負け犬の何でも屋
高橋×中川
小説 なゆり様
ぽーん。
鍵盤を1つ叩けば、単調に音が響いた。
複雑に絡み合った思考を抱えた頭には、かえってそれが都合よい。
「きっと、そうなってしまったんだ・・・・・・」
中川は鍵盤に指を乗せたまま呟いた。
Be on my side
「おい、何でまたいるんだ?」
重役出勤、のつもりなのか昼過ぎに事務所に顔を出した中川は、事務所の奥に我が物顔
で居座る男を見つけて嘆いた。
「また、ってことは無いだろう?言ったじゃないか、仕事をくれ、と」
「お前にやる仕事なんてない」
「というより仕事自体がないんだろう?だからこうして暇を・・・・・・」
「ほぅ、それで昼間からビール片手に、猫の相手だと?」
ビールを片手に、両足をソファーの前のテーブルに載せ、膝元で猫をあやしている、髭面の……とにかく中川にとっては邪魔きわまりない男、高橋に向って彼はこめかみをひくつかせながら尋ねた。
「この狸がまたやってきたんだから仕方ないだろう。なぁ〜」
どこから出しているのか分からないくらい甘やかした声で高橋は、本来は犬である彼いわく狸に向って話しかける。
埒が明かない、と頭を抱える中川だったが、それでも実力行使にでるつもりにはなれなかった。
何故なのか、それは自分でもわからない。
だがそれが体格・体力的な差があるからという理由だけではない、それだけは分かっている。
「どうした、突然声を掛けてきたかと思えば、押し黙って?」
しばらくしてから思い出したように犬から目を離した高橋が、ソファーの傍らに立ち尽くす中川に問いかけた。
「・・・・・・お前に話すことなんて、ない」
「じゃあ何でここに立っている?」
「知るか。それに、俺はここの社長だ。どこにいたって構わないだろう」
「見下ろされるのは好きじゃない」
「何っ!」
あくまでもマイペースを崩さない高橋に、次第に中川のボルテージも上がる。
だが一つ咳ばらいをしてからソファーの向かいに腰を下ろすと、中川は口を開いた。
「少なくとも、お前がここにいるよりは、俺がいる方が自然だ」
「そうか?」
「そうだ」
それきり二人は再び沈黙の中へと迷い込む。
何も言わない。
何も言われない。
ただ、そこに彼が確実にいる。
この光景が当たり前になり始めたのはいつのことだろう。
中川の元妻である馨の依頼を受けたがために再会した高橋。
結局その依頼のために曲を書いたのは中川自身であるが、なぜか中川に執着をみせた高橋は依頼に関係なく「何でも屋」に時折訪れてはただ時間を過ごし、そしてまた何も無かったかのように帰っていく。
初めこそ、帰れとばかり言っていた中川も、いつの間にかその言葉を発するのすら億劫になり、嫌な顔をして溜め息をつく毎日だった。
けれど……、その溜め息に含まれるのは決して嫌な感情だけではない。
今となっては。
相変わらず犬の相手をしている高橋を見て、中川は気づかれぬように小さく息をはいた。
もう何度この男のために、この解けない感情のために溜め息をついたことだろう。
俺を愛するようになればよい、などといいながらも、じゃれ付くように抱きしめてきても、この男は決して本心を見せない。
彼が愛する美しいものと同列に自分がいるわけなどないのだ。
この男のことだから……。
なのに俺は……。
言葉などなくても、彼がそこにいるだけで心落ち着く自分がいる。
姿を見せない日は、そわそわとして、どこにいるのか、何をしているのか、まるでこれじゃ初恋の真っ只中にいる乙女じゃないかと馬鹿馬鹿しくなりながらも、それが自分の本音で。
その度にこれはあの男のいう愛や恋なのだろうか、いやまさか自分があんな男に惚れるわけがないだろうと自問自答し続ける。
「はぁ……馬鹿馬鹿しい」
心の中でこっそりと呟くはずの言葉が、実際に口に出て中川ははっとしながら口元を押さえた。
そんな中川をちらりと見た中川は、一瞬すっと目を細めたものの、何事も無かったかのように再び犬の相手を始めた。
自分でも思わず出た言葉に驚いている中川の気持ちを分かってだろうか、干渉して来ない高橋にほっとしつつも、ほっとする自分を中川は意識せざるを得ない。
もう、分かっているのだ。
この男が側にいるということは、とても心地よいということ、落ち着くという事を。
しかも、それは今だけであろうという事も。
いつまでも、高橋がここでこうして一緒にいるはずがないのだ……。
じゃあ、高橋がいなくなった時は?
その時この心地よい時間を失った俺はどうなるんだ?
中川は得体の知れない焦りと不安に駆られ、ぎゅっと手を握り締めた。
「中川?」
「......」
突然立ち上がった中川を見上げて高橋は不思議そうな顔をした。
無言で高橋に背を向けた中川は、真っ直ぐにピアノへと向う。
時には触れることすら苦痛でしかなかったピアノの前に座ると、静かに蓋を開けてカバーを外す。適当に音を拾っていると、ようやくざわついていた感情の波が収まるのを感じた。やはり自分にはこのピアノの音が一番なのだ、と思いつつも同時に思い出してしまった男の存在に中川は頭を抱えた。
やっと、落ち着いたと思ったのに、どうしてお前はこうも俺を悩ませるんだ。
振り返ればそこにいるはずの男に向ってこっそりと毒づく。
ついさっきまで、その男のことで悩んでいて、ピアノの音で落ち着いたかと思えば、落ち着くという言葉が思い出させるのもまたその男の事で、中川の思考は堂々巡りをする。
やはり、分からない。
あの男が側にいる時間が心地よくて、その存在を感じられないのは淋しい。
でもあの男はずっと自分の側にいるはずが無い。
母親が自分を見捨てたように。
二人の妻が自分から離れたように。
俺はどうすればいい?
一体どうすればいいんだ...?
分からない。
適当に拾っていた音は、気がつくと同じ音だけになり。
指を置いたままの鍵盤から鳴る音が、次第に小さくなっていく。
消えかかる音の向こう側にも答えを見つけられない気がして、中川は両手を鍵盤にたたきつけた。
「おい、さっきからお前は一体!」
不協和音にはさすがに高橋も苛立ちをみせ、中川の方を振り返って名を呼ぶのだが、返事は無い。
立ち上がって中川の背後に歩み寄った高橋の耳に、再び単調なピアノの音と、中川の小さな呟きが聴こえた。
「......たんだ」
「?中川?」
「きっと、そうなってしまったんだ......」
「どうなったんだ?」
あの不協和音が、中川の混乱した胸のうちだというならば、今の彼の呟きはどこかすっきりとしたものを感じさせるもので、高橋は自然と優しげに尋ねながら、中川の肩に手を置いた。
「お前が......いけないんだ」
「俺が?」
「俺は弱くなったのかもしれない......」
背後にいる高橋に凭れるように身体を倒すと、中川はゆっくりと口を開く。
自分が話題に上がった高橋は疑問符を浮かべながらも中川の身体を受け止める。
一人で生きるさ、そう言い張っていた自分は虚勢を張っていたに過ぎない。
この男がいない事にはもう耐えられるはずがなく、自分から離れていくことなどできるはずもない。
そんな風に思うこの感情が何であるかは、よく分からないけれども、確かな事はある。
「もう離れられないのか......」
瞳を伏せながら中川が次に口にした言葉は、高橋の耳に届く事は無かった。
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悩む幹ちゃんが愛しいです〜ステキな小説ありがとうございます(〃∇〃)
ぐるぐる悩む幹ちゃんがとても乙女で…
「もう誰も愛さない」って思い込んでた彼が
強引な高橋の愛情表現に一人負けかかってる…っていうより
もう負けてるのに意地っぱりだから認めたくなくてv
そんな所が幹ちゃんは可愛い人なのですv
高橋とのラブラブな生活が楽しく続きますように///
この二人の進展した関係モノも是非読んでみたいんですがッ(照)フフ