サイレントストリーム

               狩野憲




ミンナキライダ。
ダカラミンナコロシテヤル。
ざざモ、ミンナモ。
コロシテヤル………。

 何がそんなにいやなのか、何故殺してやりたいと思うのか、俺にだって解らない。
 だけど、みんな嫌いだ。
 俺を作った、優亜と言う女も、俺に命令する、ゼロも。
 それから、みんなに好かれている、ザザも。
 みんなみんなザザを好きだと言うんだ。
 俺のことは、『ジッケン』とか、『いい子じゃない』とか、『シレン』とか、訳の分からない言葉で呼ぶんだ。
 ザザなんて嫌いだ。
 俺とどこが違う?姿も似てる。
 何が違う?
 どうして誰も……俺を好きになってくれない?

 あの男だけは違っていた。
 俺に聞くんだ。
「何故そいつを殺したいんだ、シグマ」って。
 決まっている、いらないからだ。
 ザザなんかいらない。ザザなんか。
 その男を、俺は傷つけた。
 びっくりした。
 ニンゲンは、切ったら赤い血が出るんだ。
 なのに、ザザは、怒ったのに、そいつは怒らなかった。
「シグマ、こいつはこんな事言ってるけど、お前は立派なマシノイドだよな」
 俺を、一人のマシノイドとして、命令するんじゃなく、俺だけに、話をしてくれた。
真っ赤な血を流しながら。
「お前は悪い奴に利用されてるだけなんだよっ、そいつを教えてくれたら仲良くなれるぞっていっているんだっ」
 俺がしたことを、怒ってるんだろうけど。
 それよりも、もっと別の何かがあるような気がする。
「だっていらないんだそいつなんかっ。何でお前邪魔する?お前関係ないのに」
 解らない。
 ニンゲンのことは解らない。

 あの男の側にいたら、ザザが居ると思った。
 なのに、あの男はザザを追い出してしまった。
 それっきり俺はザザを見付けられなくて。
 なんとかして、ザザを見付けたい。
 その気持ちだけで、あの男の家の電話を逆探知した。
 あの男はキョウヘイという名前で、いまはナゴヤにいるらしい。
 ……どうやってそこにたどり着けたか何て知らない。
 何でそこにたどり着けたのかも知らない。
 ただ、キョウヘイの側にいれば。
何か解るかもしれない



 キョウヘイを見付けて、先回りした。
 髪の長い男を部屋に運ぶのを見ていて、俺は、キョウヘイが来るだろう所に、立っていた。
 キョウヘイは、俺を見てびっくりした顔をした。
 そして、迷わず言った。
「……シグマ」
 どうしてか解らない、キョウヘイは「とにかく入れ」と、自分の部屋に俺を入れた。
「座ったらどうだ」
 言われたけど、俺は椅子に座らなかった。
 床に、膝を抱えて、何も言わず。
 キョウヘイも何も言わず、ただ冷蔵庫から、缶を出して何かを一口、飲んだ。
「よく分かったな、ここが」
「……お前の家の電話を逆探知した」
 ぼそっと言ったら、キョウヘイは驚いたような顔をして言った。
「ずいぶん頑張ったわけだ」
 解らない。キョウヘイはなんで?
「変なの」
 言ったら、それは止めろと言われた。
 言ったら負けだって言われた。負けるのはいやだっていったら、負けるなって言われた。
「わかった」
 そう言ったら、キョウヘイはちょっと呆れたような顔になった。
 ……聞いてみたいことがあった。
 計画が狂ってしまったのは、こいつの責任だ。
「何でお前、いなくなった?」
 言ったらキョウヘイは黙って俺を見た。
「何でここにいる?」
 やっぱりキョウヘイは答えない。
「お前のせいで、計画が狂った。お前があいつ捨てていなくなったりするからっ」
 そう言ったらキョウヘイは、「ちょっと待てシグマ」と言いながら、椅子から降りて俺と同じように床に座り込んだ。
 目線が、同じになる。
 あの時の、イヤな記憶がよみがえってきて、俺は思わず「なんだ?」と答えながら逃げられるように逃げ腰になる。
「あ、牛乳なんか無いぞ」
 思いださせるなっ。
「うるさいっ。だからなんだ!?」
 むっとして怒鳴ったら、キョウヘイはまっすぐに俺の目を見ながら、言った。
「計画って何なんだ?何のための計画か知っててやってるのか?」
「―――」
 突然言われて、答えられなかった。
 ゼロが、計画だっていうから、俺はその通りにしていただけで。
 でも、キョウヘイの目が、何か言えって言っているような気がして、俺は、答えた。
「……知らない」
「何のための計画かも知らなくて命令通りに動けるのか、てめえはっ!?」
「知らないったら知らないっ!!」
 怒鳴られて、こっちも怒鳴り返した。
 ついでに思ったことを、キョウヘイをにらみながら、そのまま言った。
「じゃあ、お前は知ってるのか?!」
 俺を見ている、キョウヘイの目が一瞬驚いたように見開かれる。
「お前は知っているのか!?誰が何のためにお前の役目を決めたのか知っているのか!?」
 しばらくキョウヘイは何も言わなかった。
 そして、ゆっくりと、話し始める。
「知ってる。……俺は知ってたよ。役目を決められてると思いこんでいた俺が俺を動かした。つまり犯人は俺だ。他の誰のせいでもない。…わかるか?」
 どういうことだ?
「……むずかしくてわかんない」
 正直に答えたら、キョウヘイは必死な顔で俺を見ながら、言った。
「だから、お前を動かすのはお前なんだよ。計画通りに動かされてると思うから、命令されていると思うから、本当の自分をどこかに置き忘れてるんだ。そんなもの捨てちまえっ!まず、お前がどうしたいのか俺に言って見ろ、今ここで!」
 俺が、どうしたいか?
 決まってる。あいつは。
「……要らない」
 気がついたら、俺は呟いていたらしい。
 キョウヘイが、「え?」っと言って俺を見た。
「だからあいつは要らない」
 キョウヘイは何も言わずに俺を見ている。
 俺は、言いたいことをキョウヘイにぶつけることにした。
「今、俺がどうしたいか言えって言ったじゃないか!あいつ嫌いだ!だからあいつ殺したい。なのにお前があいつを追い出したりするから、……あれっきり誰もあいつのこと見てない。どこにいるか知らない」
 そう、だれも、知らない。
「それじゃ困るんだ」
 そう言ったらキョウヘイは、しばらく考えていた。
 そして、俺をにらむように見ながら、低い声で言う。
「……シグマ。こないだと同じ事をもう一回言おうか?」
 そこでキョウヘイは息を吸った。
「お前が要らなくたって俺は要るんだよ、あいつが」
 要るって?!
 お前は、ザザを。
「捨てたくせに!?お前が捨てたくせに!?」
「誰が?」
 キョウヘイは俺をにらみながら、言う。
「あいつがどこにいようが、俺をどう思っていようが、俺の気持ちが変わる理由にはならねえだろうがっ!」
 キョウヘイはあいつを捨てたんじゃない。
 キョウヘイは、ザザを大事に思ってるんだ。
 それが解ったら、悔しくて悲しくてたまらなかった。
 苦しい。悲しい。
 でも、それをどういえばいいのか解らない。
どうしてこんなに悲しいのか、どうしてこんなに苦しいのか、わからない…
…!
 俺は、どうして良いのか解らず、両腕で床を叩いた。
「お前、勝手だ……!」
 他になんて行って良いのかも解らない。
「みんな勝手だ、みんな嫌いだ!!」
 優亜も、ゼロも、それに、一番嫌いなのは。
「あいつだけずるい、……あいつだけ勝手だ!!」
 胸が苦しくて、どうしようもなくて。
 俺は、床にこぶしの爪を立てながら、キョウヘイを見た。
 こいつも、キョウヘイも……。
「お前もあいつが好きなんだ」
 どうしてこんなに苦しいのか知らない。
 声が震えるのも制御できない。
 ただ、この男はこの男なりに、ザザが好きで。
 ザザのことを、捨てたんじゃなくて。
 ザザと離れていても、ザザを大切に思っていて。
 どうして、ザザは、こんなにもみんなに好かれてる?
 あいつなんか……。
「ザザなんか嫌いだ」
 そう、ザザなんか嫌いだ。
 あいつなんか要らないんだ。
 俺は、言えば言うほど苦しくなるのに、そう言うことを止められなかった。
 キョウヘイは、何も言わずに俺を見ている。
 あいつなんか要らない。
 その言葉ばかり、何度くり返したか知らない。
 なんども、なんども、言っても言っても足りなくて。
 言えば言うたび苦しくて。
 それでも、俺はくり返した。
「俺が殺してやるんだ……」
 呟いて、床に爪を立てる。
 苦しい……。
「確かに俺は勝手だし俺はお前があいつを殺したら許さない」
 キョウヘイが、俺を見ながら言う。
 俺は思わず、キョウヘイをにらんで、何か言おうとした。
 だけど、それより、キョウヘイが言う方が早かった。
「だけどだからって俺がお前のことを嫌いってわけじゃないぜ。少なくとも、
今は」
「―――」
 俺はそのまま、言葉を無くしてキョウヘイを見た。
 嫌いじゃないって……。
 そんなことない。
 こいつはザザが好きなんだ。
「……嘘だ」
「何で嘘になるんだ」
 キョウヘイはすぐに返してきた。
「だっておまえは……」
 何を言えばいいのか解らない。
「……だって、おまえは……」
 わからない。
「行き場がないんだったら、しばらく俺と一緒にいないか?どうせ俺も居候さ
んなんだ、一人くらいおまけが増えても今さら変わらないでしょ」
 キョウヘイが何でもないことのように言う。
「……おまえ、おまえは……」
 何を言って良いのか解らない。
 ただ、口に出しただけ。
「どうする?シグマ。それともおまえさんは俺のことが嫌いか?」
 俺の目を見ながら、そう言われて俺は何を言って良いのか解らず、黙るしか
なかった。
 どうするって、俺に聞いているのか。
 押しつけるんじゃなくて、計画とも関係が無くて。
 ただ、俺がここにいたいのなら、居ても良いのか………?
 でも、なんで、キョウヘイが俺にそんなことを言う?
「お前って……」
 変だ、と言いかけて、変だって言ったら負けだ、と言われたのを思い出し
た。
 何て言えば良いんだろう?
 考えたけど、なんていえばいいのかなんて、何一つ浮かんでこない。
 悔しいけど、一つしか。
 俺はキョウヘイに背中を向けた。
 悔しいけど、でも。
「やっぱり変だ。負けるのはやだけど俺は今だけ負けてもいい。――おまえ、
すっごく、変だ」
 キョウヘイは、しばらく何も言わなかった。
 しばらく俺をじっと見ていたが、ふーっ、とため息をつくのが聞こえた。
「シグマ。寝るんだったら、ソファ使っていいぞ、床だと痛いだろう」
 俺は何も言わなかったし、キョウヘイのことも見なかった。
しばらくして、キョウヘイが言った。
「…俺は寝るぞ」
 ごそごそと、キョウヘイがベッドに潜り込むのが、気配で分かる。
 でも、俺はやっぱり何も言わなかった。
「じゃあ、お休み」        
 キョウヘイは明かりを消した。
 部屋が真っ暗になる。
 キョウヘイは、夜中に何度か目を覚ました。
 そのたびに俺が居るのを確かめた。
 暗かった部屋が明るくなって、かなりたってから、キョウヘイが起きた。
「シグマ、おはよう」
 俺は何も言わず、ずっと同じ所に座り込んでいた。
 キョウヘイは、顔を洗って、服を着替えた。
 そして、俺の側にしゃがみ込んで、俺の顔をのぞき込むようにして、言っ
た。
「おはよう、シグマ。お前も食事は出来るんだろう?一緒に朝飯を食いに行こ
う」
 朝飯?
「…解った」
 何なのか知らないけど。
 キョウヘイは、俺を、自然に、受け入れてくれたから。
 俺は、こいつの側にいる。
 これからずっと、こいつの側にいたい………。
                                  


END







はじめて書いた、一人称です。
文章のおかしな所とかはこの際無視して、イメージだけで読んでやって下さい
……(T_T)
狩野憲