「忍ー。みかん、食う?」
「ああ……藤掛のか?」
「当たり。オスソワケって、な」
放られたみかんをキャッチして、光流に軽く礼を言う。この、人の悪い笑顔で、後輩の部屋から分捕ってきたのだろう。熊本産のみかんは、手の中でだいだい色に光っていた。
「ん。甘い……」
「今年の夏、暑かったからなー。他の果物も同じだろ?」
外で吹き荒れる木枯らしが、部屋の窓ガラスをガタピシと鳴らしているけれど、内側ではヒーターがついているし、炬燵にくるまっていれば寒さは十分しのげている。先輩のお古だった電気ヒーターはかなりの年代物だったが、立派に働き続けていた。
「そろそろいいかな……っと」
ヒーターの上に置いて温めていた缶を、時計と見比べながら、光流が素手で取り上げた。あち、あちと呟きながら、服の裾に包んだ缶のプルトップを開けると、甘い匂いが部屋に満ちる。
「……ココア?」
「いや。買ったはいいけど、冷めちゃってさ」
ただ放熱させとくのももったいないし、けっこう使えるぜ、このヒーター。そう言いながら少しずつココアを喉に流し込む光流が、忍の手元からみかんを一房かっさらっていく。
「……酸っぱ……」
「ココアの後に食べるからだろ」
三分の一ほど残ったみかんを一気に口へ放り込み、光流の手からココアを奪い取った。缶の底にたまっていた濃いカカオの味がして、水分を取ったはずなのに喉が渇く。
「さてと、俺もおこたに入るかなーっと」
「…………で、どうしてこちら側に座る?」
自分を後ろから抱き込むように座り、背後から炬燵に足を突っ込んでいる光流を睨みつける。ぐりぐりと背中に頬擦りされ、抱きすくめてくる腕に力がこもった。
「いや、だってさ。こっちの方があったかいし……いろいろと」
背中に羽織った半纏越しに、光流の熱がじんわりと伝わってくる。胸のあたりに触れている手に、自分の手の平を重ね、握り締めた。
「……確かに、温かいな」
「だろー?」
左肩に顎を乗せている光流の息が、耳元にかかって微妙にくすぐったい。ひょい、と左を向き、光流の唇に自分から小さなキスをする。
「……しの、ぶ……!?」
「何を期待してる、馬鹿」
夕方の寮内は騒がしい。いつ誰がノックもなしに入ってくるか、分かったものではないのだから。
「ちぇー……じゃあさ、もう少し、このままでいいか?」
「……好きにしろ」
「せんぱーい。テレビ見せて下、さ……」
「瞬、どうした? って……どうする?」
「……ほっとこう、すかちゃん」
「いや、でも炬燵で寝てたら風邪引くだろ?」
「そんなに馬に蹴られたいなら、すかちゃん一人でやってよねー。僕はごめんだよ!!」
「え? 馬って、何が? だいたい先輩たち、なんでこんな格好で炬燵入ってんだ?」
「…………僕さー、バレンタインチョコ、スカちゃんがお義姉さんからしかもらえないわけ、今ならものすごーく納得できるよ」
「え? おい!! それってどーゆーこと……」
「あー、ごっめーん。今年はもう一個アテがあるもんねー。五十嵐さんから」
「……瞬ー!!」
終わり