌てて表情を引き締めたが、ゼロは微妙な京平の表情の変化に気付いたらしい。
「なんですか?」
「いや、なんだか今のお前さん、まるで『うちの子をよろしくお願いします』って頭さげてる母親みたいだったぞ。あと菓子折でもあれば完璧だったがな」
 冗談めかして告げた京平の言葉に、ゼロが、ああそう言えばと呟きながら、小さな包みを取り出した。
「……冗談だったんだが?」
「いえ、これは渡そうと思っていたのです。優亜様のことであなたに渡す機会がなかっただけで」
 そう言いながら、ゼロは京平にその小さな包みを手渡した。それはどうやら、小さなボトルに入ったキャンデーらしい。
「あなたはよく、ちょっとしたときにキャンデーを嘗めてらしたので、お好きなのかと思いまして」
「はあ。好きというか…」
 禁煙して、口寂しいときに丁度良かっただけなんだけど、と思いながら、それをよく眺めてみる。何種類かのキャンデーが入っているらしいそれは、とてもカラフルで、可愛らしかった。一体こいつどんな顔してこれやお嬢のチョコを買ったんだろうな、と思いながら、京平はそれをありがたく頂くことにする。
「まあ、ありがとう。また食べさせてもらうよ」
「それでは、お休みなさい。おじゃまして申し訳ありませんでした」
 ゼロはそのまま部屋を出ていこうとして、何かを思いだしたように振り向いた。
「そうそう、もう一つ言い忘れていました。優亜様のパーティーを一緒に楽しんで下さってありがとうございます」
「いやべつに。大したことじゃないだろう?」
 京平の言葉に、ゼロはちょっと悲しそうな表情で微笑んでみせる。
「優亜様が私とザザ以外の者に誕生日を祝ってもらうのは、これが初めてなんですよ」
「え?」
「いつも周りにいるのが研究所の職員ばかりですから。ですからきっと、今日は優亜様にとってとても良い日となったと思います。本当にありがとうございました。そして今度こそ本当にお休みなさい」
 ゼロはそう言うと、部屋から出ていった。おそらく、優亜の部屋でボディガードの様に、一晩中起きているつもりなのだろう。まあ、それがゼロにとっては普通のことなのかもしれないが。
「さて、今度こそ寝るか」
 と、セーターを脱ぎ捨て、ベッドに入りかけた京平の元に、今度はノックもせずにシグマが飛び込んできた。
「どうしたんだシグマ」
「京平、子守歌歌ってくれ」
「……なんですと?」
 あまりの言葉に京平の反応が、数拍遅れる。
「だから、子守歌歌ってくれ」
「子守歌って……なんでまた」
「人間の子供は、眠る前に、子守歌歌ってもらったり、昔話読んでもらったりするんだろう?」
 どこからそんな知識を得たのやら。
「でも、お前さんは子供じゃないだろう」
「俺はまだ、一歳にもなってないぞ」
「……いやそれはそうだが」
 言いながら、だんだん京平はこのままシグマと話するのが面倒になってきた。
「ま、良いか。じゃあ歌ってやろう」
「ベッドに入っても良いか?」
「……ご自由に」
 どうせダメだと言っても、結局最後はもぐり込んでくるのだろうから、と京平はさっさと諦めて許可を出す。すると、シグマもさっさとベッドの中に潜り込んでくる。
「子守歌って言っても、何が良いんだ?」
「京平が歌ってくれるなら何でも」
「何でもって言われてもなあ……」
 坊や良い子だねんねしなとか、ねんねんころりよおころりよ、とか、眠れ眠れ母の手に、などというのは、あまり、シグマに似合いそうもないし。
「本当に何でも良いのか?」
「いい」
「……聞いて笑うなよ」
 そう言いおいてから、京平は静かに、低い声で歌い出した。シューベルトの『アヴェ・マリア』だ。
 シグマは言われたとおり、静かにその歌を聴いていた。しかし、途中で京平の声がだんだんと弱くなり、そして、カクンと上げていた頭が落ちる。そのまま京平は、眠ってしまっていた。既にすいよすいよと気持ち良さげな寝息をたてている。よほど疲れているらしい。
「子守歌を歌っている人間が、歌ってもらっている相手より先に寝てどうする」
 口調とは裏腹な嬉しそうな表情で呟いたシグマは、京平にしっかりと布団を掛け、自分も中に潜り込む。
「真砂との賭、俺の勝ちだな」
 どことなし、嬉しげにシグマが呟く。
 京平の2月14日は、こうやってようやく終わりを迎えたのであった。

                                END


 書いてみました、京平さんと語るゼロ。
 うーん、難しいですねー、でもって最後にシグマが出て来るって言うのは、
何故なんでしょうかね?おかしいなあ、はじめは京平さんとゼロが話して、お
休みなさいで終わりだったのになあ?
 あ、そうそう、シグマと真砂がどんな賭をしていたかは、ご想像にお任せします♪
狩野憲