早水真砂は、いつものごとく、家に帰宅した。
とはいえ、今は学年末の試験であるために、帰宅時間は丁度昼頃である。
「あ。真砂君。お帰りなさい」
にっこり出迎えたのは、こちらも帰ってきて間なしらしいザザだった。
「あれ?お前今日バイトだったんじゃなかったか?」
「ああ、そのはずだったんですけど、瞳さんが今日は良いからって。今帰ってきたところなんですけどね」
「あの女は相変わらずわがままな…」
ぶつぶつと言いかけて、ふと気づいたようにザザに問いかける。
「そういや、京平は?」
一瞬だけ、ザザが困ったような顔をして見せた。
「…まだ、寝てます。多分…」
ぴたっと真砂の動きが静止し、視線のみが動いて壁に掛けられている時計を見た。…12:35。
「…ザザ」
低い声にザザの顔が一瞬引きつる。
「はい?」
「あいつ起こしてこいっ、今すぐ!」
「あ、でも真砂君、あの」
僕は京平さん起こすの苦手で…言いかけた言葉を、真砂は全く聞こうとはしなかった。
「良いからさっさと行けっ」
「は、はいっ」
迫力に負けたザザが慌てて階段を駆け上がる。
「ったく京平の奴……」
真砂は一度だけ二階の、京平が寝て居るであろう場所を見やった。
「ま、いっか」
真砂は肩をすくめながら、昼食―キムチチャーハンと中華風スープ―の材料を取り出し始めた。
「京平さん、京平さん、真砂君が怒ってますよ」
ザザは必死で呼びかける。しかし。
「ぐー」
聞く耳を持たないとはこのことだろう、京平はベッドで丸くなったまま動こうとしない。
「京平さんっ」
「もう少しぐらい、良いじゃないか…」
寝ぼけた声で、もごもごと呟いて、なおも布団に潜り込もうとする。
「そう言う問題じゃないんですってばっ」
「んー。あ、それならザザが俺の変装してだねえ」
「一瞬でばれちゃいますよそんなことしたらっ」
「ぐー」
ザザの必死の声もむなしく、京平は再び眠ってしまう。
「京平さんっ」
ザザはとうとう京平の肩をつかんで、揺さぶり起こそうとした。と、その手を京平がぐっとつかむ。
「京平さん?」
「……」
京平はゆっくりと体を起こした。起きてくれる気になった、とザザが喜んだのもつかの間。
「………」
京平はザザの耳元で何事かを短く囁いた。
途端にザザの顔が耳まで真っ赤に染まる。
一拍の休止。
「うわぁん、京平さんのバカっ」
叫んでザザは部屋を飛びだしていってしまった。
そして。
「やれやれ」
京平は何事もなかったかのようにベッドの中に潜り込むと、再び気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
「うわぁん、京平さんのバカっ」
突然の大声に真砂は卵を取り落としそうになった。何とかぎりぎり受け止めた真砂の視界に、二階から駆け下りてきて、そのまま玄関にダッシュするザザの姿が映る。
「ザザ!?」
声をかけるがそれすらも耳に入らないのか、無視して飛びだしていくザザ。
そして、それと入れ替わるようにして、どこかに行っていたらしいシグマが入ってきた。
「シグマ」
「なんだ?」
こちらの声に反応したシグマが、真砂の方に近づいてくる。
「京平を起こしてきてくれ」
「何故だ?」
「もうすぐ昼飯だからだよ」
「食事なんかしなくても、困らない」
「お前は困らないだろうが、京平は人間なんだ。食事をしなきゃ生きていけないんだって、何度も言っただろうが!」
そうだっけ、とわずかに小首を傾げている。京平の言うことならばどんなことでも覚えているくせに、他の人間の言うことはすべてデリートしてしまうらしい。真砂はため息をつきながら、もう一度促す。
「シグマ。頼むから京平を起こしてきてくれ」
「…解った」
それでも多少は素直になったよなあ、と真砂は感慨に浸る。…しかし彼はすぐにその考えを放棄することになるのだが。
「京平。真砂が食事だといっている」
部屋に入るなり、枕元で言ってみる。
「京平さんはまだ眠いのです。起きられません」
京平は相変わらず、ベッドの中からもごもごと呟く。
「……ベッドの中はそんなに気持ちがいいのか?」
「ん?うん」
寝ぼけながらも京平がうなずく。
「お前さんの部屋にも、ベッドはあるだろう」
「あるけど、あまり気持ちよくなかった」
「ふうん」
生返事。しかし、シグマは気にせず続けた。
「京平のベッドが特別気持ちいいのか?」
「……そんなことはないと思うが」
「入ってみて良いか?」
「…ご自由に」
寝させてもらえるならばなんでもいいや、と思った京平は、適当に返事する。対して、シグマは、許可は貰ったとばかりに、ごそごそと京平のベッドに潜り込んだ。
「遅いっ!!」
真砂は、材料をすべてそろえ、2人が降りてくるのを待っている。既にスープは仕上がり、後はとろみを付ければよいだけ。チャーハンは、京平が降りてくるのを見てから炒める方がいい、と、待っているのだが……。もう、1時を過ぎようとしているにもかかわらず、2人が降りてくる気配はない。
「ええい、何をしているんだあいつらはっ!」
とうとうしびれを切らした真砂は、エプロンをテーブルに叩き付けると、足音荒く二階へと上がっていった。
「京平っ!シグマっ!……」
怒鳴りつけようとして、真砂の目が一瞬点になる。京平のベッドの中には、京平が居る。のは別に良いのだが、一緒にシグマがそこにいて、その上シグマは京平に腕枕をして、その頭を胸に抱えている。
「何をして居るんだお前っ!」
「京平があまりにも気持ちよさそうに眠っているから、どれほど気持ちいいのか、入ってみた」
淡々としたシグマの答えに、真砂が怒鳴る。
「俺は京平を起こしてこいといったんだ、一緒に眠ってどうするっ!」
「京平の許可は貰ったぞ」
「そう言う問題じゃないだろうっ!」
「あまり怒鳴ると京平が起きるぞ」
「俺は京平を起こしに来たんだっ!」
真砂とシグマがにらみ合いを始める。その時。
「……んー、あと五分」
全く信用できない台詞を吐きながら、京平が更にベッドに潜り込む。
「お前のそれは信用できないんだっ!」
真砂はシグマを無視して、京平につかみかかる。
「あれ、お帰り真砂君」
的はずれな京平の言葉に、真砂がプチリと切れた。
「いい加減にしろよ京平っ!」
その真砂に、シグマが今度はつかみかかる。
「京平に乱暴な事するなっ」
横から突然出てきたシグマに、京平がびっくりした顔をしてみせる。
「あれ、シグマ、なんでお前さんこんなところに居るんだ?」
「俺は京平に許可を貰ったぞっ」
「そんなことはどうでも良いんだ、とりあえず、さっさと下に降りろーっ!」
………とりあえず、今日も早水家は平和です。………多分。
END
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