2月13日。午前11時。
 二人の格好良い青年が、デパートの地下、特設のチョコレート売り場で、黙々とチョコを選んでいる。いや、二人というのは正しくない。そのうちの一人、長い髪に真っ黒なグラサン、アルマーニのスーツを着た若い方の青年が、黙々とチョコレートを選んでいる。それははっきり言って、とても不気味というより、不自然な光景だった。しかし、彼があまりに真剣な表情でチョコレートを選んでいるものだから、誰も何も口に出すことが出来ない。
 もう一人の明らかに年上だろう青年は、口を出すこともせず、試食のチョコをつまみながら、彼がチョコレートを選び終わるのを、ただ黙って待ってい
る。どことなく、面白い物を見るように、嬉しうな表情をして。
 ……この二人が、今をときめくロックユニット、セクションの二人だと気がついた人間が、誰一人としていなかったことは、彼らにとって幸いなことだっただろう…。おそらく。

 そもそも彼らがチョコレートを買いに行く羽目になったのは、その前日のライブの際、ファンから差し入れられた、北海道特産のチョコレートが発端だっ
た。
「このチョコレート美味しいなあ、カノン」
 早速ホテルの一室でそれをつまみつつ、打ち合わせに入る二人。その日彼らに差し入れられたのは、六花亭とロイズコンフェクトのチョコレートだった。
「そうですね。んー?『ちょっと早いですけど、せっかくなのでヴァレンタインのチョコレートです、どうぞ』って、メッセージついていますね」
「ほー、そうか。そうだよなあ、ツァイトの頃からこの時期って楽屋にチョコレートが山ほど届いてたよなあ」
 懐かしそうにしみじみと呟いた哲郎に、チョコを食べながらスコアを見ていたカノンがそちらを向く。
「京平さんも、受け取ってました?」
「当然じゃないか。京ちゃんと俺がツァイトの看板だったんだからさ」
 どこまで本気で言っているのは知らないが…。
 哲郎の戯言を切り捨てて、カノンは自分の質問を優先させる。
「京平さんは、チョコレートお好きなんですか?」
「嫌いじゃなかったと思うぜ?京ちゃん宛に段ボール一箱分は届いてたけど、結構嬉しそうに食ってたしなー」
「………」
「もっとも最近もらってるのかどうか知らないけど」
「…贈りましょう」
「は?」
 なにやら決心したらしいカノンの言葉に、哲郎が思わず間抜けな声を発する。
「せっかく美味しいチョコレートですから、京平さんにもお裾分けしましょう」
「お裾分けったってお前…貰ったのそのまま贈る気か?」
「そんな事するわけないでしょう、買いに行くんですっ」
「いつだよ、そんな時間無いだろうが」
「明日、オフですよね」
「あ?ああ」
「明日行きます、と言うかむしろ行きましょうっ」
「ちょおおっとまて、なんでそこで俺まで巻き込むんだっ」
「俺一人に贈れって言うんですかっ?」
「お前が送りたいんだろう、じゃあ勝手に一人で贈れよっ」
「いやですよ、哲郎さんと贈るんならともかく、俺一人で贈ったりしたら、怪しいじゃないですかっ」
「……そこまで解ってるんなら止めろよ」
「いやですっ。何が何でも京平さんにチョコレート贈るんですっ」
「……解ったよ、明日のオフ、つきあえばいいんだな?」
「絶対ですよっ」
「はいはい」
 哲郎は仕方なく、カノンにつきあってやることにした。
                                   
  

 で、最初に戻るわけだが。
 30分近くもかけてカノンはどうやら、納得のいくチョイスが出来たらしい。哲郎はそれをひょいとのぞき込んで、思わず手に持っていた生チョコを取り落とす。
「カノン、…それは」
「え?」
 カノンが黙々と選んだそれは、すべて板チョコだった。しかも、昨日美味しいと食べていた二つの銘柄のものばかり、である。一応種類はビターにミルクにホワイトに、とたくさんそろっているようなのだが、それにしても山のような板チョコを贈られて、果たして京平は喜ぶだろうか……?いや、喜ばないだろうなあ。そこまで考えつつも、哲郎はこの際何も言うまいと心に決めた。
(その方が後々面白い物が見れそうだもんねー)
 もちろん哲郎がそんなことを考えているなどと、これっぽっちも知らないカノンは、清算を済ませようとしている。
「包装はあちらのサービスカウンターで請け負っております」
 下手なことを言うのは止めよう、と心に決めたらしい店員が、マニュアル通りに、にこやかな表情で向こうのサービスカウンターを指す。
「お世話になった相手に郵送したいんですが」
 無愛想にボソボソと喋るカノンの言葉に、店員はもう一度先ほどと同じ、後ろのカウンターを振り返りながら言った。
「そちらもあちらのカウンターで請け負っておりますので」 
「解りました。ありがとう」
 カノンは山のような板チョコを抱えて、カウンターに向かう。後ろからひょこひょこと半分見物人と化した哲郎もついていく。
「すいません、これを郵送したいんですが」
「はい。かしこまりました。えーっと、到着は15日以降になりますが、構いませんか?」
「……」
 それは困る、と言い出せずに黙ってしまったカノンに変わり、哲郎がしゃしゃり出る。
「絶対に14日以内というのは無理ですか?何が何でも14日に着かないと困るんですが」
「何か特殊な事情でも?」
「ええ、実はこのチョコレートを待っている知り合いが、このチョコの中毒で、これが切れると暴れ出すんです」
「……哲郎さん……」
 デタラメを並べる哲郎に、カノンが呆れたような視線を投げる。店員も流石にこれには呆れたのか、一瞬ため息をついた。
「少し料金が掛かりますが」
「料金ぐらい、多少掛かっても構いません。な?」
「え?ええ、もちろん」
「それならば、何とかなりますが、かなり夜遅い時間になると思います」
「全然構いません。14日に着くのなら」
 半分嫌がらせかもしれない。
「解りました。それでは、何が何でも14日に届くように、手配させていただきます」
 店員の言葉を聞いて、カノンが安心したような表情を見せる。
 店員が器用にチョコレートを詰めてくれるのを見ながら、哲郎がカノンをつついた。

「カノン。何かメッセージ入れたらどうだ?」
「え?イヤですよ、恥ずかしい。哲郎さん、書いて下さいよ」
「ふーん、俺が書いちゃって良い訳ね」
 カノンがチョコを選んでいる間に、選んでおいたメッセージカードを取り出す。
「それじゃ遠慮なく♪」
 哲郎は鼻歌混じりでさらさらとボールペンを走らせ…それを見るともなしに見ていたカノンの表情が変わる。
「哲郎さんっ、それ本気で送る気ですか?」
「当然。あ、カノンちゃん自分で書くのがイヤなら、連名にしといてやろう」
そう言って本当にカノンの名前を書きそうになった哲郎を、慌てて止めながらカノンが叫ぶ。
「解りましたよ、俺も書きますっ」
「そう言うだろうと思ってた♪」
 言いながら哲郎は、カードとペンを取りだした。
「……」

 無事にチョコレートを発送し終わって、カノンと哲郎はホテルに戻る。
「京平さん、喜んでくれるでしょうか?」
「さあ、どうかねぇ」
 煮え切らない哲郎の言葉に、カノンがその顔を見る。
「だって、喜んでたって言ってましたよね?」
「うん、まあね。京ちゃんてば、チョコレート貰って確かに喜んでたんだけどさ、結局全部は食べきれないからって、他のメンバーに半分以上……ほとんど全部に近いかな?分けてたんだよねー」
「なっ」
 哲郎の言葉にカノンが真っ青になる。てっきり京平がチョコレート好きなんだと思ったのにっ。
「なんでそれをっ最初に言ってくれないんですかっ」
「なんでって。いやカノンちゃんがチョコレート送るって決めちゃってるから、水差したら悪いかなーと思ってさ」
「悪い訳無いでしょうっ、そう言うことは先に教えて下さいよっ」
 怒って怒鳴るカノンに、哲郎はにっこり笑いながら言った。
「だーって面白かったんだもーん」
悪気のかけらもないような哲郎の言葉に……。
「あんたって、あんたって人はっ!」
 ……カノンがキレた。

 翌日のセクションのコンサートは、なにやらいつも以上にカノンがキレま
くった上、哲郎がそれをさらに煽ったため、とつもなく白熱したステージになってしまった。そのため、記者達はその原因を何とか探り出そうとしたのだが、結局真相は藪の中になってしまったとか……。

                      END



書いちゃったので送ってみます。北海道にてチョコレートを選んで、送っ
ちゃったカノンくんです。うちのカノンちゃんはどうでしょう…一生懸命書い
てみたんですが……。狩野憲