第19話 「クロス・メモリー 前編」

(by みなみさん)

 クロス・メモリー前編
(映像)坂本の地下工場。
ひとりクロスのペンダントを見つめる坂本。坂本の唇からつぶやきがもれる。

「紗弥加・・・・」

ナレーション「大袈裟、いや長野と別れた坂本にいったい何があったのか?彼が握りしめるクロス・ペンダントに秘められたものはなにか?悪には悪なりの正義があるのだろうか?これは、正義と友情に命をかけた若者たちの物語である」


大学を卒業して父親の機械工場を手伝っていた昌行であったが、父の工場は多額の借金をかかえ、深刻な経営危機を迎えていた。借金の工面に奔走しほとんど家にいない父のかわりに工場を切り盛りするのは昌行、影で家を支えるのは4つ違いの妹・紗弥加(山口紗弥加)であった。


いつものように兄妹ふたりきりの夕食。
紗弥加「お兄ちゃん、紗弥加の冷や奴も食べなよ。あんまり食欲ないんだ。」

昌行「お前、ちゃんと食べないとだめだろ。最近ちょっと痩せたんじゃないか?」

紗弥加「それはお兄ちゃんでしょ。じつはちょっとダイエットしてるんだ。」

昌行「だといいんだがな。お前、好きな人でもできたのか?」
紗弥加「そんなんじゃないよ。いやだなあ、もう。」
昌行「そうか。そういえばお前、前に長野のやつとつきあってたよな?」
紗弥加「長野・・・さん。うん、まあね。でも、長野さん、お兄ちゃんのほうが好きみたい。」

思わず食べかけの夕食を吹き出す昌行。
「ばっ、ばかっ、なにを言うんだ、お前はっ。」
紗弥加「だって、おそろいのペンダントなんか持っちゃってさ。それに本当だよ、長野さんに聞いたことあるもん。お兄ちゃんがいるから、あたしとはつきあいたくないって。」

昌行「俺がいるから?どういうことだ?」
紗弥加「さあ?だからお兄ちゃんが好きなんじゃないの?きゃはっ。」
言いつつ明るい笑い声をたてる紗弥加。対照的に昌行の表情は暗い。
昌行「まさか・・・あいつ、あのことを知って・・・」
紗弥加「えっ、なに?なによ。もしかしてお兄ちゃんも長野さんのこと・・」

昌行「ばっ、ばかいうな!早くめし食え!」
あわてたように夕食をかきこむ昌行とそれをおかしそうに見つめる紗弥加。いつもの夕食風景であった。


翌日、工場に出勤した昌行。工員の薬丸(薬丸裕英)が昌行のところへあわててかけ込んでくる。

薬丸「せ、専務(昌行は工場の専務なのである)、社長は今日どちらへ?」
昌行「ん?昨日は家に帰ってこなかったが。どうした?なにかあったのか?」

薬丸「そっ、それが、この工場を買い取ったという男がやってきて、従業員をやめさせるとか、機械を売り飛ばすとか、そんなことばかり吹聴してるんですよ。みんな不安がってます。専務のほうからなんとか言ってやってくださいよ。」

昌行「なんだって?たしかにうちの状態は苦しいが、まさかそんな・・・。わかった、すぐ行く。」

薬丸「あいつら社長室を占領してるんです。早く行ってください。」

昌行が社長室に行くと、そこでは若い男がレザー貼りの椅子にふんぞりかえっている。脇には黒い背広の若い男2人が立っている。

男「誰だ、お前は?」
昌行「それはこっちのセリフだ。人の工場でいきなりその態度はねーんじゃねーか?」

ゆっくりと椅子から立ち上がる男。
「そうか、お前があの役立たずの男の息子か。鼻息だけは一人前だが、自分の工場のことも父親のこともわかってないみたいだな。」

「な、なんだとーーー!」
思わず男の襟首をつかもうとする昌行。しかし若い男のガードマンらしき2人の男に両方から押さえ込まれる。

男「いいか、今日からこの工場はお前の親父から、この俺の手に渡ったんだ。ほらっ、これがこの工場の権利書だ。」

男の手にはたしかに昌行の父の工場の権利書が握られている。
昌行「ばかなっ。親父がそんなことするわけがねえ。なにかの間違いだ。俺は親父に訊くまで信じねえぞ!」

男は不敵に笑い、
「お前の父親は二度と帰ってきやしねーよ。」
昌行「なんだとっ。どういうことなんだ。」
男「借金のかたに工場を売りとばして合わせる顔がないってさ。どこかへ雲隠れしたみたいだな。それともすでに首でもつったか。」

昌行「き、きさま・・・」
男「きさま?お前らの新しい社長だぜ。大沢社長だ。おい、本木、布川、離してやれ。」

本木、布川と呼ばれたふたりの男は乱暴に昌行から手を離す。
昌行「大沢?」
男は昌行に名刺をさしだした。それには”大沢機械工業社長・大沢樹生”と書かれている。だが、その会社の住所・電話番号は昌行の父の工場のものなのである。

昌行「なんだ、これは?手回しよく名刺まで作りやがって。大沢機械工業?ふざけるな!」

大沢「ふざけてるのはどっちだ?とにかく、この工場はすでに俺のものだ。お前もここにいたければ、その態度は改めてもらうぜ。なかなか優秀なエンジニアらしいしな。」

昌行「俺はきさまの下で働くつもりはない。だが、まだこの工場がお前のものだと納得したわけじゃないからな。俺は俺なりにやらせてもらう。」

昌行は留めようとする本木と布川の手を振り払い、社長室を出ていく。
大沢が電話を手に取り、ダイヤルをプッシュする。
「もしもし、マッチさんですか?大沢です。いま、あの男が来ました・・・」


社長室を出た昌行を工員たちが取り囲む。
「専務っ、いったいどうなるんですか?」
「俺たちはどうすればいいんですか?」
「社長は?社長はどうされたんですか?」
昌行「ま、待ってくれ、みんな。俺にもじつはどういうことなのか、よくわからないんだ。とにかく俺は親父を捜して、あいつの言ってることが本当かどうか確かめるつもりだ。俺が戻ってくるまではやまったことはしないでくれ。いいな。」

薬丸「わかりました。でも、俺は一緒に社長を探しに行かせてください。その間のことはみんなにまかせて。」

昌行「わかった、じゃあ頼むよ。俺はとりあえずこれからいったん家に戻る。」


昌行の家へと急ぐ昌行と薬丸。
薬丸「専務、俺、社長のことで気になることがあるんです。」
昌行「親父のことで?どういうことだ?」
薬丸「社長は最近、工場のことである人物と交渉されていたはずなんです。」

昌行「ある人物?」
薬丸「はい。取引先の知り合いで、近藤っていう人なんです。なんでいきなりあんな大沢なんてちんぴらが乗り込んできたのか、どうも解せない。俺、その人の連絡先とか調べてきますよ。」

昌行「そうか、なにかわかったらすぐに連絡してくれ。」

ひとりで家に帰り着いた昌行。玄関を開けると来客らしく、男物の靴が一足置いてある。

「おい、紗弥加。誰かみえてるのか?」
と言いながら昌行が戸を開けると、そこには紗弥加と昌行よりいくらか年長の若い男が座っている。

紗弥加「あっ、お兄ちゃん。この方、お兄ちゃんを待ってたんだよ。なんかお父さんの仕事の関係の人だって。」

昌行「親父の?失礼ですが、どういった関係の方でしょうか?」
男は、名刺を差し出しながら、
「私は近藤という者です。お父さん、いや、社長とは最近ですが、工場の融資に関していろいろご相談させていただいておりました。」

昌行「近藤?さっき薬丸の言ってた・・・」
近藤「ん?私のことをお聞きになってましたか?社長はご家族には心配をかけたくないので内密にとおっしゃってましたが。」

昌行「いや、さっきうちの工員からちらっとお名前を聞いただけですよ。で、ご用件は?」

近藤は含み笑いをして、
「どうも私のことを信用されてないみたいですね。初めてお会いするのだから、無理もない・・・か。お父さんの工場がいま大変だってことはご存じですね?」

昌行「当たり前ですよ。親父はそれで毎日飛び回ってるんですから。」
近藤「でも、昨夜は帰って来なかった、そうでしょう?」
昌行「親父の行く先を知ってるんですか?!教えてください!いま工場で大変なことが起こってるんです!」

近藤「工場で?どういうことです?」
近藤はあわてる様子もなく、昌行の返事を待っている。昌行はしばらく躊躇していたが、やがて思い切ったように、

「じつは今日、親父から工場を買い取ったという男がやってきました。奴は工場の権利書をどうしてか手に入れてるんです。社長室に乗り込んで、好き放題やろうとしてるんです。」

紗弥加「えっ?工場にそんなことが?!」
近藤はゆっくりうなずくと、
「そうか、社長が電話で話されてたのはそのことか。」
と低い声でつぶやき、暗い目で床を見ている。
昌行「どういうことなんですか?親父はあなたに何を・・・」
近藤「落ち着いて聞いてください。私は社長から工場の融資、資金繰り等についてご相談を受けていましたが、じつは工場の存続はかなり難しい状況にあったのです。」

紗弥加「工場がそんなにひどいなんて知らなかった・・・」
昌行は黙ったまま近藤の顔を見つめている。
近藤「そこで社長がおっしゃるには、債権者のひとりと話をつけて、工場の権利を譲るかわりに仕事自体はいままでどおりにやらせてもらうと。」

昌行「待ってくれ。今日来たやつはそんな感じじゃなかった。工場をまたどこかへ売り飛ばしかねない様子だったぜ。」

近藤「わかってます。向こうが条件を出してきたんですが、社長が承知しなかったのです。それでこういう強硬手段にでたのでしょう。」

昌行「その条件ってのはなんだ?」
近藤「いや、それは、ここではちょっと・・・」
昌行「いいから言ってくれ。俺たちにだって関係あることだろう。」
近藤「わかりました。つまりお嬢さんの紗弥加さんと大沢さんが結婚する、ということです。」

紗弥加「えっ?紗弥加と?冗談・・・」
昌行「じょ、冗談じゃねえ!そりゃあ親父が断るのも当然だ。」
近藤「でも、そうも言ってられないんじゃないですか?社長はきっとそれが原因で失踪されたのですよ。工場が苦しくても、紗弥加さんにそんなことは言い出せなかったのでしょう。」

昌行「それであいつが乗り込んできたってわけか。」
近藤「かなりな線まで話が進んでいるようでしたからね。昨夜、社長から私に電話があったのですよ、紗弥加さんの件ぬきで話をつけてくれ、後は頼むと。それでちょっと心配になって今日おじゃましたわけです。」

昌行「そうでしたか。じつはお話を聞くまであなたのことを疑ってました。すいません。」

近藤「いや、無理ないですよ。こんなにいろいろなことが一時に起こったのですから。で、あなたには怒られるかもしれませんが、じつは紗弥加さんのことですが。」

紗弥加「紗弥加が結婚を承諾したほうがいいってことよね。」
昌行「ばかなこと言うんじゃないっ。親父も俺もお前のことは実の家族のように・・・」

言いかけて思わず口を手で押さえる昌行。
近藤「そうでしたね。紗弥加さんはご養女でしたね。」
昌行「こんなところで言わないでくれ!紗弥加は知らないんだ。」
紗弥加「お兄ちゃん、紗弥加知ってたよ。」
昌行「紗弥加・・・。いつからだ?」
紗弥加「高校に入学するとき、戸籍謄本がいるでしょう?あの時に見ちゃったんだ。そりゃあその時はショックだったけど、お父さんもお兄ちゃんも優しかったし。それに養女だったら、もしかしてお兄ちゃんとって・・・」

昌行「紗弥加っ・・・」
紗弥加「だから紗弥加、お父さんとお兄ちゃんのためになるんだったら、その人と結婚します。近藤さん、それでいいんですよね?」

近藤「紗弥加さんにそう言っていただけるのなら助かります。大沢さんとは私がちゃんと話をつけますよ。おまかせください。」

紗弥加「じゃ、お願いします。いいよね、お兄ちゃん?」
昌行「紗弥加、でも・・・」
近藤「昌行さん、申し訳ないですが、ほかに道はないんです。ここは紗弥加さんの御好意にあまえてはどうですか?大沢だってれっきとした資産家の息子。紗弥加さんにとっても悪い話じゃないですよ。」

しぶしぶうなずく昌行。

近藤が帰ったあと、ふたりきりの昌行と紗弥加。
昌行「お前、ほんとによかったのか?工場のことなんか気にしなくていいんだ。なんなら今からでも長野に連絡とって・・・」

紗弥加「なんでここに長野さんが出てくるの?お兄ちゃん、紗弥加が好きだったのはお兄ちゃんだよ。お兄ちゃんのためなら、紗弥加なんでもがまんできる。」

昌行「紗弥加・・・・」
紗弥加「だから、紗弥加を大沢さんのところに行かせて。そのかわり、ひとつだけ欲しいものがあるの。」

昌行「なんだ?言ってみろよ。」
紗弥加「あの長野さんとおそろいのクロスのペンダント。あれを持って行きたい。」

昌行は首からペンダントをはずし、そっと紗弥加の首にかける。
紗弥加「ありがとう、お兄ちゃん・・・」
紗弥加の目から涙がこぼれ落ちた。昌行も自分の目がうるんでいるのを感じていた。


ナレーション「悲運に見舞われる坂本の一家。彼らに救いの道はあるのか?紗弥加は本当に大沢と結婚するのか?紗弥加の首にかけられたクロス・ペンダントはどんな運命を運んでくるのか?」



TO BE CONTINUED!


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