BLEACH
									阿近×海燕
									
								
								小説 吉野様
									イラスト 見国かや
									
									
									
									
									
									
									『いつかまた同じ空の下で』
									
									
									
								
							 
							
								思えば不思議な、いや、おかしな男だった。
							技術開発局といえば用がなければ来たくない、用があっても行きたくないと言われるような場所だ。
							奇人変人の集まりだと言われてることも知っている。否定する気も機会もない。
							そこへ何の気構えも気兼ねもなくやってくる只一人の部外者。
							十三番隊副隊長、志波海燕。
							黒を着ていても何故か鮮やかな男だった。
							
							「よぉ、阿近。今晩飲みにいかね?満月なんだってさ」
							悲鳴みたいな呼び鈴を鳴らして俺の仕事場にやって来た海燕はこの部屋のものが見えてないみたいに爽やかに笑う。
							色んなスプラッタ。毒々しい色の液体。散乱する赤い血。
							こんな中に不釣合いな話を持ち出してくることにはもう慣れた。
								もう何度、一緒に飲みに行ったか知れない。
							最初はあまりにもしつこく誘ってくるものだから一度行けば諦めるだろうと思って一緒に行った。
							一緒に飲んでみると不思議と馬が合った。よく喋る五月蝿い男かと思えばそうでもなく、適度にさばけていて付き合い易かった。
							それでも俺から誘うことはなく、海燕がいつもタイミング良く今日みたいに誘いにやって来た。
							「阿近?どうした、ボーとして。仕事終わったんだろ?」
							「ああ。お前もここに慣れたもんだなと思ってな。片付けるから少し待ってろ」
							そう言うと海燕は本だらけのソファーに自分が座るスペースを確保して腰を下ろすと周りを見回して笑った。
							「慣れたっつーか…ここ、こういうもんだろ?これがお前の仕事なんだし」
							「そんなことを言うのはお前くらいだ」
							「そうか?今更、ここに真っ白い綺麗な壁とかピンクの可愛い花とかあった方が怖くね?」
							「…そりゃ怖いな」
							「だろ」
							からからと笑う海燕につられて小さく笑って、俺は片づけを始めた。今日は何を飲もうかと考えて。
							
							飲む場所はその時々。桜が綺麗なら桜の下で。暑けりゃ川の側で。月が綺麗だっていうなら高い建物の上で。
							酒と猪口と少しのつまみがあればどこだって良かった。
							「やっぱ月見酒はいいねぇ。あ、その飛龍頭、めちゃくちゃ美味いから」
							「飲めりゃあ何でもいいんだろう、ザルが」
							「阿近のが強いじゃねぇか。お前が酔ったのなんて見たことねぇよ」
							「酒も毒も大抵のもんは効かねぇんだよ…ああ、こりゃ確かに美味いな」
							海燕が馴染みの店で買ったのだという飛龍頭を味わって素直に感想を言うと海燕は嬉しそうに笑って勺をしてきた。
							「な。酒にも合うし。酒、効かないのに好きなんだな」
							「味は嫌いじゃない。茶よりは好きだ」
							「俺は両方好きだけどな。ま、夜に飲むなら酒のがいいよなぁ」
							白い喉を仰け反って酒を飲み干す海燕を見て、少し焦がれるような思いをしながら酒瓶を傾けてやると目を細めて猪口を寄せてきた。
							そんなことを何回か繰り返す内に海燕の顔が少し赤くなっていった。
							「何だ、もう酔ったか?今日は随分早いな」
							「あ?もう何杯目だと思ってんだ、てめぇは…っとに、お前も酔えば本音の一つも零してくるかと思えば酔いもしねぇし」
							「何だ、それ?」
							「…何か…言いたそうな顔するだろ、時々」
							そう言われて猪口の中の酒が揺れた。
							こいつは馬鹿だ。気付かなくていいことにまでよく気が付きやがる。フリでもいいから見なかったことにすればいいのに。
							「…気のせいだろ」
							「違うだろ。なぁ、あこ…」
							そうすればこんなことにならなかったのに。
							下から顔を覗き込まれて俺は衝動的にその顔を引き寄せてキスをした。体勢を崩した海燕をそのまま上から押さえつける。
							唇を離してその顔を見下ろすといつもよりその顔は幼く見えた。
							「阿近?」
							「…何でもねぇよ。酔っただけだ」
							「さっき、酒は効かないって言ったばっかじゃねぇか」
							「効く酒だってあるんだよ。そういうことにしとけ。その方が都合がいいだろうが」
							「何が?俺にとって?お前にとって?」
							海燕は少し怒ったような顔で俺を見上げてくる。誤魔化されてくれそうにはない。だが、告げてしまえるような想いは俺にはない。
							「お互いにとって、だろ」
							「…っだぁ!もう、まどろっこしい!吐くならさっさと吐けってんだ!」
							そう言って海燕の右手が俺の胸を下からドンッと叩く。思いがけない強さに短く咳き込んだ。
							「かは…っお、前なぁっ、今、俺が吐いたら全部お前にかかるぞっ」
							「全部寄越せって言ってんだよ。何、今更遠慮してやがる。やっと本音見せたかと思えばすぐ隠すし」
							さっきのキスを本音だというならコイツはもう全部分かってるんだろう。全部分かった上で言ってるのだろうか。
							「…それ、さっさと抱けって意味か?」
							「ち、違う!何、色々すっ飛ばそうとしてんだ、てめぇは!?」
							途端に海燕の顔が一層赤くなる。
							何だ、俺は想いを言葉にしてもいいのか?そうしてもお前は俺から離れていかねぇのか?
							「海燕」
							「あ?」
							「好きだ」
							「…それをさっさと言えってんだよ、ったく」
							今度は海燕が下から俺の顔を引き寄せてキスをした。辛口の酒の味が舌を絡める度に深みを増すようだった。
							「んん…」
							「…海燕。お前、今更、酔ってるからとか言い出すなよ?」
							「明日になったら忘れてるって?ねぇよ、そんなオチ。…やっと聞けた」
							「お前からは何も聞いてねぇんだが?」
							「最初に会った時に言ったぜ?”お前、おもしれーなぁ、好き
								だよ、そういうの”」
							「…アレか」
							「そう、ソレ」
							俺が顔をしかめると海燕はいつもみたいに笑った。
							初対面の時だ。俺の角に興味を持ったらしい海燕に”すげーな、何、それ?”と聞かれて”鬼に角があるのは当然だろ”と返した。
							海燕は怖がることもなく、笑ってさっきの言葉を言ってのけた。
							「何、お前、俺に一目惚れ?」
							「あはははっ、ま!否定はしねぇよ、そんなとこかな」
							動揺させるつもりで言ったのに笑いながら肯定されて俺の方が照れ臭くなる。本当にコイツといると調子が狂う。
							それも嫌いじゃないんだからどうしようもない。
							「ところでそろそろどいてくんねぇかな」
							「何だ、このまま次に進むんじゃねぇのか」
							「酒もつまみも残ってるのに勿体無いこと言うんじゃねぇよ。
								つか、この体勢じゃあ不公平だろ」
							言いながら海燕は俺の身体を押しのけながら身体を起こす。無理やり抱くつもりもなかったからしたいようにさせてやった。
							「不公平?」
							「俺が抱かれる側みてぇじゃねぇか」
							「みたい、じゃなくてどう考えてもそうだろ」
							「な、何でだよっ?」
							本気で分からないって顔をする海燕を見ていっそ呆れる。こんな可愛い男に俺が抱けるわけないし、この俺が抱かれるわけもない。
							見た目からして分かりそうなもんだが海燕は外見にはとんと無頓着だった。
							「まぁ、いい…飲み直すか」
							俺達の夜は始まったばかりだ。
							
								終